ぽっぽるんが『カイトとアウラ』

 がこんッとハッチを開ける音と共に、コックピットの暗闇に光が差し込まれる。

「お前、また回線切ってやがったな」

「よおフリップ! メンテは済んだのかよ!」

「こっちはとうに終わってんだ。鼻歌歌ってる暇なんかねえぞ能天気め。」

 パイロットスーツに身を包んだ少年は、こりゃ参ったと舌を出すと正面に備え付けられたメインモニターに光を入れた。

『カイト・リックマン少尉、認証しました。』

 操縦者の生体スキャンが完了すると、シートを取り囲むコンソール類がスタンバイ状態へと移行を始める。

 全長18メートルの大型マシンは、そのダークブルーに染められたボディを震わせ、メイン動力システムを起動し始めた。左右に突っ張った後翼にペイントされた『05』のナンバーが小刻みに振動し、熱核反応リアクターの迫力を物語っている。

「しかしまあとんでもない装備だぜ。全身にミサイル積んじゃってさあ」

「火星方面のコロニー11がまるごと落とされたって話だ。偵察任務だろうが気は抜けないんだとさ」

「とにかく図体はデカくなってんだ。傷つけやがったら板金代、きっちり払わせるからな」

「分かってますよ天才メカニック殿!」

『総員、デッキの沈黙を維持して下さい。』

 冗談めかした声色は女性オペレーターの良く通った声に遮られた。

「おっとお呼びがかかったぜ。エースパイロット殿」

 フリップは口調を合わせて返事をすると、コックピット・ハッチの開閉レバーを引っ張り、勢い任せに機体から飛び降りた。

 鈍い機械音とともに格納庫の前面ハッチがゆっくりと開き始めた。誘導灯の光に彩られたカタパルト・デッキが宇宙の暗闇の下に露になる。

『全兵装の接続を確認。コントロールシステム異常なし。』

『システムオールグリーン。発進どうぞ!』

「カイト少尉だ! ぶっ飛ばせ!」

 電光掲示板が『GO!』の文字に切り替わると同時に、カイトを乗せたマシンは猛スピードで宇宙空間へ投げ出された。



 西暦2300年、地球は終末のときを迎えた。人が見て見ぬふりをし続けた地球環境の問題は悪化の一途をたどり、大地に見切りをつけた人類は自らの生存の場を地球外に求め、宇宙を第二の故郷とすることを決意した。

 しかし、果てしない銀河というフィールドに生きる生命は人類だけではなかった。

 史上初となる地球外生命(EBE)との接触は、木星近郊の宙域に建設されていた資源採掘用コロニーへの襲撃事件だった。

 圧倒的な科学力と軍事力を持った外宇宙勢力の出現に、まだ宇宙を経験して間もない人類は大敗を喫し、木星圏を始めとした太陽系宙域に侵攻を許すこととなった。

 星間戦争の歴史が幕を開けたのだ。


 急加速によって発生したGを振り切ると、コックピットハッチの透過ディスプレイにオリオン座方面の星がポツポツと灯り始めた。

 それはスペース・コロニーの展望施設から見えるものとは比較にならない程の輝きを放っており、無重力に身を任せ、光が増えて行く様を眺めるのが、カイトの密かな楽しみの一つとなっていた。

『遅いぞ! すぐに編隊に入れ!』

 至福の時間は不意にサイドモニターに現れた部隊長リーバルの皺枯れた声にかき消された。

「ごめん隊長! メンテにちょっと手間取ってさ……」

 前方のスクリーン・ディスプレイには既に4機毎にピラミッド型の陣形を組んだ計12機のマシンが映し出されており、それぞれの機体に友軍機を示すカーソルが青く色付いている。

