第25話 これで事件解決……?


 数日ぶりの学園への登校は、ちょっとだけ揉めた。教室まで見送るというアンリと断る私で。

 言い合いに勝ったのは私。それで教室には別々に向かうことになれたのだけど、部屋を出る際にアンリに念押しのように注意を促されてしまった。


「異変を感じたら、すぐに僕のところに来て」

「教室まですぐよ。心配しすぎだってば」

「何か頼まれても一人では行動しないように……」

「それは、うん。もう隙は見せないようにする」


 この間は倉庫代わりの空き教室に閉じ込められたけど、次は油断しない。

 自分に気合を入れ直して私は一人、校舎に向かった。


「彼女よ。あれがアンリ様の……」

「貴族寮に住ませてるんですって。相当気に入られているんだわ」


 想像通り、私がアンリの手配で貴族寮住まいになっていることを噂する生徒がたくさんいる。


「…………」

「あっ。いえ、今のはなんでもありませんから!」


 予想外だったのは、ひそひそ話は結構聞こえてくるけど、私がそちらに少しでも注意を向けると慌てたように知らんふりされること。なんだか、ものすごく遠慮されている感じだ。

 変に絡まれるよりいいけどね。


 アンリとの約束で夏休みには学園から離れて演奏旅行に出発できる。多少居心地が悪くても、あと数日乗り切れば……。

 ああいや、アンリのケーキに毒を盛られた事件の解決までは学園にいなくちゃ。危険な犯人を曖昧にしたままじゃ出て行けない。


「もう風邪は大丈夫ですの?」


 久しぶりの教室では、クリスティーヌが開口一番尋ねてくる。


「アンリ様が貴族寮で治療を受けさせたほど酷かったのでしょう? あまり無理はしないで」

「ありがとう、もう大丈夫よ。はは……」


 表向き、私は疲れで酷い風邪にかかって休んでいることになっていた。


「リサ、風邪はもうよくなったんだね!」

「心配してたんだよ」


 ケイやシーラも寄ってきて、口々に気遣うことを言ってくれる。彼女らの背後にはアーノルド達もいて、心配した顔をしていた。


「もうすっかりよくなったわ。それより、休んでいる間になにか変わったことはあった?」

「あなたのことは結構噂になりましたわ。アンリ様に本気で特別なお気に入りができたんだって」

「うっ、それはもう感じてる。……他には?」

「それ以外でしたら、彼らのことでしょうね。ロックウッド先輩とキャサリンさんのことですわ」


 他のみんなも同意するように頷いた。

 いきなり揃って登校しなくなってしまった二人のことは、生徒達の間でよく話題に上がっているらしい。


「急病でふたり同時に倒れたらしいのですが、今もまだ回復せずに、別棟でお医者様に看てもらっていると聞きました」

「急病……」


 キャサリンが自身とエドモンドに毒を盛ったことについては隠されている。これはアンリから聞いた。子爵家の息子が恋愛絡みで心中事件に巻き込まれたなんて、公にはできないよね。

 事情を知っている生徒は、あのとき居合わせたエドモンドの取り巻き二人と生徒会のメンバーだけだ。


 でもクリスティーヌ達の話を聞くに、騒ぎのことを完全に伏せることは難しかったみたい。どうやら、ふたりに“何かが起きたのではないか”と噂になっているようだ。

 ちなみに同じ日から休んでいた私は、アンリや生徒会の人達がわざわざ「関係ない」と宣言したため、無関係扱いらしい。


「二人同時に倒れるなんておかしくないか。変な流行り病とかじゃないよな」

「よくない食べ物を口にしてしまったんじゃないか、って話も聞いたよ」


 ケイの言葉にどきりとする。


「よくない食べ物ってどんな?」

「例えば腐っていたとか、この間のガーデンパーティーのときみたいに、間違って変なものが食べ物に混ざっちゃっていたとか……」


 さすがに誰かが毒を仕込んだ、という発想は出てこない。まあ、普通はそうだ。


「食べ物に理由があったのなら、すぐにそう学校側から説明があるだろう」

「立て続けに食堂での不手際があったなんていったら、みんなが怖がるから隠してるんじゃないか……なんて言ってる人もいるらしいよ」

「誰がそんなことを言っているんだ」

「さあ。噂で聞いただけだから、誰が言い出したかまでは知らない」

「リサは何も聞いていません? 生徒会長のアンリ様でしたら、他よりも事情を知っているでしょう」


 クリスティーヌに聞かれて、私はふるふると首を振る。


「ううん、何も言われてない」

「そうですのね。まあ、あえてあなたには二人のことを聞かせないようにしているかもしれませんわね。あなたが熱を出すほど疲れた原因って、あの二人絡みでいろいろ言われたことも関係しているのでしょう?」

