言いがかりで婚約破棄(まだ婚約してないのに?)されてやさぐれてたら、侯爵家の令息に気に入られて溺愛され始めました
宮崎
第1話 学園の侯爵令息
上流階級の子女達が集う、全寮制の寄宿学校、ウィゼンズ学園。
この学園には「神様」がいる。
「見て。今日もお美しいわ。アンリ様」
「ええ、本当に……」
小さくため息をつく彼女達の視線の先にいるのは、高貴という言葉が具現化したみたいな一人の男の人。
友人らしい別の男子生徒となにか雑談中。
「実家からは、アンリ様と繋がりを持てる機会を決して逃さないようになんて手紙が来るの。だけど、あの方とお近づきになるなんて想像できない。できるとしたら、お慕いしてますって伝えることくらいね」
「わかるわ! 私、卒業までに一度でいいから、あの方にこの尊敬の気持ちを伝えようと思ってる……それ以上は望まないから」
私はなんでもない顔をしながら、聞こえてくる女子生徒達の会話に「告白するってことかな?」とどこか冷静な気持ちで考えた。
私達の暮らすデンク帝国には、五大家と呼ばれる五つの名門貴族の一族がいる。
私や彼女達の視線の先にいるのは、その一つであるクリフ家の三男、アンリ・クリフ様。十七歳になったばかりのウィゼンズ学園の二年生。
彼のプラチナブロンドの髪に紫の瞳は、何代か前にクリフ家に降嫁した皇女そっくりだという。皇女は女神の生まれ変わりではないかと言われたくらいの美人だったらしい。もちろん皇女に似た彼もまた相当の美形だ。
――彼の微笑みは、ときどき人ではない気さえする。
――彼は神様。誰も逆らえない。
そんな言葉が冗談ではなく真面目に囁かれているし、私もその言葉には頷いてしまう。
アンリ様は今日も麗しい。大変な目の保養だ。うん。
日差しの下にいると、色素の薄さが余計に際立つかも。黒髪に黒い瞳の私とはだいぶ印象が違うだろうな。
アンリ様は見た目だけじゃなく中身もすごい。
試験では常にトップで、二年生ながらウィゼンズ学園の生徒会会長。
運動においても、去年の剣術大会で、一年生ながら二年生や三年生の実力者達に圧倒的な差をつけて優勝したらしい。
私も同じ二年生だけど、本当に同じ学年なのかな、なんて思ったりする。クラスが離れていてまったく面識もないので特に。
最後にまたアンリ様をちらりと見てから、私は飲み物を手に別のテーブルへ移動した。
今日は生徒会主催のガーデンパーティーだ。
学園の庭園にある広場に食べ物や飲み物が用意され、参加者達は友人たちと会話を楽しむ。今日のために呼ばれた楽団が音楽を奏で、とある一角では手品師がマジックショーを行っていたりしてだいぶ盛り上がっている。
今は六月半ば。新学年としての生活にも慣れ、緊張が解けて少し疲れも感じ始める時期。そんな生徒達を励まそうといった主旨の、全学年対象の自由参加のパーティーだ。
「リサ。美味しそうなお菓子はあったかしら?」
一緒にパーティーに来たクラスメイト達の元に戻ると、気付いた一人が尋ねてきた。
「ううん、あんまりぴんとこなくて、何も食べずに戻ってきちゃった」
「あら、残念ね。あっちのテーブルにあったチョコレートはとても美味しかったから、後で食べてみるといいわよ」
彼女、クリスティーヌは一か月半前に編入してきた私に、最初に声をかけてくれた女子生徒だ。
隣にいる女の子達はケイとシーラ。
三人は去年から同じクラスで、よく一緒にいるらしい。この二人もまた、一人になりがちな私を気にしてよく話しかけてくれる。
変な時期に編入したせいでクラスメイト達に話しかけるきっかけがないのだろうと、気を遣ってくれているのだ。
「やあ、クリスティーヌ、ケイ、シーラ……それにリサ。ガーデンパーティーは楽しんでる?」
同じクラスの男子生徒のグループが話しかけてきた。
そのなかでもローレンスという男子生徒がケイに絡む。