 共有回線では隊員達の会話が飛び交っていた。

『レーダーに感知なし。こりゃ今回も収穫なしだな』

『戦争をやんなくていいってんならそりゃあ結構なことじゃないの』

『なんだ? 怖いならコロニーに引きこもってりゃいいんだよ』

『出来るもんならそうしたいところだね』

 軽口混じりの会話ではあるが、その口調からは緊張の色が見えた。彼らオーキッド中隊の所属する軍事基地アイランド・マウイは、まだ敵の侵攻が及んでいない宙域にあるとはいえ、戦況によってはいつその状況がひっくり返されるとも限らないのだ。

 

 おそらくはコロニーを構成していたであろ構造物の残骸の中を12機のマシン編隊が進んでいた。

 最新型の高性能センサーがなければ立ち入ることは不可能なデッドゾーンだ。

『こんなところに何かいるってのかよ』

 数時間前、偵察用ドローンが一瞬捉えた高熱源反応の位置情報は、確実にこの瓦礫の海を示していた。

 元は外宇宙へと繋ぐ航路のステーション・コロニーとなるべく整備が進められていた宙域ではあるが、開戦に伴い開発計画が打ち切りとなり、老朽化と共に瓦礫漂う危険区域と化したようだ。

『熱反応といっても微弱なものなんだろ? リアクターかなんかが生き残ってたたってのが実際のところだろう』

『敵が隠れ潜んでいたらどうする』

『宇宙人だってわざわざ住むかねこんな場所』

『昔はここも主要都市になるはずだったんだ。占領して前線基地にするにはもってこいの場所だぜ』

『止まれ。何かおかしい』

 編隊のやや上方を飛行するパウダーが不意に呟いた。

 パウダーの搭乗機、『02』の背負った傘状の大型センサーが異常を察知したのだ。

『どうした。何か見つけたのか』

 無言で共有されたレーダー・システムのキャプチャ画像には、宙域の中心から発せられる謎の熱反応が映っていた。

 パウダーは機体のメイン・センサーを望遠モードに切り替え、最大ズームで熱源の浮かぶ空間をモニターに映し出した。

 ぼやけた画像に徐々に補正がかかり、出力されたものに映っていたのは、屹立した人の形をした何かであった。

『こりゃどういうことだ』

 隊員達は目を疑った、宇宙空間のど真ん中に人が立っているはずがないのだ。

 人型は、頭部を前方に差し出した姿勢で、不自然に静止している。

 その何とも形容し難い不思議な佇まいに誰もが言葉を失っていた。

 偵察用の小型ドローンを近づけると、それは生きた人間ではなかった。精巧に人の四肢を象った構造物であったのだ。

 全長はおおよそ50メートル、大型の貨物輸送用シャトル程の大きさであり、機械らしからぬ丸みがかった各パーツが関節のような接続装置によって繋ぎ留められている。

 真っ黒に染められたその巨体が、何を目的に作られ、どのような経緯でそこに立っているのかはおよそ想像のつくものではなかった。

『巨大ロボット? 衛星アニメでよくやってるのを見てたぜ』

『軍のかよ?』

『敵の新型だったらどうすんだ! 近づくなあぶねえ!』

『こいつはすげえ。持って帰りゃあ子供が喜ぶ』

『アホ。どうやって運ぶんだこのデカブツを』

 不意に、ドローンから送られる映像が乱暴に途切れた。

『故障か? 完全に接続が切れちまった』

『先月取り替えたばかりの新品だぞ?』

 最後尾を飛ぶカイトは、編隊が既に通常のカメラで人型を捉えられるエリアに入っていることに気づき、望遠モードで目標を覗き見た。

「あいつ、こっちを見てるぞ!」

 叫び声が響く。瞬間、轟音と共に空が白く光った。

『撃って来た⁉ 誰がやられた!』

『クソッ、パウダーだ! パウダーがやられた!』

『散開しろ! あの人型、生きてやがる‼』

