第23話 運命のことを告白しました


 気付いたら、もう一度ベッドに寝ていた。

 目が覚めた私は横になったまま、今度はゆっくりと経緯を思い出す。そうだ。私、一度目が覚めたけど混乱していて、しばらくして落ち着いたけど疲れてぼんやりしていたから、アンリに促されてもう一度休んだんだ。


 彼は私が落ち着くまでずっと抱きしめてくれていて、とても心強く感じたのを覚えている。他はちょっと曖昧だ。とにかく彼に甘えてしまったのは記憶にある……。


「目が覚めたんだね」


 半身を起こすと声がして、ベッド横に椅子に座ったアンリがいた。小さな丸テーブルも運ばれていて、その上には彼のノートと教科書が開かれている。


「あの、えっと……」


 冷静になったら気まずかった。といよりちょっと……恥ずかしい。子供みたいに彼に縋ってしまった気がするから。


「ありがとう。ついていてくれて……」

「少し興奮していたんだろうね。微熱があったんだけど」


 ベッドに腰掛けるようにして、身を乗り出したアンリが私のおでこに手をあてる。


「よかった、下がったみたいだ」

「私、変なところを見せてしまったわ」

「僕に縋りついて混乱してた。途中、苦しそうに『お兄様』とも言っていたんだけど覚えているかな」

「そ、そんなことまで言ってた!? よく覚えてない」

「君は何かを怖がって不安そうだった。とても失礼なことを聞くんだけど、君の兄が君を害するようなことをしたわけじゃないよね?」

「違う! お兄様じゃない」


 言ってしまったあと、はっとして俯く。けど、アンリは聞き逃してはくれなかった。


「兄じゃなければ、誰が?」


 ここで誤魔化したところで、大した意味はない。


「屋敷のメイドよ。お兄様に片想いをしていたの。だけどあの日……あの夕食のときに……」


 毛布のかかった半身をそのまま折り曲げるようにして、私はベッドの上で膝を立てて抱えるように丸まった。


「無理には話さなくてもいいよ」

「いえ、いいの。それにクリフ家のあなたなら、きっと調べようと思えば簡単に調べられちゃうわ。事件のことは周りでそこそこ噂になったみたいだし」


 わざと明るく言う。ただでさえ楽しくない話題だから、説明するのに重苦しくなりたくない。

 あの日、メイドの彼女は食卓にいた全員に毒を盛った。私、兄、叔母。

 好きな人を独占できないのなら、相手も、周囲の邪魔者もみんなまとめていなくなってしまうようにと。


「君の兄まで? 好きな相手まで殺そうとしたのか」

「邪魔な私や叔母を恨んではいたけど、私達を排除したところでお兄様を手に入れることはできないから、らしいわ」

「分かり合えない人種だ」

「本当、そうよね」

「邪魔者を殺すのなら、どんな手を使っても好きな相手は生かして手の内に囲う、くらいの強さもあるべきだね」

「ええ、そ……」


 …………んん?


「じゃあ君の兄や叔母は――」

「い、生きてるわよ!? 私がすぐに毒に気付いて二人を止めたから! 少しだけ口にして体調を崩してはしまったけど、症状は軽くで済んだわ」


 さすがにあの二人のどちらか片方にでもなにかあったなら、今ごろ屋敷に閉じこもって学園になんか来れなかったと思う。


「メイドは……その場で自分も毒をあおってしまって助からなかったけれど……」


 彼女の詳しい動機などについては、あとあと明らかになった。彼女の自室に拙い遺書のようなものが残されていたのと、兄に対してもあとから振り返れば怪しい言動をしていたらしい。


「もしかして、だから君は家を出て演奏旅行をして回りたいのか。辛い思い出がある場所から離れたかった?」

「それもあるかな。叔母様にも、家から離れたほうがいいって言われちゃったしね。お兄様は近くに離れを作ってそこにいるよう言ってくれたけど、私も領地から離れたほうがよさそうだって判断したの」


 あの事件のことを叔母はかなり深刻に捉えていた。挨拶もそこそこにすぐに一人で屋敷から去ってしまった彼女は、私に手紙で家を出たほうがいいということと、『思っていたよりもことは深刻だった。とりあえず、しばらく私達は一緒にいないほうがいい』とも言ってきた。心配させるから、家を出る直前まで兄も含めて誰にも言わないで行動を起こせとも。

