第9話 初めて魔法に目覚めたとき
***
私が魔法に目覚めたのは十歳の頃だ。
きっかけは、家に来ていた兄の家庭教師が私と兄にくれたお菓子に毒が盛られていたこと。
私だけが先に食べ、倒れて、でも助かった。
そのとき偶然家にいた叔母が看病をしてくれたのだが、気が付いた私が「体中がピリピリして、それから『頼ってもらうために必要なことだ』って思った」と言ったことで魔法を疑ったらしい。
ほどなく犯人の家庭教師は捕まり、犯行理由が明らかになった。
彼は別の家でも家庭教師をしていたのだが、子の母親に恋をしていた。父親は数年前に亡くなっていて、彼は自分が再婚相手に立候補したかったが、どうしてもチャンスが来なかった……。
それで思いつめた彼は、毒入り手土産で倒れた子を介抱し、頼れるところを見せつけようという恐るべき計画を立てたのだ。
ちなみに私と兄は予行練習の相手。ちょうどいい毒の量を知りたかったので狙ったということだ。
そんな理由で毒を盛らないでほしい。いや、どんな理由でも毒は盛らないでほしい。
もうなんていうか本当に――。
「狂気ね」
報告を聞いた叔母はそう言ってため息をついた。そして私を気の毒そうな目で見た。
「でも、あなたにとってはこれからも関わりのあることかもしれない。だってあなたは魔法を使えるみたいだもの」
しばらく経ってから叔母に街に連れ出された。彼女の知り合いの占い師がやってきているので、私を視てもらうのだという。
そこで言われたのだ。
「お前さんは、狂気に染まりし者と縁を持つ運命にある。可哀そうだが、逃げられん定めじゃな」
小さな宿屋の二階。狭い部屋の中で、フードを被ったお婆さんが私の両手のひらや顔なんかを検分しながら続ける。
「特に酷くなるのが十六歳以降じゃな。それまでとは比にならぬほど運命が複雑化し、他と絡まり合い、誰にも解けぬほどこじれだすやもしれん」
幼い私は、緊張しながらとにかくお婆さんの言葉に耳を傾けていた。
よくわからないが十六歳からちょっと自分の運命に変化が出るんだ、くらいの理解だ。
浮かない顔をしたのは叔母だった。
「狂気に染まりし者……。この前のことでちょっと疑ってたけど、やっぱりこの子もなのね」
「うむ。おぬしと同じじゃな。そういう運命を持ちやすい家系なのかもしれぬ」
「嬉しくないから。ああもう!」
苛立った声を上げた叔母を不安げに見上げると、すぐに彼女は表情をやわらげた。
「大丈夫よ。あなたにはちゃんと私のノウハウを教えてあげる。私の経験なんて役に立たないほうがよかったけど、こうなったら仕方ない。あなたは先駆者がいてラッキーくらいに思っときなさいよ」
「う、うん……?」
「まあ、いうほど大したノウハウでもないけど……暗闇の中で手探りで始めるよりはましよ」
なんて言ってウィンクまでされる。
周囲には隠していたが、叔母も魔法を使える人だった。
知るのは亡き私の母と外国にいる祖父母、あとは数人くらいらしい。
「この子のことで、他になにかわかることはある?」
「そうじゃな……」
占い師のお婆さんはまたじろじろと観察し始める。
ぶしつけな視線をじっと耐えながら、私は恐る恐る尋ねた。
「あのう、狂気ってどういうことですか?」
「ふむ。様々な形があるがお前さんの場合……それは、病んで恋愛感情を拗らせた者ほどその目の前であらわすことが多いであろう」
「やんでれ……??」
「病んで、恋愛感情を、ね。誰かを好きって気持ちが大きすぎて、他の人からみたら病気にかかったみたいにも見えるほど変な方向にいっちゃってる、ってことかしら」
「ふうん……」
叔母の補足に頷いたものの、子供の私は半分も理解できてなかったと思う。
「多いというだけで、恋心以外の狂気を持つ者との出会いももちろんある。なんにせよ、実際に目にする方が早いじゃろうな」
言われた通り、その後の経験で彼女達の言っていた意味はだいぶ理解した。
「十六歳で訪れる転機とやらは、止めることはできないのね?」
叔母が聞くと、お婆さんは考えるように腕を組んだ。
「不可能じゃ。できることがあるとすれば、そうじゃな……。とんでもなく大きな狂気を手に入れれば、周囲の些末な狂気は飲み込まれて消えるかもしれん」
「つまり?」
「一際闇が深くて濃い狂気を自分に向けてくる者を見つける。毒をもって毒を制す」
「なに、その怖いアドバイス……」
叔母が言うと、お婆さんはふんっと笑って、「だいぶ前にお前さんにしたものと同じじゃろ」と返していた。