 人型は眼球にあたる部分をギラギラと発光させ、全身から炎に似た色の粒子を噴出させていた。

 粒子は急速に収束し、光の鞭となって各々の機体に襲い掛かる。

『当たるッ‼』

 カイトは足元のラダーペダルを本能的に踏み込むと、機体を一気に上昇させ炎の軌道を飛び越えた。

 友軍機もそれぞれ急速ターンを刊行し、鞭の襲撃をギリギリで回避する。

 隊長リーバルが後退の指示を出そうとした時、コックピット・ディスプレイの右サイドに猛スピードで突進して行く機影が映った。

 機翼に見えるのは『03』。ラチェットの乗機だ。パウダーがやられた時点で、調査対象はラチェットにとって撃墜すべき敵機へとその立場を変えていた。

 両翼から切り離した計6基のマイクロミサイル・ポッドが泡状に分裂し、黒塗りの胴体目掛けて降り注ぐ。人型は真正面から受け止めた。体表面に集められた粒子がプロミネンスのように姿を変え、無数のミサイルをひとつ残らず叩き落したのだ。

 尚もレーザー機銃の斉射と共に突進するラチェットの機体を6本の炎の鞭が貫いた。

『ラチェット!』

 開きっぱなしの回線に断末魔の音声が流れると、ラチェットの接続切断を知らせる『DISCONNECT』の文字がウィンドウに表示される。

 

 MF‐39G〈ウッドペッカー〉は、人類圏統一連合軍が正式採用している全領域戦闘機であり、旧時代から運用されてきた航空機を大気圏外での戦闘を目的に再設計したものである。

 対地球外生命兵器として開発された次世代戦闘機は、その機動性と攻撃性能、オプション兵装による拡張性を活かし目覚ましい戦果を上げ、人類に残された最後の希望として羨望を集めた。

 しかし、敵の性能は、MF-39を遥かに上回った。黒い人型は装甲の裂け目から炎の波を噴出させ、モニターに捉えることも叶わないスピードで真空空間を駆けると、その巨躯によって編隊をバラバラに引き裂いてまわった。

 叫び声と共に放たれるビーム・バルカンの斉射は空を切り、ディスプレイに映った友軍機の表示が一つ、また一つと消えて行く。

 カイトは心の底から恐怖した。初めて経験する実戦で完膚なきまでの敗北を刻み付けられたのだ。

 突如進行方向に現れた黒い人型は、マシンを通せんぼするような形で腕を広げると、あざけるように顔面のセンサーを発光させ、カイトに照準を合わせた。

「死ぬのかよ! おれは!」

 少年の叫び虚しく、獲物を焼き尽くすべく放たれた熱鞭が機体目掛けて襲い掛かる。

 その瞬間、白い閃光が宇宙を塗りつぶした。

 通信回線に満ちていた悲鳴も、けたたましく鳴り響く接近警報も聞こえなくなっている。

 衛星ラジオの放送で聞いたことがある。死後の世界があるのならば、それは外部の情報の一切が遮断された、冷たく何もない、闇雲に一人きりの空間であると。

 これが死後の世界なら、なかなか悪いものでもないとカイトは思った。

「地生種(テラン)のパイロット! 無事ですか! 返事をしてください!」

 不意に耳元で響いた、聞き覚えのない声にカイトは現実へと引き戻された。

「声……?」

 ぼやけた視界のピントを合わせながら意識を覚醒させると、膝の上に何かが乗っていることに気づいた。

 連合軍では見ない未来的なデザインのパイロット・スーツにヘルメットを被った小柄な体が自分の膝の上に重なるように座り、操縦桿を両手で握っている。

「良かった。間に合ったなら……」

 その後頭部から発せられた安堵の声は、およそ年端のゆかぬ少年のものだった。

 周りの状況が見えてくると、今自分が座っているのはまるで知らない機体のコックピット・シートであることが分かる。その異様な場所に意識を向けるのもつかの間、前面のモニターらしきものに映る、黒い人型の姿が目に飛び込んで来た。

