第一話
俺たちが雪山に登ったのは、雪山を登頂しようと言う強い志があったからだった。社会人数年目、会社内での山岳サークルで俺は活動をしていた。このサークルは月に一度どこかの山へ行き登頂することを目標として活動しており、中には小学生の時に標高三千メートル級の山へ登頂したことがあるなんて奴もいたり。意外と本格的だった。
まあ、俺は大学の山岳サークルでちょっとだけ登っただけであり、ある意味大学の時はハイキングに近かったんじゃないかと今は思う。標高は低めかつ、危険度を下げるため冬はもっぱらゲーム三昧。そんな少し不真面目なサークルだった。
それでも自然と向き合う楽しさを知った俺は、会社に山岳サークルがあると知りすぐに入ることを決意した。だが大学の時とは比べ物にならないくらいのトレーニング量、そして標高の高さ。ありえねえって何度か思ったが初めて標高三千メートル級の山に登ったときは感動した。毎回がそんなに険しいものに登るわけでもないし、たまにはハイキングっぽい時もある。それでもこの山岳サークルはガチすぎるやつばかりで楽しくて仕事は行くのも捗った。
そんな中であったのが彼女だった。一つ歳下の
俺はそんなに努力できる彼女に惹かれていった。そして運が良かったのか彼女とお付き合いをすることになり、喧嘩あり仲良しありのすごくいいカップルだと思う。会社でも公認と言った感じ——と、言っても実際は山岳サークルの奴らが広めたからなんだが、良くしてもらっていた。そして、もうすぐ付き合って二年目になるからいよいよかと考えてこの雪山登山で、あの有名登山家のようにプロポーズを決意したのだった。
今回は珍しくあまりメンバーが集まらず、なぜか俺がリーダーになり率いる形になった。そのため標高を下げた山で、かつ、自然の風景がたくさん見えるところを選んだ。自信がなかったといえばそうなのだが、安全が第一だし、なによりもプロポーズをおじゃんにしたくない。そして、楽しく登山がしたかった。
初めこそは順調そのものだった。登山計画は日帰り、予備日は1日、ルートも一番わかりやすく安全、という具合で考えて登山計画書を提出していた。雪山ということもありしっかりとみんなで前日に荷物を確認し、会社に置いていった。そしてその荷物を当日待ってから入口まで車で移動し、麓まで来て登り始めた。初めのうちはやはり雪山と言っても雪はなく、普通に雪山用登山靴で寒さや安全面を考慮できていたものの、少しずつ積雪が見えてきた時からアイゼンをつけて登り始めた。
はじめこそみんなでワイワイしていたのだが、少しずつ緊張感が増していた。リーダーである俺がなんとかしなくてはと歌を歌ったり声をかけたりして、みんなを励ました。やはり雪山となるとしっかりと準備していても緊張はする。いつ天気が崩れるか、いつ体調を崩すやつが出てくるか、いつ寒さで動けなくなるか——なんて、考えてしまっていたのだろう。実際に俺も不安だし。
「お、登頂まで後少しだぞ」
地図を見ていた俺が声をかけると、みんなの顔が明るくなった。よかった。今回も無事に登頂できそうだ。俺は少しの安心を抱いた。ここまでしっかりとついてきてくれた皆んなに感謝、そして山に感謝。
「さあ、残りあと少し、頑張ろう!」
俺が声をかけた時だった。
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえ、一人滑っていく奴が見えた。
「え、ちょっ、まっ!!」
俺はその一人の手を掴んで——落ちた。
一緒に滑っていったのだ。まさに、滑落。上では悲鳴が聞こえた。どんどん落ちていく俺たちは普通に滑っているわけではなかった。ゴロゴロ転がるように落ちていき、止まった時にはなぜか身体が軽かった。少ししてザックがなくなっていることに気が付き驚愕した。
ザックにはしっかりと胸元と腰元に紐がついており、身体から外れないようになっている……。そして、アイゼンもしっかり固定していたはずなのに、どこかへ落ちてしまった。たしかに俺は一度滑落中に踏ん張った。でも効かなかったのはもしかすると、その時にはすでにアイゼンが無くなっていたのかもしれない。もうわかることはないが。
上を見上げると、雪の積もった木々が生い茂っており、何も見えなかった。これは遭難……だな。なんて考えていると、ふと片手がほんのり温かいことに気づく。あっと思い横を見れば、今年入ってきた新入社員の真鍋が横たわっていた。
「大丈夫かっ!」
声をかけて揺さぶる。身体のあちこちが痛む。打ち身が激しかったらしい。が、死んだわけではない。俺は。揺すっても揺すってもなかなか反応のない真鍋に俺はすごく焦った。
反応がない時は、脈だ! 脈を測って……。
手首に手を当て脈を測りながら、口元に耳を寄せる。
「……うぅ……」
反応あり!
「真鍋! 真鍋!」
「あ、あれ……いっ——!!」
真鍋がぼんやりと目を覚まし、身体を起こそうとしたが真鍋は俺よりも痛みが激しいらしく動けなかった。
「大丈夫か?」
俺は応急処置をするため真鍋のザックも調べようとした。だが真鍋のザックすらもなくなっており呆然とした。何もできないじゃないか……。絶望が頭をよぎる。だが、そんなことしている場合ではない。なんとか応急処置をしなければならない。
「わ、私は……一体」
「滑落だよ。落ちちまったんだ、あそこから」
俺は真鍋を上向きに横たわらせて、上を指差した。瞬間、真鍋は涙目になる。
「私っ、私……」
「いいから、ちょっと休め」
低体温症のことなど頭をよぎったが、とりあえず体温は良好。先程測った脈も良好。今のところは大丈夫そうだった。このまま天気が良ければ何もなくとも数日は過ごせるだろう。多分……。遭難経験がない俺は、不安になりつつも、動けない真鍋をほかっておくわけには行かないし、とにかくなんでもいいから助けを呼ばなければいけなかった。
「すみませーーん!! 二人滑落!! ここにいます!!」
声を出したが周りに木々が多いからか、反響することはなかった。何度か声を張り上げていたら、不意に足元を掴まれた。
「なんだよ、真鍋」
少しぶっきらぼうに答えると、真鍋は少し斜めの空を指差した。
「あ、そこの雲……。多分、雪雲……です」
俺は愕然とした。指をさされた方を見たこともそうだが、真鍋のお天気知識は外したことがない。つまり、もうすぐ……。
「せ、んぱ……。雪……」
小さくつぶやく真鍋と、俺の手にぽつんと当たる雪。とにかく崖側だからそこに寄って真鍋と寄り添わないと、体温が奪われちまう!
焦って俺は痛む真鍋の身体を起こして俺と隣り合わせに座った。とにかく体力と体温が減らないように。座った真鍋は痛がりつつも先ほどよりも喋りやすくなったのか、口を開いた。
「本当に、ごめんなさい。私のミスです……」
「いや、誰が悪いとかねえだろ。とにかく何もなくなっちまったし、雪だ。安静にしよう。もし、寒くなってきたり幻覚幻聴とかあったらすぐ言ってくれ」
真鍋はこくりと頷いた。その顔はなんだか赤く、俺は凍傷が心配になった。
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