第21話 オーバーキルとかそういう話ではない気配が


 結局、午後いっぱい保健室のベッドで休んで、授業は欠席してしまった。その代わり放課後にはすっかり元気になり、私は約束通り鐘塔へ向かう。

 アンリに運ばれるところを数名には目撃されてしまったけど、今のところまだ学園中には広まっていないみたい。すれ違う人達は、誰も噂していなかった。明日には……わからないけど。


「アンリ。改めて確認しておくんだけど、私の魔法のこと――」

「もちろん、黙っておくよ。君は約束通り事件の調査をしてくれた」

「まだ事件は終わってないけど……いえ、それは一旦置いておくわ」


 いつも通りアンリの伴奏で歌ったあと、休憩がてらの雑談中。今の状況を整理するように彼に確認する。

 夏季休暇までの短い間とはいえ、私は彼と距離を置くことを選ばなかった。なら今後のことを考えるためにも、私達の関係を互いにおさらいしておきたい。


「私のパトロンになってくれる件については、夏までに事件を解決するか――」

「夏季休暇まで君が僕のウィンクルムを続ければいい。もう少しで達成。問題ないよ」

「あなたのケーキに毒が混入された事件が解決しないのは、それはそれで問題なのよ?」


 アンリは「ああ」とまるで今思い出したかのように首を傾げる。狙われた本人がその反応……。今さらだけど。


「夏休みにはあなたがパトロンになってくれて、私は歌手として演奏旅行に出発する。でもあなたは? 死ぬほどじゃなくても、食べ物に毒物を混入した犯人が野放しの場所で生活を続けることになってしまう」

「そんなに心配してくれるんだ」

「当然じゃない」

「じゃあ、君の演奏旅行に同行していい?」

「はい?」


 私と一緒に行く……? え、それって学園をやめるってこと?