「あいつは!」

 思わず上げた声は、おそらく通信機器から放たれた、人間のものとは思えない重厚な声音に遮られた。

『貴様! その巨人(メガロイド)は、我らドルト帝星軍の機体であろう。所属を言え! 何故この宙域にいる!』

 ヘルメットの少年が応じる。

「私は! あなたを止めるために来たのです! ブラフマン・ブラウ!」

 ブラフマンと呼ばれた、黒い人型の中から発せられた声は、大笑いして言った。

『止めるために来た? 俺と「黒の巨人(オブスクルス)」を一人でか!?』

「そのための力は、ある!」

 突如、ブラフマンは笑い声を止めた。

『なら消えろや。小僧』

「黒」は前胸から赤い熱線を吐き出した。

 カイトの中隊を壊滅まで追い込んだ兵装だ。

 灼熱の嵐が周囲を取り囲む。

「ジャンプします! つかまって!」

 少年が叫び、操縦桿を引き絞る。その瞬間、機体が縦に回転しながら飛び上がる感覚と共に、左右のディスプレイに、コックピットを挟むように伸びる白い巨腕が映りこんだ。

「こいつも人型かよ!?」

 カイトは、これは夢ではないのかと疑った。黒と白の巨人が白兵戦をやっていて、その片方に自分が乗り込んでいるのだ。

 カイトの乗る白の巨人は、斜め下方に捉えた敵目掛けて急降下を駆けた。

 目標を見失い距離を取る「黒」の眼前に現れた剛腕が、弧を描きその顔面に叩き込まれる。その衝撃は、無重力空間とはいえ50メートルを超える巨体を軽々と後方へ吹き飛ばす程の威力を見せた。

『俺を殴った!?』

 ブラフマンが驚嘆の声を上げた。

 続けざまに「黒」の緩んだ腹部を蹴撃が切り裂く。

 装甲がメキメキと音を立て、崩れ始めた。

 カイトは目を疑った。12機の編隊が手も足も出なかった怪物を、十代半ば程の背丈しかない少年が目の前で圧倒しているのだ。

 少年は、間髪入れずに機体を背後に回り込ませ、とどめの一撃を浴びせようとした。

 瞬間、耳をつんざくような機械音が上がると、「黒」の体中から熱線の霧を吹き出した。力を振り絞ったカウンターが白の巨人を弾き飛ばす。

『貴様だけは必ず殺すぞ。小僧ォ!!』

 ブラフマンの怒気に満ちた声が響くと、黒の巨体が霧に紛れて飛び去る様子が見えた。


 戦いが終わり、幾分の沈黙が流れた。

 白い巨人は「黒」の飛んだ方向を目指して進んでいた。

 「なあ、あんたは一体誰なんだ? こんなマシンも見たことがない。」

 先に口を開いたのはカイトだった。

 少年は無言のままヘルメットを外し、その頭部を晒した。カイトは目を見張った。そこに現れたのはまだあどけない様相の残る少女の横顔だった。しかも、ただの少女ではない。肩まで伸びた髪は青緑色をしており、透き通る程に白い肌、紫色の眼はかつて地球で暮らしていた地生種(テラン)とは全く異なった種族であることを表していた。

「あんたは、地球外生命(EBE)だったのか」

「地生種(テラン)には、命を助けられた相手に感謝する文化がないのですか?」

 少女は冷ややかな口調で言った。

「ごめん、助けてくれたんだよな。あいつに殺されるとこだったんだ。」

「しかし、あんたの種族にとっては、地球人は戦争をやっている敵だろう。何故おれを助けた?」

「勘違いしないで下さい。私は帝星軍の人間ではありません。宇宙には戦争に否定的な勢力も少なからずいるということです。あなたがた野蛮な種族には分からないでしょうけど」

