第12話
卒業と就職を祝して。と、中高時代の同級生から女子会に誘われたのは、金曜日の夜だった。
メンバーは、昔同じグループだった四人。駅近くの居酒屋で。
あたしはちょっと悩んでから、画面をタップする。いくっ、という文字といっしょに、ウサギのキャラクターが跳びはねているスタンプを送って、スマートフォンをベッドへ投げた。それからお風呂場へ向かう。服を脱いで、目が合った鏡越しのあたしの顔は、すこしだけ凛々しい。緊張してるのだと思った。彼女たちと顔を合わせるのは、本当に久しぶりだった。
地元の短大卒業後、一足先に就職したあたしは、大学へ進学した彼女たちとなんとなく足並みが揃わなくなって、飲みに誘われても、仕事を理由に断ることが多くなっていった。
なにより稼ぐお金が学生時代に比べてぐんと増えたことが、とても恐ろしいことだと思った。責任を生け贄に、自由を手に入れたようで。
当日はお酒も入ってみんな饒舌になり、話題はどんどん学生時代を遡っていった。いけない、と頭のすみで点滅する信号をわかってはいたけれど、酔った頭ではうまく避けることができないまま、ついにその名前がこぼれてしまう。
「松川百合子」
と、いちばん最初に言ったのはだれだったか。
あたしは自分が挙動不審にならないよう精一杯だった。
「雀ぇ、一時期ずっとくっついてたじゃん。なにするのもいっしょって感じで。あれ、でも急によそよそしくなってさ。どうしたんだろ、ケンカっ? とか、あたしもいちおう気になったんだけど、こいつが」
「そ。わたしが、どうせ方向性の違いでしょ、って言ったのよぅ」
「バンドかよって思ったね、私はそんときも」
「でも、あたしたち、なにも聞かずに変わらず迎えてあげようってさ、約束してたんだよう。言わなかったでしょ、なにがあったのって。慰めもしなかったし。やさしかったでしょ、あたしたち」
「ちょっと、絡み酒やめなさいよ」
かじりつくようにテーブルへ伏して叫んだ子を、一人がたしなめ、もう一人は笑っておしぼりを投げつけていた。それでも銘々箸を休めることはなく、グラスから手は離さない。
あたしはビールをちびちびやって、テーブルいっぱいに並ぶ肴をつつく。
たしかに、あの日以来、あたしと百合子は関わらなくなった。百合子はあたしを避けるようになって、そうすると、あたしも百合子に話しかけられなかった。そのまま受験生になり、卒業して、当然進路もばらばらで、それきりだ。百合子がいま、どこで、どう過ごしているのかも知らない。
あたしは胸にじわじわ広がる、あのとき感じていた悲しさ、どうしようもなさをふり払うように黙々と食べる。食べながら、どうにかして話題を変えられないものか目まぐるしく思考を回転させる。
と、すぐにくぐもった声が、
「でも、松川さんがあんなことになっちゃってさ。いくらけんか別れした相手でも、あたし、雀、つらいだろうなぁって思ったわけよ」
「……えっ」
「……もしかして、知らない?」
あたしの反応に彼女は目を丸くして、しまったという顔をした。となりの子に肘で小突かれ、思いきり肩を震わせると、うめき声をあげながら髪を掻きむしる。
「ああっ。しまったっ」
「ていうか情報通のあんた以外だれも知らないわよ」
「ええっ、うそっ。だって、ニュースでさぁ、けっこう騒がれてたじゃん」
「いや、知らない」
「だって、たったの三年前だよっ。えっ、いや、うぅん。しかたないのかなぁ」
眉間には深い皺が刻まれている。彼女はそれからビールをあおると、
「……あたしの先輩の友だちに、松川さんと同じ大学いった人がいて、その人づてで聞いた話なんだけどさ。……彼女、大学生のときに親が離婚したのよ。……というのも、弟が中二のときに刃傷沙汰起こしたらしくって。あっ、噂よ。う、わ、さ。……なんか、父親に襲いかかったって。刑事事件とかにはならなかったらしいけど、まぁ、いろいろあったんだろうね。当然だよね。ウチの学校でもぜんぜん、噂にもなんなかったし。そりゃ、姉は高三の受験生で、国立の推薦が取れそうってときに、先生たちも神経質になるわ。……で、結局両親は離婚して、家族はバラバラ。松川さんもまた旧姓に戻ったらしいよ。だから気づかなくてもしかたないのかもしれない」
そこでいったんことばを切ると、彼女はゆっくりと眉間を揉んだ。
「松川さんねえ、三年前に、行方不明になってるんだよ」
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