そんなこんなで、私は叔母と共に一年の半分は旅行に行くようになった。
同じ場所に留まり特定の人達と密な時間を持ち続けると、より深刻な事件に当事者として巻き込まれる可能性が高くなるというのは叔母の持論だ。詳しくは語らないけど、おそらく彼女の経験からきていると思う。
ちなみに半年だけなのは、私と叔母がずっと一緒に居続けることも、もしかしたらそれはそれで危険かもしれないから。
私と同じ運命を持つという叔母は、できるだけ災難から遠ざかろうといろんな方法を模索していた先輩だった。
「まあ、それでも遭遇するんだけどね」
とある街で、滞在中のホテル内で刃傷沙汰に遭遇したときのこと。警察の聴取を待つ間に叔母がこぼした。
刃傷沙汰といってもそう大きなものじゃない。犯人は刃物を持ってロビーで恋人に詰め寄ったが、相手を傷つける勇気はなくすぐにその場にへたりこんでしまった。
刃物に怯まず、犯人をうまく説得して諦めさせたのは叔母だ。警察に勇気ある行動を褒められた彼女は「慣れですわ。ふふふ……」と遠い目をしていた。
「気を抜いちゃだめだからね、リサ。私と一緒に旅行に行かないほうがいい時がいつ来るかもわからない。一人で何とかする術も、今から考えておかないと」
「うん。まずは勉強を頑張る」
「魔法が使える者は優秀な者が多いっていうけど、あなたもその通りだったわね」
それは、旅行中に私の家庭教師をしてくれている叔母のほうだと思うけど。
「そうだ、お兄様に手紙を書かなくちゃ! 前に書いてから少し時間が空いちゃってたんだった」
「今日あった事件のことは内緒にしときなさい。すべてを報告するのも心配させすぎてよくないものよ。普通は年に何回も事件に巻き込まれたりしないから」
「叔母様は誰かを心配させすぎたことがあった?」
「まあね。姉さん、つまりあなたのお母さんとか。私と姉さんはだいぶ歳が離れてたし余計にね……」
家族を心配させてしまわないように気をつけるポイントも、ノウハウのひとつなんだろうな。
「そういえば、前の手紙でお兄様が書いていたの。叔母様が寄越してくれた管理人はとても優秀で親切だって。領地のことをいろいろと教えてもらってるみたい」
「あら、よかったわ」
私の両親は、私が八歳のころに亡くなっている。残されたのは私と、五つ上の兄だ。父方の祖父母は亡くなっていて、他の親戚は疎遠。母方の祖父母は隠居して別の親戚のいる外国に行ってしまっている。そのため、兄が正式に家を継ぐまで、母の妹である叔母が私達の後見人となってくれていた。
彼女は私の十個年上で、私と旅に出始めたときは二十歳くらい。十八歳で祖父の跡を継いだ彼女は、母の実家の若き当主でもあった。
意外なところに人脈を持っている人で、いろいろと私達に便宜を図ってくれたりしたし、各地を気軽に旅行できたのもその関係だ。何があれば、新進気鋭のホテル経営者と、知り合い価格で泊まりにきなよ、むしろタダでいいから来て、とか言われる仲になるんだろう?
旅行に出てばかりだけど、旅先からも折に触れて私や兄のことを気にかけて連絡をくれていたし、私達は二人とも彼女のことを慕っている。
兄は叔母だから私を託せたのだろう。兄にだけは魔法や運命のことを正直に事情を説明していて、理解してもらっている。
「万が一、あの子以外が目にしてもいいように、手紙には魔法のことをぼかして書くのよ。わかってるだろうけど――」
「魔法のことは他の人には知られないように、でしょ? 注目を浴びると余計な狂気を引き寄せやすいから」
「そうよ。それにあなたの魔法は……」
叔母はそこで言葉を切る。
「いえ、この話はまた今度しましょう。ともかく。あなたの魔法は他の人には言わないほうがいい。絶対に」
「ええ、誰にも言わない」
あのときは深く考えずに無邪気に頷いたものだけど。
今は彼女が何をそこまで心配していたか知っている。
私の魔法は毒を無効化すると同時に、毒を盛った相手の感情がわかる。
そして感情に関する魔法って……闇魔法の分類だ。
光魔法が「神様」とか「聖女」とかいういいイメージなら、闇魔法は「堕ちた神様」とか「人を惑わす悪女」とかの悪いイメージ。
つまり、使えるというだけで偏見の目で見られがちな魔法なのだ。
運命のことといい、まったくもって本当に人生は理不尽だ……!
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