第6話 愛知の旅5



 出発して二十分。


「オホン」


 桜が朝焼けに染まる黄金色の稲穂が実る田んぼ……のどかで美しい田舎の風景をバックに咳払いをした。


 ちなみに桜は黒縁の眼鏡に飛行機やバスが描かれたマスクを着用している。


 侑李がカブを台にスマホが取り付けられた小さな三脚を置く。スマホの画面に映し出された桜の姿を確認する。


「いいですか?」


「うん。いいよぉ」


「じゃ……三、二、一」


 侑李の合図と共に桜がスマホのカメラに向かって手を振る。そして、手に持っていた小型のマイクに話始める。


「こんにちは。こんばんは。おはようございます。水曜の旅人の桜です。じゃあ、今回の旅は私達の地元である愛知県を旅しようと思っています。愛知県民としてよい旅ををご紹介。と言いたいところなんだけど、逆に地元過ぎて……灯台下暗し。ぶっちゃけ、よく分からないのでいつも通り行き当たりばったりの旅をしつつ。今回はゆるっとキャンプもする予定につきお楽しみに……じゃ、とりあえずお腹減っちゃったんでどっかご飯に行こう! レッツ旅!」


 侑李はスマホが取り付けられた三脚を持って動かして、桜からフェイドアウトしてカブへと向けた。そして、スマホの録画を停止した。


「はい。おっけ。最初はこんな感じか」


「はぁーこんな感じであの動画を撮っているんですね」


 侑李のうしろに立っていた涼花が感心した様子で呟いた。対して、侑李は手早く三脚を片付けながら答える。


「大体こんな感じですね。俺はカメラ外からしゃべる。通称下僕」


「ふふ、知っていますよ。水曜の旅人の動画は一通り見ましたから」


「スマホで撮っている辺りが底辺動画編集者って感じですね」


「底辺……そんな風には見えませんでしたよ?」


「そう言ってくれてうれしいですが。まだまだ……どうしても粗が見えちゃうんですよね」


「そうですか? やはり実際にやっていると見えるモノがあるんですね」


「そう言うことです。じゃあ、部長のカブの前にスマホを付けて……走りながら動画を撮っていきますか」


 侑李は桜が乗っていたカブに近付いていきカブの前のところに防水のカバーのスマホをセットし始めた。


 桜が涼花に近付いてくる。


「ふうー蒼井ちゃん。なんか変なところなかった?」


「よかったですよ」


「そう。ならよかった。ごめんね。突然に止まって動画を撮り始めちゃって。いいロケーションだったから」


「確かに綺麗ですね」


「でしょ? 田んぼの稲穂がキラキラよ。そう、今日のキャンプではお米をご飯炊きましょうか? あ、けど飯盒(はんごう)持って来なかったっけ?」


「いや、ライスクッカーを持ってきているので。それでご飯が炊けますよ」


「ライスクッカー……あ、あの四角のフライパンみたいなヤツ? キャンプ動画で見た事ある。その動画ではなんか燻製卵とか作っていたけど」


「ライスクッカーはいろいろな用途で使われていますね。ライスクッカーで肉じゃがを作るキャンプ動画なんてのもありました」


「煮物まで……キャンプで肉じゃがか変わっていて面白いかな? あ、けどライスクッカーはご飯を炊くのに使いたいから難しいか。やっぱり料理関係はシェフ大空君に任せるのが一番か」


「私も少しは料理作れるのでお手伝いするつもりでしたが」


「む。料理をまったく作れないの、私だけなんだ」


「え、まったくですか?」


「大空君からは生肉を食べた方がいいと言われてしまったわ」


「生肉ですか?」


「うん。大空君、私の料理を食べたら、トイレから一日出てこなくなっちゃって……その時から言われるようになったわ」


「……このキャンプで大空君に料理を教えてもらうと言うのはいかがですか?」


「んん、それナイスアイデアよ。お料理教室開催ね」


「そういうお料理動画って結構あるじゃないですか?」


「そうね。そうね」


「……盛り上がっているところ、悪いですが。教えるのはもちろんいいですが、味見……いや毒見は誰がやるんですかね? 俺は嫌ですよ? 絶対に嫌」


 カメラのセッティングを終えた侑李がいつの間にか近づいてきていた。


「「あ、えっと」」


 桜と涼花が侑李へと視線を向けると侑李は大層渋そうな表情を浮かべていた。


「もちろん、料理を教えてくれる大空君が責任もって?」


「じゃあ教えません」


「えー動画のネタとしてよくない?」


「ネタとしていいかも知れませんが、俺はトイレに籠りたくない」


「私が一生料理を出来なくてもいいの?」


「いいですよ。俺は一切困りません。部長は大人しく、テントの設営とか火起こしとか他のことを頑張ってください」


「むうー」


 桜が不服を表すように頬を膨らませた。


 侑李は気にする素振りもなく、カブの座席をポンと叩き、自身のカブへと向かって歩きだす。


「はいはい。ほら、旅を続けますよ」


「むうー」


 桜が不満げな様子を崩さず侑李の後ろ姿を見ていた。


 対して涼花は苦笑を浮かべて、宥めるように声を掛ける。


「ま、まぁ、旅を続けましょう? これからお美味しい朝ご飯食べに行くんですねよ?」


「ふん。行きましょう」




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