久賀典十真『死んでも二人は分かたれない』
2月1日の朝の事であった。
青森で、女性の遺体が発見されたというニュースが流れてきたのは。
そこに映る顔から、司城拓斗は目が離せなかった。
そこに映る顔と名前は、自身の恋人、姫野早紀であったからだ。
一人暮らしの部屋に置かれたテレビを掴み、まじまじとその画面を見る。ニュースの声はほとんど耳には入ってこなくなっていた。
ニュースの画面が切り替わり、別の報道に移ったことで、拓斗は我に返る。
しかし、我に返ったところで、精神は安定しない。
現実が上手く受け止められず、呼吸が上手くできない。心臓がその鼓動を強め、耳にその音を伝える。胸は苦しくなり、目の前がぐらつくようであった。
ふらつく足取りで、拓斗はトイレへと向かう。
「はぁ、はぁ、は……ぁ……うぅっ……おえぇ、うぇぇ」
トイレに嗚咽と共に吐瀉物を吐き出す。
その上に涙が、雫のようにたれていた。
拓斗はぼおっと外を見ていた。
吐瀉物を流し、窓際に一人座り込む。
大学も後期が終わり、春期休暇に入っていたため、今の彼には何もやることがなかった。よく、死人を思いやる暇がないほど、死後は忙しいと言うが、彼にとってその忙しさすら今はなかったため、ただ悲しみに浸る精神の余裕もないまま、ただ窓の外を見ていた。
部屋の中には二人の思い出の品などがそこら中にあったため、それから目をそらす意図もあった。
アパートの前の人々はいつもと変わらない日常を過ごしている。少し前まで自分もその向こう側にいたのだが、今ではまるで画面の中の世界のような、別世界のような感覚になっていた、
いや、彼にとってはこちら側が画面の中、フィクションの世界なのではないかと思えるようであった。そう思いたかった。
今の拓斗には、今時分がいるこの場が現実なのか、虚構の夢の中なのか、確かめる術を持っていなかった。確かめることも怖かったため、彼は行動を起こそうとはしなかった。
どれだけ時間が経っただろうか。
拓斗は何時間もの間、ずっと外を見ていたが、その景色は視界には入っていなかった。ただ目をそらすためだけに行っていた現実逃避に過ぎなかったのである。
口の中は乾き、唇はかさつく。そして空腹の影響で、ぐうっという何とも間抜けな音が部屋に響く。
こんな状態でも、身体は水分を欲し、食料をねだる。それがどうしようもなく腹立たしく思えた。
彼女は、早紀はもう生きていないのに、この身体は必死に生きることを訴えてくることがどうしようもなく腹立たしくて仕方がなかった。
しかし、そろそろ現実を受け止めなければならない時が来た。
拓斗は立ち上がるために、床に手をつく。そして膝を立て、立ち上がる。すると視界が歪む感覚が彼を襲った。
立ち眩みで足元が揺らぐ、そのままベッドに倒れこむ。
起き上がろうにもうまく体が動かない。立ち眩みの症状に加え、脱水症状に空腹症状が重なり、彼は立ち上がる気力すら奪われた。
ベッドの足の方に無造作に落ちているスマホが目に入る。
立ち上がることが出来なかったため、何とか手を最大限に伸ばそうとする。ちょうど伸ばしきったところで、指先にスマホの冷たい感覚が感じられた。
拓斗は何とか指先にできうる限りの力をこめ、自分のもとに引き寄せる。
ロック画面には、二人で撮った写真が映し出された。
山の山頂で拓斗の腕に抱き着いて、満面の笑みでカメラに顔を向けている彼女の顔であった。
拓斗はぎこちない笑顔を浮かべ、その隣に映りこんでいる。写真に写る自分を見ることがこの上なく苦手であったため、写真に慣れていなかったのである。
撮ったのは、早紀と拓斗が初めて旅行に行った時の事であった。
旅行先は日光で、秋の紅葉が見たいと早紀が言ったのだ。
早紀は幼いころから身体が弱く、小学校の定番である日光に行ったことがなかった。そのため、一度でいいから行ってみたいと、旅行し片手に進言してきたのだ。
拓斗は日光には二度ほど訪れていたが、当時は日光東照宮では工事が行われていたため、見栄えという面ではどうしても気分が載らない景色であったため、拓斗としても現在の東照宮を見るという意味でも断る理由はなかった。
実際に日光を訪れたときの彼女の顔を、拓斗は今でも忘れることが出来ない。
まるで初めて外の景色を見たかのようなその表情に思わず見惚れてしまった。