「ケイ、調子に乗って食べ過ぎるなよ。好きなものを前にすると、自分の適量を忘れがちなんだからさ」
「ちょっとローレンス! 小さい頃の話をいつまで蒸し返すつもりよ!」
二人は幼馴染。そして婚約者同士だ。
婚約は親の決めたものだったらしいけど、絡むローレンスも、言い返すケイも、互いに気を許した空気がある。たぶん彼女達の間には、形式的な婚約って枠だけじゃなく、いわゆる恋愛感情というものもあるんじゃないかな……。
と、雑談で盛り上がる皆からそっと一歩引いて観察しながら思う。
皆の話に笑って見せながらも、できるだけ会話には入らずにちょーっとだけ距離を置く。
上手い具合に、みんなの輪の端っこで空気になれたので、なんとなく私は周囲に意識を向けた。
アンリ様は相変わらず同じ場所で友人と優雅に談笑している。
ここ最近、彼を見かけるとちょっと嬉しい。だって、あれくらい別世界の遠い人だと気楽にかっこいいなあって注目できるんだよね。
あの人は私みたいな一般生徒の視線なんて慣れ切って意識しないだろうし、周りだって私が彼を見てることを気にしないし!
誰かと仲を深めてしまうほど、その相手や、相手に関係する人に変な執着をもらうかもしれない。仲を深めなくたって、関係があるというだけで人によっては変な恨みを買うかもしれない。ただただ巻き込まれてしまうことだってあるかもしれない。
そういうのは勘弁したい。
――お前さんは、狂気に染まりし者と縁を持つ運命にある。可哀そうだが、逃げられん定めじゃな。
あー……、嫌なこと思い出した。
――特に酷くなるのが十六歳以降じゃな。それまでとは比にならぬほど運命が複雑化し、他と絡まり合い、誰にも解けぬほどこじれだすやもしれん……。
幼いころ、叔母に連れていかれた占い師のお婆さんの言葉だ。あの人は他人の運命を覗く特別な力を持っていた。
今の私は十六歳。夏には十七歳だ。
十六歳以降が問題だという、あの占いは正しかった……そう思う出来事があったため、私は実家から離れたいと急遽一か月半前にこの学園に編入した。
万が一のため、一人でも生きてく術を手に入れなければと子供の頃から勉強を頑張ってきたのが役に立ったな。
まあ、この学園にも長居をするつもりはないけど。
私の最終目標は、この学園もさっさと出て行き、演奏旅行で各地を転々とする音楽家になることだ。一か所に長く留まらないようにすれば、変に誰かと関係を深める暇もない。つまりトラブルに巻き込まれる可能性が減る。
この目標についても、もうすぐ叶う。来る日に備えて動いてきたのがようやく実になるときがくるのだ……。
「リサ、聞いてる?」
「え? あ……。ぼうっとしていたわ」
「今度の外出日にみんなで買い物に行こうって話よ。あなたもどう?」
「うーん、ごめんなさい。その日はちょっと予定があって。誘ってくれてありがとう」
「そう?」
ありがたいけど、ごめんなさい。
この学園で必要以上に誰かと仲を深めるつもりはない。気遣いは本当に嬉しいし助かってる。だけど私には……。
気遣ってくれるクリスティーヌ達に少し申し訳なくなる。ちょっとこの場から離れよう。
「さっきクリスティーヌが美味しいって言っていたチョコレート、やっぱりどうしても気になるからちょっとつまんで来るわ。あっちのテーブルよね」
「ふふ、四角い形のがおすすめよ」
「ドライフルーツが乗ったやつがあったら教えて! 私、あれ大好きなんだよね」
「わかったわ、ケイ」
頷いて、私は別のテーブルへと向かう。
一人に戻るとちょっと肩の力を抜くことができた。誰でも彼でも疑いたくないんだけど、強い繋がりのある人達、特に恋愛関係の人達にはどうも無意識に警戒して緊張してしまうようだ。ごめん、ケイ、ローレンス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。