「二人絡み……私がキャサリンに嫌がらせしたとかって噂のことね」

「アンリ様がトウリ先輩と話しているのを聞いた人がいるんだ。リサは倒れるほど追い詰められてたって」

「彼がそんなことを……」


 なんとなく、わざと聞かせるように話したのかもしれないと思う。私に手出しする生徒への牽制になるようにと。


「嫌味とか言ってた人達も、結構反省してるみたい」


 ケイがそう言うと、アーノルドが呆れたように肩をすくめる。


「反省っていうより、まずいことしたって後悔して慌ててるだろ。アンリ様が目をかけてる相手にやりすぎたってさ」

「ちょっとアーノルド」

「どちらにしろ、深く後悔してもらいたいものですわ」


 ぷりぷりと怒ってみせるクリスティーヌが「しかも、一部ではまた――」と言いかけて、はっと口を噤む。それに気付いたシーラも「あっ」という顔をした。


「どうかした?」

「いえ……、大したことはありませんわ。病み上がりのあなたに聞かせることではなくて……」

「そうだ、休んでる間の授業のことを教えないと。聞きたいよね、リサ」

「え、ええ」


 シーラに話題を変えられてしまった。

 なんだったんだろう?

 気になるけど、その後、話題が戻ることはなく授業が始まってしまった。


 久しぶりに登校して向かえた昼休み。私は貴族棟の生徒会サロンへ向かった。正確には昼食を一緒にとるためにアンリの元へ、だけど。今日は生徒会の集まりがあって、流れで私も話を聞くことになる。