 コンソール・パネルを叩きながらのぶっきらぼうな返答は、あなたに興味はありません! という様子だ。

「あんた、あの黒い人型を止めるために来たって言ってたよな。助けられた礼をしたい。ここらの宙域なら庭みたいなもんだ、やつの居場所の見当くらい付くかもしれない」

「よくそんな能天気なことが言えますね。私が嘘を言っていて、地球圏の偵察が本来の目的である可能性は考えないのですか」

「能天気はよく言われる。でもこの状況で、あんたは嘘を言うようなやつじゃないだろう。そのくらいは俺にもわかる」

「それに、さっきから随分と迷ってるようだしな」

 少女の手が止まった。

「……分かりました。ここは協力しましょう。私はアウラ。惑星オーブのアウラ・アンクです。」

「俺はオーキッド小隊のカイト・リックマンだ。よろしく!」

 

 少年と少女を乗せた白の巨人は、アステロイドの飛び交う宙域を抜け、静かな空を進んでいた。

「そのブラフマンという男の目的はなんなんだ? たった一人で地球圏にやってきて、一体何をするってんだ。」

 アウラはやや興奮した様子でその問いに答えた。

「たった一人? 確かに敵は一人きりです。」

「しかし、その一人というのが悪かった。ブラフマン・ブラウという男は、この銀河で最も危険な男であり、何としても打倒しなければならない存在なのです。」

 その男の名を語る彼女の顔は、先ほどまでのツンとした顔からは想像の付かない程に険しい表情をしていた。

「あれの目的は、あなたたち地生種(テラン)の根絶でしょう。」

 根絶? カイトは言葉を詰まらせた。いくら地球外生命(EBE)とはいえ、一人の人間がそんな大それたことの出来る力を持っているというのか。

「ブラフマンが再び現れるとしたら、それは効率的に命を奪うことの出来る場所、人口密集地帯だと予想します。領域生体センサーで人口分布を確認したところ、おそらく向かったポイントは……」

「──地球か」

「ええ」

 スペース・コロニーにて生まれ育ったカイトにとって、地球は、想像もつかない未知の世界だった。衛星放送でその風景画像や映像を目にすることはあっても、それは自分の生活とはかけ離れた、遠い星の知らない空間というだけであったのだ。

 環境の悪化により地球から逃げ出した人々にとって、地球の美しさは過去のものでしかなかった。

 環境の回復を信じ、地下に身を隠した人々の数は宇宙に散った人類の一割にも満たなかったが、ブラフマンにとっては十分な攻撃目標であった。

「しかし目標が分かったところで、攻撃が開始される前に奴に追いつかなきゃゲームオーバーだ」

「ブラフマンの黒の巨人(オブスクルス)には少なからずダメージを与えました。白の巨人(エステリオン)のスピードならば、間に合うはずです。」

「随分信頼しているんだな。この巨人を」

 返答はなかった。少々踏み込みすぎたとカイトは思った。そもそも、この地球外生命(EBE)の少女、アウラにはまだ謎が多すぎる。ブラフマンを捕らえるために動いていると言ったが、地球の人々を助ける理由はないはずだ。


 暗黒の空に、青い星が見える。地球に近づいているのだ。アウラは、迷うことなく真っ直ぐに舵を取り続けた。惑星間航行モードに移行した、白の巨人(エステリオン)と呼ばれる機体は、人類の技術者にはおよそ想像もつかないほどの速度に到達していた。

