第8話 愛知の旅7



 食事の前にコーヒーが先に届き。


 桜はコーヒーを一口。何やらスマホを操作していた侑李へと視線を向けて問いかける。


「それはそうと……大空君、今日のキャンプ飯は何にするの?」


「? なんですか? あ、部長には作らせたりしませんよ?」


「むうーその話はもういいわよ。それで? 何を作るの?」


「何を作るか? いや、そんなの売っている食材を見てから決めますけど?」


「……」


「? どうしました?」


「あーやだやだ」


「え? 何が嫌なんですか?」


「なんか家事出来る感じが出ちゃって嫌だなぁ」


「あぁ。最初から何を作るか決めてスーパーに行くと、高くつくことが多いですよ。普段から家事をやっているとこういうのが身について……」


「はいはい。もういいですぅ」


「ハハ……とりあえず、鍋のようなものを作ろうと思っていますが……キャンプ場の辺りは九月とは言え少し寒いと聞いていたので。一応鍋を持ってきています」


「鍋? 良いわね。標高が上がれば寒くなるでしょうし……温まる。それでご飯炊こうよ。ご飯」


「ご飯を炊く? んー炊く? えーっと。飯盒(はんごう)を持って来なかったような気がするんですが」


「ふふ、それは蒼井ちゃんが何とかしてくれるって」


「そうなんですか? いいんじゃないですか? 俺はレンチンするパックご飯を買おうと思っていましたが、炊いたご飯の方が美味しいでしょうし」


「今日はお鍋かぁ。良いわねぇ……ん?」


 ジューっという音が遠くから聞こえてくる。


 音の聞こえてきた方へと視線を向けると、お盆を持った店員のお婆さんが近づいてきた。


 店員のお婆さんは桜の前に鉄板でジューっと音をたてているスパゲッティを置いた。ケチャップの甘酸っぱい香りがフワッと香ってくる。


 スパゲッティは真っ赤なトマトソース、溶き卵が回し掛けられて鮮やかなコントラストであった。


 侑李は急ぎ、スマホの録画ボタンを押してスパゲッティを映していく。


「……」


「うあー美味しそう」


 桜がスパゲッティを目にしてうっとりとした表情を浮かべた。


「注文は以上だね。ごゆっくり」


 店員のお婆さんはスパゲッティに次いでパンとゆで卵、ピザトーストをテーブルに置いて離れて行った。


「あ、ピザトーストは美味しそう」


 桜が涼花の前に置かれたピザトーストへと視線を向けた。それに合わせて侑李もスマホをピザトーストへと向ける。


 涼花は頷く。


「はい。美味しそうです。けど、スパゲッティ……すごく美味しそうです。私もそちらにすればよかったかもです」


「ふふ、でしょ? 少し、交換しましょう?」


「いいんですか?」


「うん。私もちょっとピザトースト食べて見たかったし」


「あ、俺のも少し交換しますよ?」


 侑李が自身のモーニングセット……パンとゆで卵をスマホで映しながら問いかけた。


 対して桜がニコリと笑みを浮かべる。


「ううん、それは間に合っているから大丈夫だよ」


「そうですか? このゆで卵とか食べたいんじゃないです?」


「好きよ。けど、スパゲッティに卵が掛かっているから大丈夫なんだぁ」


「むーそうですか? 遠慮しなくいいんですよ?」


「うん。大丈夫」


「では、物撮りはこのくらいで……食べて良いですよ」


「そうね。いただきます」


 桜は手を合わせると、フォークを手に取ってまだ鉄板でジューっと焼けていたスパゲッティをクルクルと巻っていった。


 ふうふうと息を吹きかけて冷ましていく。


「熱そう……ふうふう」


「こっちまで熱気が伝わってきます」


 侑李が桜の手元をスマホで映しながら、頷いた。


 桜はフォークに巻いたスパゲッティをパクリっと一口。


「はふはふ。はふい。熱いけど美味しい。美味しい。濃厚なトマトソースが太目の麺に絡んでいて美味しい。昔ながらの喫茶店のスパゲッティって感じ」


「美味しそう。やっぱり、ゆで卵と少し交換します?」


「交換はしないわ。今度は……まだトロトロの卵と絡めて」


 桜はスパゲッティにとき卵を絡めてフォークで巻いて食べる。


「んースパゲッティのトマトソースの少し尖がった味わいをトロトロ卵が包んでくれてまろやかやぁ……完成した。これ完成」


「完成ですか。そんなに美味しいんですか?」


「美味しい」


「……俺も食べたいところですが。たぶん、もう一品頼んでもお腹の中に入らないだろうなぁ。仕方ない……帰りにもここに寄りますか?」


「そうね。けど、帰りはどうなるか分からないから」


「そうですよねぇ」


「もう、後で少しあげるわよ」


「さすが、部長っす……おっと間違えました。サクラさんです」


「下僕君、そこ間違えないように」


「可愛い私が特定されちゃうでしょ?」


「自分で可愛いって言います? いや、この話を突っ込むと俺が炎上しそうなんでやめておきましょう。……サクラサンハビジンデス(棒読み)」


「なんで棒読み?」


「キノセイデス」


「だから、なんで棒読み?」


「ささ。旅は始まったばかり早く食べちゃいましょう……サクラサンハビジンデス」


「棒読みかよ。もう。はよ食べよ」


「ハハ、そうですね」


 小さく笑った侑李がスマホのカメラをテーブルに向けた。


 それから、桜、侑李、涼花の三人は食事を進めた。


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