第2話 なぜ「神様」かというと……
「これがクリスティーヌの言っていたチョコね」
教えてもらったチョコは確かに美味しかった。
ケイの食べたがっていたドライフルーツの乗ったものは、残念だけど用意されていないみたい。
どれくらい時間を置いて戻ろうか……と考えながら、周りを見回すと、遠くにエドモンド・ロックウッドがいるのに気付く。
ロックウッド子爵家はこれからの私の人生に必要なものをくれる予定の、大事な相手。主にやりとりしているのは当主である彼の母親だけど、エドモンドともその関係で顔見知りだ。
エドモンドの隣には可愛らしい女の子がいて、彼はものすごくにこにこ顔で彼女を見つめていた。
「……!」
女の子のほうが私の視線に気付いたようで、なんだか嫌な顔をした気がする……!
慌てて私は顔を逸らす。
別方向を向くと、ちょうどよくアンリ様がいたので彼を観察しよう。完全に、視線を向けるのにちょうどいい安全な対象扱いしちゃってるな。
……あれ?
アンリ様ってこういう場じゃ何も食べない人なのだろうか。
彼はたまに飲み物に手を伸ばすけど、ポーズだけで全然口をつけてる感じがない。周りの友人の方々はときどき飲み物や食べ物を口にしている。でもアンリ様は飲食をしている様子がない。
単にそういう気分なだけかな?
こんな風に他人の食事の様子が目についてしまうのも、占い師に告げられた私の面倒な“運命”が関係している。
「ねえ、今日なら話しかけたら少しお話しできたりしないかしら」
「どうだろう。アンリ様の隣には、ずっとトウリさんがいるし……」
「トウリさんは社交的な方だから、橋渡しをしてくださるかも」
ここでも女子生徒と男子生徒のグループがアンリ様の話をしている。
トウリさんというのは、アンリ様の隣にいる薄茶色の髪に深いこげ茶の瞳の男子生徒。三年生のトウリ・ダンヴァース先輩。彼も生徒会役員で、たしか会計係だったかな?
すぐ近くで別の相手と話している、綺麗にカールしたピンクブロンドの髪が印象的な女子生徒が、たしか三年生で副生徒会長をしているレベッカ先輩だったはずだ。
アンリ様、トウリ先輩、レベッカ先輩の三人は、家同士の付き合いがあって昔からの友人だって聞く。
ここ一か月でなんとなく知った情報によると、アンリ様は家同士で交流のある友人数名と生徒会メンバーとしか、個人的な交流は基本的にしないらしい。
彼はいつも笑顔だけど、同時に近寄りがたい少し冷たい雰囲気がある。気になるけど、近づきがたい。基本的には遠くから崇める感じの人だ。
彼は皆に平等に優しく、平等に思い入れがない感じがする。それがより「神様」感を出している気がするわけだけど。
まあ、でも一番「神様」感を強めているのは――
「魔法が使えるというだけでもすごいのに」
「さすが光魔法を使われるだけあるわ。ご本人こそ、まるで周囲を照らす光のようよね」
そう、それなんだよね。
ついついクセで、聞こえてくる他人の会話に内心で相槌を打ってしまった。
この国の、特に上流階級のなかには、まれに「魔法」を使える人間が生まれることがある。力自体はそう強くないことが大半で、それを使ってどうこうするというのは少ないんだけど、「魔法を使える人間」ということ、それだけで特別視される。
大昔、天から降りてきた神様達が魔法を使って人々を導いたという伝承がある。そういう神話をモチーフにした芸術品は定番で目にする機会がよくあるし、子供のころにおとぎ話として聞くことも多いし、特別な存在だというイメージが刷り込まれているのだ。
そして実際、魔法を使える人間は他のことに関しても優秀なことが多くて、政、商売、芸術、なにかしらの分野で成功者となることが多い。
欠点といったら、人とは違う力を持った宿命か、いわゆる「普通」の人生は送れないともいわれていることかな。彼らは、祝福とも呪いともいえる運命を背負っている。
私の学園の「神様」に関していえば、もうその呼び名の通りだろう。
その美貌と言葉にしがたい圧倒的支配者の空気で、周囲が勝手に彼を神様のように扱ってしまう。きっと彼自身が望もうとも望まなかろうとも関係なく。
