第7話 愛知の旅6
出発して一時間。
ここは喫茶店ナールと看板に書かれた店の前。
喫茶店ナールをバックにした桜が侑李の持つスマホのカメラに向かって、ニコリと笑みを浮かべる。
「愛知と言えば喫茶店ね。古くて良い感じの外見の喫茶店ナールさん。皆はコメタがポピュラーかもだけど、私はこういう古い喫茶店が大好きなのよね。撮影交渉したら、お客さんと店員の人にモザイクを付けるならOKもらったからはいりましょうか。あ……ちなみに奴隷君がモザイクを付けるの大変だから、基本的にカメラが下向いているかも知れないけど、コメント欄でイジメてあげないでね。下僕君をイジメていいのは私だけだから」
「イジメ反対」
侑李が苦笑しながら持っていたマイクに向かって言った。
桜は一歩近づいて、小首を傾げる。
「じゃあ、モザイクつける?」
「店の中に入りましょう」
桜が喫茶店ナールの扉を開け……桜、カメラを持った侑李、涼花の三人が並んで入っていく。
喫茶店ナールの店内に入った瞬間、まずコーヒーの濃厚な香りがブワッと鼻孔をくすぐり、追いかけるようにどことなく甘い香りが追いかけてくる。
入店してすぐに店員のお婆さんが出迎えてくれる。
「えっと三名だね」
「はい」
桜が頷き答えた。店員の人は一度店内に向ける。
「じゃあ、あそこの席にどうぞ」
桜、侑李、涼花の三人は店員のお婆さんに指定された席に向かう。
桜が椅子に座るとテーブルを挟んで対面の椅子に侑李と涼花が並んで座った。
侑李はテーブルの上にスマホを取り付けた小さな三脚を置いて、テーブルの上が映るように手早くセッティングする。
桜がテーブルにおいてあったメニューをスマホのカメラに映るように広げる。
「さーて、何を食べようかしら?」
店の中に入ったことを意識してだろう桜は声量を小さくしてしゃべり始めた。
「俺はモーニングのトーストとゆで卵セット、ブレンドコーヒー……はないのか? ソフト? ストロング? ……じゃあ、アメリカンコーヒーにしようかな」
「下僕君は小食」
「いやいや朝ごはんはそんな食べれませんて」
「もうちゃんと食べないと下僕からの下剋上は叶わないわよ」
「何を下剋上する必要があるんですか?」
「ん? 私に勝ちたくないの?」
「なんでですか」
「寝込みを襲う事が出来るわよ?」
「何度でも言いますが、天地天命に誓って襲うことはありません」
「やっぱり男同士が……いや、ここでその話はやめましょう」
「待って俺は違いますよ? ちゃんと女の人が……」
「しーお静かに。その話は喫茶店では危険だわ。出禁になっちゃうでしょう?」
「いや、このままだと視聴者さん達が俺に対して変な誤解を招くような」
「そんな事はないわよ」
「本当ですか?」
「ほんと。ほんと。それよりも、私は何にしようかしら? んー。あお……そうそう、今回は私と下僕君の他にもう一人可愛い女の子が同行しているわ。声をたまに出すくらいの出演になるけど……名前はどうしようかしら? んー青ちゃんにしようかな? 良いかな?」
桜は涼花に視線を向けて問いかけた。すると、あからさまに緊張した様子で涼花が答える。
「ひゃ、ひゃい」
「うん。緊張しているね。とりあえず、何を注文するか決まっている?」
「え、えっと……ぴ、ピザトーストセットにします」
「あ、美味しそうね。飲み物は?」
「コーヒーの……ソフトコーヒーにします」
「そう。私は何にしようかしら? んーベタにスパゲッティにしよう。鉄板のヤツだって……美味しそう。飲み物は……私もソフトコーヒーに」
店員のお婆さんが水の注がれたコップとおしぼりを持ってやってきた。コップとおしぼりをテーブルに置きながら口を開く。
「注文は決まったかい?」
「はい。モーニングのトーストとゆで卵セット一つ。アメリカンコーヒー。ピザトーストセット一つ。ソフトコーヒー。スパゲッティプラスドリンク一つで……ドリンクはソフトコーヒーでお願いします」
桜の注文を聞いた店員のお婆さんは手早く伝票に注文を書いていく。
「モーニング一にピザセット一にスパゲッティ一、飲み物はアメリカン一にソフトコーヒー二だね。少々お待ちくださいな」
侑李は店員のお婆さんを見送った後、スマホの録画ボタンを停止する。
「よし、一旦停止っと」
「はうぅ。緊張しちゃいました」
おしぼりで手を拭いていた涼花がふうっと息を吐いた。桜が苦笑しながら、声を掛ける。
「ちょっと、いきなり声を掛けたのが悪かったかしら? 注文を聞いただけだったのだけど」
「いえ、予想以上に私が緊張して……申し訳ない」
「え、謝る必要はこれっぽっちもないわよ? けど、視聴者さん達からは顔が見たいってコメントがいっぱい来ちゃいそう。モブって言っている下僕君でさえ、たまに女性の視聴者さんから来るのよ?」
「顔出しは勘弁してほしいです。たぶん、緊張して何もしゃべれませんよ」
「可愛いのから勿体ないけど、無理しても面白くないしねぇ」
「ふう」
「けど蒼井ちゃんには旅研へぜひ入部してもらいたいわね。毎回旅に参加しろとは言わないし」
「ありがとうございます。それは前向きに検討していますよ」
「そうならいいわ」
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