 気が付くと、二人を乗せた巨人は地球の衛星軌道に静止していた。

 ブラフマンの気配は感じられない。眼下に見える青い惑星はただゆっくりと回転しているだけだ。

 アウラはコンソールを切り替えると慣れた手つきで大気圏突入形態への変形シークエンスを開始した。

「ここからは私一人で十分です。あなたは降りて頂いてよろしいのですが。」

「待てよ。こんな所で降ろされちゃあ地球に落っこちて死んでしまう」

 カイトは慌てて説得を試みるが、機体は既に地球への突入を開始していた。

「驚いた。異星人にも冗談が言えるんだな」

 お返しとばかりに呟くと、アウラが眉間に皺を寄せて振り向いた。

「異星人と言いますが、私からしたらあなただって——」

 不意に、熱線が宇宙を切り裂いた。

『外した! これだから重力というやつは!』

 同時にブラフマンの轟音のような声が響く。

「攻撃!? このタイミングで!?」

『殺すと言った筈だぞ! 小僧!』

 完全に先手を取られた。ブラフマンはアウラ達が追撃のため地球にまでやってくることを予測していたのだ。

 ブラフマンは熱線が当たらないと分かると、巨人の腕部をブレード状に変形させ、接近戦を仕掛けてきた。

 アウラは焦った。既に突入形態へと移行した白の巨人(エステリオン)には、白兵戦をする程の機動力は無いのだ。

「まだ間に合う! 再変形急げ!」

 カイトが叫んだ。

 アウラは言われるがままに変形プログラムを再起動した。白塗りの巨体を覆ったアーマーが即座に展開を開始する。

 必殺のブレードは、すぐ目の前に迫ってきていた。

 「間に合え───!!!!!」

 二人の叫びに呼応するように白の巨人は本来の姿を取り戻すと、両の掌で眼前に迫る刃を掴み止めた。

 黒と白の機械巨人が再び顔を突き合わせる。

 不意に、機体同士の接触による直通回線が開かれ、ディスプレイにブラフマンの姿が映し出された。

 少年は声を失った。

 明らかになった敵の素顔は紫色に変色し、目は血走り、その体中を浮き上がった血管が這いまわり、およそ生きた人間とは思えない形相をしていたのだ。

 ブラフマンは二人の姿を認めると、腹の底から大声を上げ笑った。

『ガキが二人か!? 声が若いとは思ったが、白の巨人にこんなガキが乗っているとは!!』

『その薄緑の髪に紫の目! 惑星オーブの生き残りだな!?』

「ブラフマン! あなたは正気じゃない!巨人に操られているのが分からないのですか!?」 

 ブラフマンは笑い声を鎮めると、その眼球を一層血走らせ、語り始めた。

『分かっているさ! しかしもう俺は巨人に魅入られてしまった! 忘れられないんだ殺戮の快楽を!』

『人が死んで街が燃える。街を燃やして星が滅ぶ。この宇宙にあるというのか?これを上回る快感が!』

「殺戮が、快楽?」

 カイトは、理解が及ばぬ単語の応酬を後ろから眺めることしか出来なかった。

『貴様の故郷は俺が燃やした! 見ていたはずだろう! この力の素晴らしさを!』

 恍惚の表情を浮かべる姿には、人間としての理性はひとかけらも残っていないようだった。

「私が止める! お前を! 死んでいったみんなのためにも!」

『仇討ちのため巨人に乗るか!? 貴様もいずれはこうなるぞ! 黒も白も本質は同じ、人を喰らって星を滅ぼす悪魔だ!』

「私は、食われない!」

 アウラは操縦桿を引き起こすと、巨人の腕を槍状に変形させ、迷わずコックピット・ブロックを突き貫いた。

 