おそらくそれが彼の運命……というのは私の勝手な分析だけど、まあ間違ってはいないはず。
「あの方が闇魔法の使い手じゃなくて本当によかったよな」
「もしそうだったら、すごく怖い裏社会の長になってたりしてそう。それはそれで魅力的だわ……」
「まったく。あなた、本の読みすぎよ。……たしかに似合うけど」
聞こえてくる彼らの会話に、私は苦笑を漏らす。
魔法には、火、水、風、土、光、闇の属性があるけど、闇魔法だけ評判が悪い。
人の感情にまつわる魔法なので、なんとなく怖いと思われがち。神話でも悪役に描かれることが多いからそのイメージも強い。風評被害だ。
「アンリ様!」
ふと響いた甲高い声に、途端に近くのグループの雰囲気が剣呑なものになった。
「やだ、庶民が――」
「いやね、立場をわきまえられない方は」
「まだあの庶民はアンリ様に絡んでるのか」
今、まさにアンリ様の元に駆け寄っている女子生徒がいる。
彼女はミリア・シャローム。
五月という中途半端な時期に学園に編入した一年生だ。
両親をなくし教会に身を寄せていたところ、ほんの少しだが魔法が使えることが判明して、上流階級の家に養子として引き取られ、この学園にやってきた。
重要なのは彼女の使える魔法もまた光魔法であること。かなり弱いものらしいけど、光魔法の使い手は存在事態が大変珍しい。
しかも女性となれば、古の神話に出てくる聖女を想起させる。彼女の長いプラチナブロンドの髪と赤みがかった瞳は、ちょうど神話の描写と同じだし。
つまりこの学園には神様と聖女がいる。
なんとお似合いの二人。とは、誰しもがしてしまいそうな発想だ。
もちろん生徒達も最初そう思ったみたい。
そして理不尽だけど、そう思った彼ら自身が、自分で自分の考えに苛立ってしまったらしい。
いやほんと理不尽だけど……。
「本当に庶民は――」
「アンリ様だって、生徒会の方達だって、仕方なく受け入れていらっしゃるだけなのに――」
庶民出かつ光魔法の使い手、という特殊な立ち位置から、フォローの意味もあってか、彼女は入学当初から特別に生徒会のメンバーとなっている。
それだけでも複雑な視線を受けるのに、あろうことか彼女はアンリ様にわかりやすくアプローチも始めた。
当然ながら、周囲からの視線はより冷たくなる一方だ。彼女も気付いていないことはないと思うんだけど、今のところ自重する様子はない。
「同じ時期の編入生でしたら、もう一人いたでしょう?」
「魔法は使えないけど、成績優秀だからって二年から編入が認められたんだっけ。彼女はちゃんとした上流階級の出だったはずだ。ミリア・シャロームに比べたら、まったく目立たなくてよく知らないけどさ」
「どうせなら、庶民出の方より、その方が生徒会に入ればよかったのよ」
「そうよ。慣れない学園生活のフォローでしたら、まずは上流階級の者からであるべきだもの――あら」
あ、気付かれた。
三人が今まさに話題にしていたもうひとりの、まったく目立たない編入生。
それが私、リサ・ヒースである。
「ええと、あなたもしかして――」
「ど、どうも。……では、ごきげんよう!」
ちょっと気まずくなりながら、その場を足早に去る。
学園に来て一か月半。ミリア・シャロームがあちこちで陰口の対象になるのと並行して、比較対象としてたまにああやって私のことが話題に上がるようになった。
一応ここではできるだけ目立たず地味に過ごそうと努めているおかげか、名前は出てこなくて、「もう一人の編入生」として語られるだけではある。
でも、やっぱり落ち着かない。
ミリア・シャロームを貶めるための小道具のようなものだ。気分はよくないし居心地も悪い。
仕方ない。予定より早いけどクリスティーヌ達のところに戻ろう……としたとき。
「な、なんですの、これ!」
「うええっ!」
クリスティーヌやローレンス達が悲鳴を上げるのが聞こえた。
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