 理解が追いつかない。自然と眉を寄せていたらしく、アンリに「そんな顔しないで」と苦笑された。


「学園から離れれば、狙われることはないだろう?」

「確かにそうかもしれないけど。でも……」

「なるほど、そういう反応か……。いや、言ってみただけだよ。今はね。じゃあ、この件はもし本当に夏休みまでに事件が解決しなかったとき、また改めて考えよう」


 なにが「なるほど」で、なにが「じゃあ」なのだろうか。

 夏季休暇までもう大して日数はないし、すぐにきてしまうんだけど。


「さてと。そろそろ演奏を再開する?」

「待って。まだ大事な話が残っているの」


 アンリは、この学園でかなり特殊な感じに特別視されている。そんな彼からの特別扱いを受け入れる。過去の経験的に無事でいられる気がしない。

 さすがにこの短期間で命を狙われるまでにはいかないだろうけど、何ごとかが起きて彼が巻き込まれる可能性はある。


 ……それでいいのだろうかっていうのは、保健室のベッドで午後中考えてた。

 ちゃんとした結論は出なかったけど。

 でも彼のウィンクルムをやめることはできてなくて、私は彼ともっと話してみたくて、誘いを断った時の彼のがっかりした顔もあんまり見たくない。


 だからできるだけ警戒しながら、夏季休暇までは今のままでいよう。

 暑さで鈍った頭が冷静さを取り戻しても私はそう思った。


 あれ? とりあえず夏季休暇まではってアンリと同じこと考えてるな。人のこと言えないかも……。


「大事な話って、またウィンクルムをやめたいとかじゃないよね」


 不安そうなアンリに、私は「違う」と急いで頭を振った。


「あなたを慕う人間が多いこの学園では、私があなたと一緒にいると、誤解して変なことをしてしまう生徒もいるかもしれないという話」

「ああ……君を閉じ込めたみたいな、ね」


 一瞬、ひやりとするほどアンリの声が冷たくなった。


「そ、そう。そういう感じで……ええと、だからね。あなたも一応気をつけてほしい。アンリに手を出せる生徒は少ないと思うけど」

「君を心配させないよう気をつける。けど、君自身のほうが心配だよ」

「大丈夫! あなたが思ってるより、多分、私は逃げるのうまいから!」


 ちょっと暗い顔をするアンリに、私はことさら明るく言いきる。


「でも今日は閉じ込められただろう?」

「あれはちょっと油断しちゃったの。別のことに気を取られていて。それに死ぬほどのことでもなかったし!」


 嫌なものではあるけれど、被害としては軽めの部類だ。

 でもアンリの表情は曇ってしまった。さらには「死ぬなんて……」と仄暗い笑みを浮かべて呟かれる。

 ……………。

 ……話、変えよう。


「あー、えーっと、まだ他に大事な話があってね。最近、『あなたらしくない』とか『前はそんなこと言わなかった』とかそういった意味のことを口にした人は近くにいる?」


 アンリは意外そうに数回瞬きした。


「いないんじゃないかな?」

「それじゃあ『自分ではだめなのか』とか」

「さあ、覚えはないな」

「念のため聞くんだけど、『余計なものはいらない』みたいなことも」

「いないよ。……最後の、どういう意味?」

「いろいろ。とにかく、もしそういったことを言う人がいたらすぐに教えて!」

「う、うん」


 私の勢いがよほどのものだったのか、珍しくアンリがたじろぐ。

 でも大事なことだ。日常に潜む狂気の片鱗は見逃さないようにしておきたい。

 厄介な運命の元にいる私は、誰かへの執着心を拗らせた者が起こす事件に何度も遭遇している。必然的にいろんな「狂気に染まりし者」を見てきた。

 ……つまり、そういうことを口走って凶行に走った者を見たということでもある。嬉しくないことに。


「そうだ。僕の方からもいい?」

「なに?」

「今日みたいなことがあるのは心配なんだ。だからできるだけ傍にいて。もし用事ができたなら、一緒に行く」

「さすがにそれは……」


 過保護すぎないだろうか? でも、私からも変な注文をつけたばかりで、昼間には閉じ込められたのを助けてもらったばかりだ。

 夏季休暇までもう十日くらいだし、試験も終わって、終業式の日のダンスパーティーの準備以外は特に学校関係で忙しくなりそうにはないし……。


「わかった。なにかあったらね」

「約束だよ」


 一緒に過ごすのは試験前と変わらない。

 用事は生徒会絡み以外の大した用事なんて発生しないだろうから、同行されてもそう問題はないだろう。

 と、そんな風に予想したはずが……早速次の日、生徒会とは関係ない、まあまあ大した用事が発生してしまった。


「君の件について母から連絡があったんだ。それで一度話しておこうと思ってな」


 ソファに座り、不機嫌そうな顔と何かに怯えるような顔を交互に浮かべているのはエドモンド。

 彼の向かいに座るのは私と……もちろん、隣にはアンリである。


「ですが、どうしてわざわざアンリ様が……」

「リサは昨日、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてね。心配だから傍にいたいんだ。大事な指導生だからね」


 牽制するようにアンリが説明すれば、エドモンドは「そ、そうなのですね」とぎこちなく頷いた。


 放課後、エドモンドの取り巻きの男子生徒が教室に来て、貴族棟の彼らがよく使うサロンに呼ばれた。

 ちょうど教室に私を迎えにきたアンリとも鉢合わせして、それで一緒に来ることになったのだ。

 アンリが教室に迎えに来ることなんて、なかったのに。昨日の「できるだけ傍にいる」という約束は、そういうことも含まれていたらしい。


 エドモンドは今さらどんな用事かと思ったけど、彼の母親、つまりロックウッド子爵絡みだったらしい。


「お茶……飲んでください。ぜひ」


 キャサリンが、エドモンドの隣で控えめに主張する。

 彼女は、大事な話をするからと使用人が準備するのを断り、自身で紅茶を準備し、ついでに焼き菓子の乗った皿もそれぞれに出してくれていた。


「飲まないの……?」


 上目遣いでキャサリンに睨まれる。「あとで……」と曖昧に濁したら、部屋にいたエドモンドの取り巻きの男子生徒二人が口を開く。


「安心しろ、キャサリンは君のようなことはしない」

「彼女は優しいからな、君と違って」

「リサは一体、何をしたのかな」


 尋ねたのはアンリだ。

 声のトーンがけして機嫌のいいものではないと察せられたせいか、取り巻きの生徒は二人して「ひっ!」と小さく叫んだ。


「か、彼女は、寮でキャサリンの飲み物に細工をして、まずいものを飲ませたらしいんです!」

「ア……アンリ様の前ではしおらしい態度かもしれませんが、彼女は他にもキャサリンに嫌がらせをしていて……」

「私はそんなことしてないわ」

「嘘をつくな! エドモンドとキャサリンの仲に嫉妬して、いじめたんだろう!? エドモンドが好きだからと――」

「いや待って。違うから。本当に違うから。好きとかじゃないから本当に。アンリの前で適当なこと言わないで」


 つい早口で遮ってしまう。

 アンリの前で、私が他の誰かを好きだろうと言われるのは、事実無根であっても嫌だった。

 ……あと、なんだかとてもよくないことのような気がした。なぜかはわからないけど、さっさと否定しなかったらまずいことになる予感が。


「……ふっ」


 アンリの小さな笑い声で、みんながぴたっと止まる。


「リサが、彼らの仲に嫉妬していじめるようなことはないよ。一緒にいればわかる。そういう人じゃない」

「し、しかし……」

「疑うのなら、生徒会の方で調べよう。ただし、事実が明らかになったとき、名誉を貶めた側にはそれなりの責任をとってもらいたい」

「え……」

「い、いいです! 調べなくて!」


 慌てたようにキャサリンが割りこんできた。


「別にもう過去のことだから……」

「こちらには過去のことじゃない。実際に今、リサは貶められた」

「よく考えてみたら、誤解もあったかもしれないし……。リサさん、もしかしたら勘違いとかあったかもしれません、ごめんなさい」


 棒読み気味ではあるけどキャサリンに謝罪された。

 私は頷き、アンリにも「そこまでにしておいてほしい」と目で訴える。彼はちょっと不服そうな反応を見せたけど、すぐに引いてくれた。


 私のために怒ってくれたことはわかっている。でも、それ以上に今日のキャサリンの様子が気になったのだ。

 表面上は大人しいけど、内に何か大きなものを抱え込んで黙っているだけみたいな。まるで――。

 確認、したほうがいいだろうか。


「……いただくわ。紅茶も、お菓子も」


 少々覚悟を決めて、私は出された紅茶を飲み、そしてクッキーを一枚口にした。

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