 戦いは終わった。しかしその勝利は飛び上がって喜べるものではなかった。大気圏を降下した巨人は、荒れ果てた荒野に鎮座していた。

「ブラフマンは死にました。協力関係はもういいでしょう。近くに大きな地下都市があります。あなたはここで降りてください。」

 相変わらずツンとした態度でアウラは言った。

「巨人がパイロットを食って暴れだすって話が本当なのかよ」

「あなたには関係のない話です。」

「この機体は、どうするつもりなんだ。あんたも、怪物になるかもしれないんだろ」

「関係ないって言ってるでしょ!」

 カイトは返事もせず、後部座席から動かなかった。

「何を黙っているの! 早く降りてよ!」

 アウラは押し黙ったままのカイトに痺れを切らして掴みかかった。カイトはその腕を軽く避けると、掴んで引っ張って見せた。

「あんたの腕は!こ んなに血管が走ってはいはなかった。顔色も変色し始めている! 自分でもわかるだろ!」

「だから!?」

「俺が降りたら、死ぬ気だろ! あんたは!」

 カイトは、アウラの声をかき消す声量でまくし立てる。

「あなたに私の、何が分かる!」

「分からないから、降りない!」

「無茶苦茶なことを!」

カイトは、体を重ねる形で操縦席に割り込むと、白い巨人(エステリオン)の起動スイッチを入れた。

「あんたはこいつと一緒に死ぬ気なんだろ!?」

 体表に流れるラインが光を灯し、そのエネルギーを全身へと伝播させ、巨人が立ち上がる。

「何をしているの! あなたも聞いていたでしょう! 巨人を動かせばどうなるか!」

 カイトは両手に握った操縦桿が、腕を伝えて精気を吸い取っていくのを感じた。

「こんなものを……」

「やめなさいって!」

 アウラが操縦桿を奪おうとしたその時、爆発音が響いた。モニターを見やると、数キロ先の荒野から大規模な煙が上がっている。

「あそこは、地下都市のあるエリアだ」

 コックピットに沈黙が訪れた。

「ブラフマンは確かに死んだはずじゃ…」

「黒の巨人(オブスクルス)が、完全に自立した?」

 アウラが呟く。

「ブラフマンの精気はあの時既に吸い尽くされていたのだとしたら?」

 カイトは無言で応じる。

「早く降りて! 完全にあれを壊さないと!」

「だから!! 降りないって言ってるだろうが!!!」

「この期に及んでわがままを言わないでよ!」

 アウラは半泣きで叫んだ。

「あんたが降りろ! 俺がこいつで戦う!」

 「は?」

 予想外の言葉に、気の抜けた声がこぼれた。

「操縦桿を握って分かった。巨人は、こう、上手く言えんが人間のエネルギー的なものを餌に動いてんだ。」

「操縦周りも連合軍のマシンと似てる。餌の方で上手く巨人とコミュニケーションが取れれば何とかなるはずだ。」

「そんな意味不明なことを……」

「それに、こいつは俺を気に入ったみたいだぜ!」

 全身に光を灯した巨人は、呼応するように体内のリアクターを唸らせた。

「降りないのなら座ってろ! 俺も死ぬ気はない!」

 操縦桿を引き絞ると、轟音とともに巨人が空に舞い上がった。

 

 煙の中に、見慣れた人型の影が待ち構えていた。

「会いたかった! 人型!」

 カイトはメイン・モニターの真ん中に敵の姿を捕らえると、挨拶に熱線を放射した。

 黒の巨人は真っ向から受ける。体表に張られた障壁が、ビームの雨をはじき返し、その装甲には傷の一つも残らない。

「熱線は使いすぎるとパンクする!」

 後部座席に移ったアウラが逐一仕様を解説する。

「確かに、こいつはペース配分が必要だ」

 握った操縦桿は容赦なく体中の精気を吸い取り続けた。

 一度は敗れた宿敵の登場に、黒の巨人は体中の炎を燃え滾らせた。炎は収束し、無数の炎鞭となりて白塗の目標に襲い掛かる。

「あっちは弾数制限なしかよ!」

「上方に8! 左に14! 斜め下から23!」

 慣れない視界での戦闘につき、後部からの指示で攻撃の接近に対処する。

 宇宙仕込みの回避跳躍で熱線の網を潜り抜けると、加速をかけて近接戦の距離に持ち込んだ。

 アウラは、自分以外が動かす巨人を始めて体験した。驚くほどにカイトが駆る巨人の動きは軽やかで、独創的なものあった。この男なら、エステリオンを任せてもいいかもしれない。そんな思いが脳裏をよぎった。

 ずっと前から決めていた、仇討ちが達せられた暁にエステリオンとともに自分を殺すという決意が、こんな所で揺らぐとは思ってもいなかった。

「カラテ・バトルならば!」

 両腕の拳を固め、一息に敵の懐に飛び込む。半ば捨て身に近い突進に黒の巨人の反応がコンマ1秒遅れた。カイトはその隙を見逃さなかった。右腕を顔面に叩き込むと、そのまま黒の頭部をバラバラに殴り壊した。

