第32話 あの事件の真相は……
誰かが私に闇魔法をかけたと判明した次の日。
「今日は外出禁止」
制服を着て登校する準備万全の私の前に、アンリが立ちふさがった。
「君に魔法をかけようとした相手がわかるまで、ここにいて」
「でも私には効かないでしょう? むしろ調査のためにも――」
「どうしても行くというなら、僕の隣にいて。今日は担任からの連絡事項とか、学期末の集会がホールであるくらいだ。お昼前に解散になるし、その後は夕方のパーティーに向けての準備。一緒にいて問題ないよね。僕の教室に来るか、僕が君の教室に行くか、どちらでもいいよ?」
彼は笑顔だけど、どうやっても覆せそうにないような圧力のようなものを感じる……。
「わかった。大人しく寮にこもってるわ」
諦めて私が折れた。
「ダンスパーティーも残念だけど欠席だ」
「でもそれじゃ魔法をかけようとした相手がわからないままにならない?」
「それなら、パーティーではずっと僕の隣にいて。参加者の中に君を狙う者がいるなら、近づいてくる可能性は高い。君は僕のウィンクルムだから、僕らが一緒にいるのはおかしくない」
「うう……わかった。とにかくあなたと一緒にいればいいのね」
「一体、どんな闇魔法を君にかけようとしていたかもまだ不明だ。警戒しすぎて悪いことなんてない」
「わかってる」
「念のため、僕以外の相手は基本的に疑ってかかってほしい。それも、わかっているだろう?」
「うん……」
学園内に、それも私とおそらく近距離で会話をする相手に犯人がいる。本当は疑いたくない。でも証拠がある以上、誰かを疑わなくてはならない。
「僕の方でもできる手は打つよ。学園の上層部にはすでに連絡を入れているしね」
「あまりやりすぎないでね……?」
自然と上目遣いになって彼を見れば、無言で微笑まれる。そしてそのまま――。
「………………え? え?」
「じゃあ、またお昼に」
「え……」
え、しか言えてない!
だって今、額にキスされたよね? 触れるみたいに軽くだけど!
ど、どういうこと……。
びっくりして顔がかあっと熱くなってうまく言葉にならなくて、私が落ち着く前にアンリは行ってしまった。
「あっ、返事を誤魔化した!?」
やりすぎないでっていう返事を曖昧にされて終わってしまった!
私は落ち着かないまま応接室に入り、ソファに勢いよく座り込む。
ああいうのは、困る。……とにかく不意打ちは困る。嫌な気持ちは……アンリ相手には、ないけど……。
あれこれ考えていたら、特別寮室付きの使用人がお茶を用意してくれた。最初の頃は恐縮したけど、今はだいぶ慣れてしまったな。
お茶を飲んでちょっと冷静さを取り戻した。
時計を見れば、ちょうど学期終わりの集会が開かれているころだ。
集会が終わって、夕方から始まるダンスパーティーも終われば、今学期の学園の行事はすべて終了となる。明日からは夏季休暇。
休みに入ればしばらくは私を狙う相手とも会わないはずだ。大抵の生徒は、休暇に入るとすぐに実家や避暑地へ出発してしまうというから。
私が休暇中に演奏旅行に出発してしまえば、相手は私を二度と狙えなくなるんじゃない? それはそれでひとつの解決の仕方だ。いやでも、相手の真意がわからないままなのは怖いな。
「あれ? そういえば……」
私に魔法をかけた相手は、私が闇魔法持ちだって気付いたのかな。自分の魔法がうまく効いていないなら、それは相手も同じ属性の魔法持ちってことだから。
もしくは闇魔法を打ち消す光魔法持ちって可能性も疑ったかな?
どちらにせよ私に何も変化がなくて驚いただろうな……。
私は部屋に置いてあるキャンディーに手を伸ばす。
考えなきゃいけないことは他にもいっぱいある。
例えば、もしキャサリンが温室のケーキには毒を盛っていなかったとして。
アンリに盛られた毒に感じたあの悲しみは、いったい何を悲しんでいたんだろう、とか。
あと、犯人はあのケーキを実際に誰が食べたかを知っているのだろうか、とか。
温室の件は関係者以外には秘匿された。だから犯人は知らないかも。狙ったアンリは毒を口にしてなくて、倒れたのは私と味見をした使用人だけだってこと――。
「いえ、ちょっと待って」
ふと思った。
もしキャサリンが犯人ではない場合、真犯人の狙いはアンリだよね?
でも、あのケーキをアンリが食べると本当に考えていたのだろうか。
彼はあの『祝福』という変な慣習のせいで、自室以外での飲食はほとんど控えている。昼食以外、特に甘味や軽食はよほどじゃない限り口にしない。
彼から話を聞く前から私はそのことに気付いてた。理由は知らずに、ただ小食の人だと思っていただけだけど。それでも、彼が滅多におやつに手を伸ばす人じゃないって知ってた。
しばらく観察していた私が気付いたくらいなのに、彼を害したいと考えるような相手が気付かないものなの?
だけど、もし気付いていたとしたら、今度はあの毒が誰を狙ったものだってことになる。
あの温室で過ごすのはアンリだけ。あそこに運ばれるのは、アンリのための飲み物と食べ物。
あの日、貴族棟のどこかで使用人の目を盗んでケーキに毒を盛ったとして。その時点で誰かが温室にアンリを訪ねて行くのを犯人は知っていた?
私を狙ったものではない、と思う。私が訪ねる可能性を知っていたのはアンリだけだし、あの日必ず行くかも不明だった。
他にあのケーキを食べるとしたら……。
「『祝福』を貰いに来た生徒?」
確かにあの日、女子生徒が私の前にいた。だけどあまりに不確実だ。毒が仕込まれていたのはいくつかあったケーキのなかの二つだけ。確実に彼女に渡される保証なんかない。実際、彼女が貰ったケーキに毒は入っていなかった。
彼女を本気で害したいなら他のやり方もあるはず。
なのにあえて温室に運ばれるケーキに毒を盛ったのは……。
「もしかして、誰でもよかったの……?」
彼の元に『祝福』を貰いに来た生徒なら誰でもよくて、さらにはあの日確実に誰かが毒で倒れなくてもよかった?
無差別に、誰かが口にすればいいと思ってあんな犯行を?
悲しみと少しの憐れみを抱えながら?
そんな、常人には読めないような感情で行動する者が犯人……。
「いえ……違うわ」
私だって、似た感情を抱いたんじゃなかった?
身分とか魔法が使えるとか、そういうもので誰かが誰かを必要以上に敬ったり、蔑んだり。
それが悲しくて滑稽なことだって、そう思ったよね。
あの「祝福」と呼ばれる慣習は、この学園内で、そんな悲しくて滑稽な行為を一番象徴しているものじゃないだろうか。
私の脳裏に小さな一つの可能性が思い浮かぶ。
それは、昨晩、闇魔法をかけられたとわかったときにも浮かんだものだった。少し前から、抜けないとげのように私の中に残っていた違和感。
もし、もしも私の想像が当たっているなら……。いえ、さすがにそんなこと……。
私の中で忘れていたもう一つの事件が思い出された。
あの、ガーデンパーティーで苦い味のしたオレンジジュースだ。
私はあのとき、“何かに尽くすことの高揚感”を覚えた。新人の使用人は、
「嘘。このままじゃ、まずいかもしれない……」
いてもたってもいられなくなって、私は貴族寮を飛び出した。
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