「明後日は終業式のあと、恒例のダンスパーティー。今年の準備もみんなのおかげでしっかりできた。あとは当日、うまく予定通りに進行させないとね」


 手元の書類を見ながら、レベッカ先輩が告げる。

 隣にいたミリアがこそりと私に言った。


「乾杯用のジュースは昨日無事に届いて、食糧庫に運んでもらいました」

「よかった。私が休んでいる間、残りの仕事を任せる形になっちゃってごめんね、ミリア」

「ふふ、大したことありません」


 私とミリアが担当していた乾杯用のジュースも準備は万端。樽入りのぶどうジュースを用意することができたとか。私も飲むのが楽しみだ。


「じゃあこれで連絡はすべてだけど……アンリから話があるのよね?」

「ああ。一応、報告しておくことがあってね」


 レベッカ先輩に振られ、アンリが背もたれに預けていた背を起こす。なんだろう。彼はさっきから、ずっと思案顔で別のことを考えているようだった。


「キャサリンの部屋から、心中をほのめかす手紙が出てきた」


 レベッカ先輩、トウリ先輩、エリックにメグ、そしてミリアも私も、みなそれぞれが驚いた。

 その中で、いちはやくエリックが納得した様子で言う。


「心中ですか。では推測通り、毒を盛ったのは彼女で確定なんですね。道連れに殺したいほどエドモンド・ロックウッドを嫌っていたということか」

「……嫌う?」


 エリックの言葉にアンリが怪訝そうに首を傾げる。

 トウリ先輩が否定するように手を振った。


「エリック、違うよ。逆、逆」

「逆というと?」

「キャサリンは心中したいほどエドモンドを独り占めしたかったってことさ。死んでしまえば、誰にもとられることはなくなるだろ」

「ですが同時に彼女も彼を失います。というか、自分も死んでしまいますけど……」

「失わないんだよ。キャサリンが自分で手をくだすんだから、エドモンドは永遠に彼女のものになるのさ」

「ええと、まったく意味がわからないです」


 余計に混乱した顔で、エリックは助けを求めるようにアンリを見る。だけどアンリは、トウリ先輩の言葉がすべてだというように小さく首を振ってみせるだけだ。

 理解はできないけど……、私もそういう考えがあることは知っている。

 私が毒を摂取したときに感じとった通り、キャサリンはその恋心ゆえにエドモンドを殺そうとしたのね……。


「手紙にはどういう風に書いてあったんですか?」


 メグが尋ねる。


「正確には、どうすれば自分のものだけになるのか答えが手に入った、と断言されていた」


 そこでアンリは、ふう、と一息つく。


「そして彼女の部屋からは二種の毒が見つかった。ひとつは彼女とエドモンドが口にしたもの。そしてもうひとつは、僕に盛られた毒だ」


 またもみんなに驚きが走る。

 トウリ先輩も、思わずと言った感じで身を乗り出して聞いた。


「じゃあ、キャサリンがあの毒入りケーキの犯人だったのか?」

「そういうことだろうね。あの日、僕の元に運ばれてきたケーキの乗ったカートは、エドモンド達が利用するサロンにも寄っている。彼らにも同じ種類のケーキを届けたらしい」

「あっ、ならもしかして、間違えましたね!?」


 ミリアの発言に全員が彼女に注目した。


「えっとつまり、ロックウッド先輩達がいるサロンにカートが運ばれたとき、キャサリンさんがこっそりケーキに毒を盛った。ロックウッド先輩や自分が食べるものだと思って。だけどそれは勘違いで、毒を盛ったほうのケーキは温室に運ばれてアンリ様のところへ……そういうことですよね?」

「今のところ、それが一番あり得る。理事長や校長はそう考えているようだ」

「なんだ、じゃあアンリ様を狙う酷い人はいなかったんだ! よかったです」


 明るく声をあげるミリアに、メグがぎょっとした。


「何もよくないわ。誰かを毒殺しようとする生徒がいるなんて大問題じゃない」

「でも間違いで殺されかけるなんて、もっと大問題ですよ?」

「そうかもしれないけど……」


 アンリが皆を見回す。


「ともかく学園としては、温室で僕の元に運ばれたケーキに毒が入っていた件は、これで解決にするだろう」


 あ……。そうか。

 私が調査を手伝うって約束していた事件の犯人がわかった。

 アンリの危険は去った。

 私と彼の約束も果たされたことになって、私は正々堂々、彼にパトロンになってもらって演奏旅行に行けることになる。

 最初に望んでいた通り、私は特定の誰かと仲を深めることのないよう各地を転々とする……。


 いえ、待って。本当にこれで解決なの?


「あの、ひとついいでしょうか……!」

「どうしたの、リサ」

「温室のケーキに盛られた毒は、人を殺すようなものじゃありませんでした。これは、どういうことなんでしょうか」


 私は手を上げて恐る恐る発言した。

 生徒会のやりとりのなかで私から発言するのは初めてで、皆が意外そうな視線を向けてくる。


「確かに僕のケーキに盛られた毒は人を殺すものではなかった。エドモンドが摂取したものとは違う毒だね」

「最初は、浮気性に見えた恋人に少し痛い目を見させるだけのつもりだったんじゃないか」


 トウリ先輩が言う。


「キャサリンは、リサのことで焼きもちを焼いていたんだろう? その焼きもちの度合いが酷くなって、とうとう心中にいたったんだ。違うかな」

「どうだろうな……そのあたりは手紙に書かれていないし、本人に聞くしかないけど」

「キャサリンさんとロックウッド先輩はまだ寝込んだままなんですよね?」

「ああ。回復傾向にあるようだが、意識がまだはっきりしない。快復したとしても、すぐに実家に戻ることになるかもしれないな。処罰に関しては学園に任せている」


 気のせいかな。アンリの言葉に、レベッカ先輩が少し変な顔をしたような。


「キャサリンが意識を取り戻したら、一応聴取をするよう学園に頼んでおくよ。それでいい、リサ?」

「……はい」


 そうしてもらうしか、他に方法はないか。

 本当に犯人はキャサリンで間違いないのかな。

 温室で毒入りケーキを食べたときに、私が感じたのは悲しみだった。何かを憐れむような悲しさ。ただ悲しい、って気持ち。

 だけどエドモンド達と同じケーキを食べて感じたのは、どうしようもない執着心。恋心。独占欲。自分だけのものにならない怒り。


 最初のときは、恋人が自分のものにならない悲しみが強かったってこと? 憐れんでいたのは、そんな自分の気持ちを何も察していないエドモンドを?

 そして時間が経って感情が変化した?

 わからない。


 でも一番わからないのは。

 犯人がキャサリンじゃない可能性に気付いた瞬間の自分だ。

 まだもう少し、学園ここにいられるんだってほっとした自分がいる……。


 アンリを狙う犯人が野放しであることを心配すべきなのに。

 ううん、心配だってした。

 ただ、ほっとする気持ちと心配する気持ちの二つがあった。まるで自分も狂気に染まり始めたみたいに感じて、ちょっと怖くなる。

 

 あれだけ学園を離れてひとりで演奏旅行するのを望んでいたのに、それが現実味を帯びた途端に気づいた。私、まだもう少しこの学園にいたいと思っている。


 いえ、ちょっと違う。

 私は……アンリと離れるのが嫌だと思ったんだ……。



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