「倒した!? 首を取ったぞ!」

「まだ! 終わってない! 上!」

 空を見上げると、首から上を失った巨人が暴走を始め、体の中心から爆炎を噴き上げていた。その姿は人の形を崩し、ドーナツ状の半エネルギー体と化して上昇を始めているのだ。

「あれは、なんだ?」

「これは、最悪の状況ね……あいつ、自爆装置を起動したみたい」

「このままだと数時間後には大気圏に到達して爆発し、地球中が爆炎に覆われることになる。下手に刺激してもその場で起爆し、確実に人が死ぬ。」

「そんなもんが付いてるのなら最初から……」

「付いてなかった! 少なくとも、同型のエステリオンにはそんなものはない。おそらく、真っ向勝負で勝てないと踏んだ時点で自ら作り出したんだ。」

「じゃあどうする。このまま黙って見てるのかよ。」

「最高速度で爆炎が届かない大気圏外まで押し出すしかない。」

「よし分かった。それなら──」

 コンソール・パネルを開いた瞬間、後頭部に衝撃が走る。

「この決着は私が付けます。」

 薄れゆく意識のなか、アウラの声が聞こえた。

 

 巨人によって抱えられた黒い球体は、抵抗するようにその質量を増していった。

 元々、重力圏での機体運用には慣れていない、このままのペースで行くと最悪の位置で自爆装置の起動を許すことになる。それだけは絶対に防がなければならない。ブラフマンの暴走を事前に察知しておきながら、それを止められなかったとなれば、まるで面目が立たない。死んでいった故郷の人々にも、置き去りにした地生種(テラン)の少年にも。

「エステリオン! 聞こえるでしょ! 私の残りの命を全てあげる! だから! この星を助けてよ!」

 白い巨人の体表に、再び光が灯り始める。

 唸り声を上げ、メガブースターを再点火される。黒い球体を抱きしめたまま、その体は徐々に宇宙へと加速されて行った。

「現金な奴だ、お前は」

 機体の速度が上がるに連れて、意識が薄れる。ブースターの出力も既に限界を迎えており、機体の各所から悲鳴のような軋みが聞こえてくる。

 地表を離れてから数時間が経過していた。

 思えば、仇討ちを決意しエステリオンに出会ってからはずっと一人で生きていた。時間が経過して、自分の中の復讐心が薄れていくのが怖かったのだ。このまま機体とともに死ぬのも、人生の締めくくりとして丁度良いのかもしれない。仇討ちは、成し遂げた。もう何の未練も残ってはいない。

 コンソールのセンサーが熱を感知し、警告音を上げ始めた。機体表面の装甲も本格的に音をたて崩れ始める。重なり合った音は、まるで誰かが叫んでいるようだった。いや、実際に聞こえた気がする。誰かの声が。

 警告ウィンドウに埋め尽くされたディスプレイから叫びは発せられていた。生き残っていたパネルを操作して通信回線を呼び出すと、そこには数時間前に置き去りにしたはずの少年が映し出されていた。

「カイト! 何故そこにいる!」

「何故じゃねえだろ! 俺を置き去りにしやがったな!」

 声が聞こえると同時に、コクピット・ハッチがひとりでに開いた。

 ハッチが完全に開かれると、相対速度を合わせたMF-39が同じくハッチを解放した状態で飛行しているのが見えた。

「リーバル隊長たちが生きてたんだ! ラチェットも、生きて地球に降りてた!! あんたも生きろよ! アウラ!」

「しかし、私はエステリオンと……」

 アウラがなかなかその場から動かないのを見かねたのか、コックピットの前に巨大な掌が現れた。

「ほら、こいつも出てって欲しいみたいだぜ。」

「エステリオン、お前まで!」

 数舜の沈黙を挟み、アウラは掌の上に体を移動させ言った。

「分かった。お前が行けというのなら。」

 白の巨人は少女の体をMF-39の後部座席に届けると、その形を崩しながら、さらなる加速に身を委ねた。

「ありがとう。エステリオン!」

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