 もちろん私はすぐ行動に移した。


「元から家を出ていろんな場所を見て回りたいとは考えていたのよ。それが早まっただけ。芸術家を支援するのが趣味だって貴族のことを叔母様から教えられて、それがロックウッド子爵だったの。なんとか夜会でお近づきになって、上流階級の箱入り娘がひとりで演奏旅行に出たいなんて珍しいって気に入ってもらえて……」


 ただ、即出発という流れにはならなかったんだよね。向こうもせっかくなら最初はここに行ってほしいとか、紹介できる音楽家仲間に連絡をとりたいとかあったみたい。


「学園に来たのは、少しでも早く家から出たかったから」

「演奏旅行に出るまで待てないくらいか」

「短期間でも、学校というものに通ってみるものいいなと思ったのよ」

「いや、それだけ事件がショックだったんじゃないか。だから実家から離れたかった。温室での毒入りケーキの件は、君にとてもつらいことを思い出させるものだったよね。なのに僕は君に調査の手伝いなどと」

「違うわ! ああいうのは慣れているというか麻痺してるから別に気にしなくても――」


 落ち込みそうなアンリに慌てて否定する。


「慣れている? 麻痺?」

「あ、えっと、なんていうか私……おかしな人と縁のある運命なの!」


 私の持つ厄介な運命。あんまり言いたくなかったけど、ここまできたら教えてもいいか。


「昔、占い師のお婆さんに言われたんだ。私って『狂気に染まりし者』に縁があるんだって」

「狂気……」

「急に言われてもわからないわよね」


 私は、魔法が使えると判明してすぐに宣告された運命のこと、そこから何度も事件に巻き込まれたことを簡単に話す。

 一応、毒を盛った相手の感情がわかるっていう闇魔法のことはうまく隠しつつだけど。


「だから、同じ場所、特に同じ顔触れがたくさん揃った場所に長期間居続けるのは危険なのよねー……」


 さすがに引かれたかな、とおそるおそるアンリの様子を窺ってみる。けど彼は、特に顔色をも変えず、ただそうなんだという風に聞いてくれていた。

 ちょっとほっとする。彼も魔法が使えるから、きっと変な運命の話もそう驚くことではないんだ。

 聞いてもらえてどこか解放感もある。抱え込んでいた悩みを誰かに知ってもらうのって、それだけで少し心強い。


 ううん、相手がアンリだから話しても安心していられるのかもしれない。


「お婆さんの言った通りだったわ。十六歳になると私の運命は転がり始める。学園でだって、こんな風に事件が起こってしまった。少なくともこれから何年間かはきっとこんな調子なんだわ」


 いずれは落ち着くときがくるとは言っていたけど、それがいつかはわからない。ああもう、本当に面倒な運命すぎる。

 そして、私はあのメイドのことも割り切れてない。彼女がおかしくなったのは私の影響じゃないと叔母は言ってくれた。でもふと「もしかしたら」という想像をしてしまっておかしくなりそうな気分になる。


 だから私はどこにも居着かずにフラフラし続けるんだ。この学園もそう。例えば一年後……いえ半年後には、私はここにはいないだろう。


「その占い師のお婆さんは、特別強く君に執着する相手と一緒にいれば多少はマシになるって言ったんだよね」

「そうね……私自身への危険が減るって感じの言い方だったかなあ」


 小さな事件は減るって意味にも聞こえたな。大きな事件も減ってほしい。


「これまでそういう相手はいなかったの?」

「それが全っ然。もっぱら巻き込まれる側。誰かに酷く執着する人は何人も見てきたけど、その先が私だったことはないわ」


 叔母と一緒に旅してまわっていた先はもちろん、一年の半分を過ごしていた領地でもそういった相手が出てくることはなかった。

 兄が細かく使用人のローテーションにまで気を配ってくれたおかげかな? でも、その兄が使用人に酷く執着されてしまった。


「だから、その方法は選択肢に上がらないのよ。そもそも存在しないから」

「じゃあ僕がなってあげるよ、その相手に」

「は?」


 にっこりと笑って言ったアンリは冗談なのか本気なのか区別がつかなった。


「僕は君のことが大事だよ。だからやれると思う」

「い……いやいや。そういうのは、やれるやれないとかじゃない……」


 ふと脳裏に彼の言葉が蘇る。


『よくわかった。余計なものはいらないね――』


 そうだ。私がこのベッドで混乱しながら彼に抱き着いてしまったとき、彼のこぼした言葉……!


「へ、変なことを言わないでよ。そもそも占い師のお婆さんの言い方じゃ、そんじょそこらの執着具合じゃダメみたいだったわ。ちょっと気に入った相手に簡単にそんなこと言っちゃダメ」

「ちょっとでも簡単でもないよ」


 ぼそりと呟かれたアンリの声にひやりとしたものを感じた。理屈じゃなく、感覚で。

 その流れを絶つべく、私は「それに!」と反射的に声を上げていた。


「さっきも言ったように、私って誰かに執着する人が起こす事件に巻き込まれがちだったの。だからそういう誰かに執着する行為からは距離を置かなきゃって意識が強くて……だから……」

「だから?」

「そういうのって怖い……じゃない。怖いのは、避けたい……」


 無意識のうちにどこか懇願する響きを含ませながら、私はアンリのほうを見た。返ってくるのは彼の強い視線だ。

 少しの間だけ、私達は無言で見つめ合う。心臓がどきどきしてくる。けど、私は視線を逸らさなかった。

 そのうち、彼が表情を緩めた。


「僕は君を怖いものから守ってあげたい」

「あ、ありがとう……」


 たぶん通じたよね?

 怖いから、あなたにはそういう怖いことはしてほしくない。そういう、遠回しでちょっとずるい牽制だ。


 アンリは座っていたベッドから立ち上がって、私に背を向ける。

 私は、まだ心臓がどきどきしていた。


「そうだ、お腹は空いていない? ベッドで食べれるような軽い食事を用意させておいたんだ。まだ起きないほうがいいからここで夕食を――」

「お腹は空いてないわ。それよりここって貴族寮でしょう」


 ベッドや調度品からして私達の寮とは違う雰囲気のこの部屋は、おそらく貴族寮の一室だ。置いてあるものからして、誰かの私室のような感じがないから、空き部屋を使わせてもらっているんだと思う。


「私、一般寮のほうに戻らないと――」

「もっとゆっくりしていっていいんだよ。ほらこれ、気分が落ち着くお茶。お腹が空いてないなら、せめてこれを飲んでもう少し休んで」

「だけど寮に戻る時間が遅くなってしまうから」

「せっかく淹れて用意しておいたのに、飲んでくれない?」


 うっ……。そんな綺麗な顔で! 悲し気に微笑まれたら! 妙な罪悪感を覚えてしまうんだってば!

 私は観念してカップを受け取る。とりあえずお茶だけは飲もう。

 少し冷えたそのお茶を私は一気にあおった。


「そんなに慌てて飲まなくても」

「喉が渇いていたのよ」

「まったく。はい、カップを渡して。君はもう少し横になって」


 やや強引に体を倒されるけど、私は苦笑して首を振る。


「もう大丈夫だって……ば……」


 あ、れ……?


「眠かったら寝ていいよ。ゆっくり休養をとったほうがいい」

「アンリ……私……」


 体中をふわっとした心地よい感覚が包む。これは……。


「もう少しおやすみ」


 ああ、アンリに言い忘れていた……。

 私の魔法は毒を無効化する。だけど正確に言えば、おそらく身体に影響を与える成分に反応する。

 そして毒と薬は紙一重……。

 体調にもよるので安定しないのだけど、私の魔法は薬に対しても発動してしまうんだ……。


 多分お茶に入れられていただろう眠り薬ではなく、魔法の発動によって私の世界は暗転する。


 でも不思議と怖くなかった。

 ……どうして?

 一瞬前まで、心臓をどきどきさせながら避けようとしたことなのに……。


 湧き上がるのは“守りたい”という一途で強い想い……。だから怖くないの?


 でも、前にも同じ感情を毒に感じ取った事件があったよね……あのときはちゃんと犯人を怖いと思うことができた……。

 それなら……なぜ……?

 何が、違うの……かな……。


 相手が……アンリだから?



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