視線に気が付いた彼女が恥ずかしそうに顔を隠すさまも、彼の心をくすぐるようであり、何とも言えない幸福感に満ちていた。
あの頃が一番楽しかったと拓斗はロック画面を見て回想した。
真っ暗になったロック画面には自分の顔が映っていた。
再び電源をつけ、ロックを解除する。メッセージアプリの通知が真っ先に目に入った。5件の内、2件はサークルの会長の吉田祐樹、もう2件は数少ない友人の久川実であった。
ともに、拓斗を心配する内容のメッセージが送られてきていた。心配してくれる気持ちは彼にとってうれしかったが、正直なところ、今の拓斗には返信する気力がなかったため、一応の生存確認のために既読だけつけた。
それ以上に拓斗が気になったのは最後の一件であった。送り主の名前は姫野早紀であった。
まぎれもなく、彼がほんの昨日まで連絡をしていた彼女のアカウントに違いなかった。
そのメッセージには
―—早紀の妹の侑李と言います。姉のことでお話したいことがあるので、お返事いただけますでしょうか
とあった。
「早紀の話……」
確かに侑李という妹がいるという話は、彼女から何度も聞いていた。しかし、それが一体何の話だというのだろうか。早紀の話とは言っても、彼自身にはあまり良い予感はしなかった。
しかも、彼女の詩を知ってからまだ数時間程度しかたっておらず、現実をようやく見始めることが出来たこのタイミングで、彼女の妹に合おうという気にはどうしてもなることが出来なかった。
こちらにも既読のみをつけて、スマホを放り投げてしまう。壁に当たり鈍い音を立てて、床に落ちる。床に落ちたとき、かすかに割れるような音が響いたが、それを確認しようという気も、拓斗には起きなかった。
枕に顔をうずめ、思わず叫ぶ。
このやるせなさは、このどうしようもない子の気持ちを。
いったいどうすればよいのだろうか。
彼にとって、この感情の処理方法が全く分からず、ただ叫ぶことしかできなかった。
次第に枕には染みができ、醜く、聞くに堪えない遠吠えのような叫び声だけが部屋の中に虚しく響いた。
両親や弟とも仲が良く、恋人もいた、そんな順風満帆な生活を送ってきた拓斗にとって、これは人生で初めて味わった大きな喪失であった。
ゆえに、ひたすらに叫び、涙を流した。
それ以外にこの感情をどうこうする術はないため、こうするしかなかった。
秋吉瑞穂は朝早く事務所の窓際で優雅にコーヒーを飲んでいた。そして、ニュースを見るためにテレビの電源をつける。
ニュースでは都内で発生した火事についての報道が流れていた。すでに鎮火され、燃え尽きた建物の前で、リポーターが事件の概要を報道していた。
昨夜未明、突如として発生した火事であり、現場から身元不明の死体が発見された。
身元の確認とともに、火事の原因について捜査を続けるという言葉とともに、画面はスタジオに戻される。
「放火魔か、それとも自殺か、どちらにしてもいやな世の中になったものだな」
コップをテーブルに置き、今日の予定を手帳を開いて確認する。
来客が10時に来るということが書かれていた、
「そうだ。来客は今日だったか」
そう言って部屋中を見回す。部屋は来客を迎えるというにはあまりに失礼なほど、散らかっていた。そのほとんどが仕事の資料なのだが、瑞穂は読むとそこらに放り投げてしまう癖があったため、大抵の場合、床が見えなくなるか、来客の予定まで片付けることはなかった。
来客までの時間を身だしなみを整えることと、掃除に使い、10時になる5分前にようやく来客を迎えられる状況になった。
何とか終わったと、テーブルに置いて置いたコップを手に取り、部屋の真ん中にあるソファに座って、一息つく。そして飲みかけであったコーヒーを一気に飲み切る。
時計の針が回り、秒針が
ピンポーン
インターホンが鳴り、瑞穂は立ち上がって、どうぞと一言発する。
「失礼します」
扉を開け、恐る恐るといった様子で静かに入ってきたのは小柄な少女であった。小柄な体型とは対照的な、ウェーブがかった長い黒髪を揺らしながら瑞穂の前で立ち止まる。
「お待ちしてました。秋吉事務所の私立探偵もとい、なんでも屋の秋吉瑞穂です」
そう言って瑞穂はわざとらしいほどにこやかに笑い、ソファへと誘導する。
少女はしたがって、ソファに腰を掛ける。それと同時に、瑞穂は扉まで行き、鍵を閉める。
そして振り返り、再びにこやかに笑って、声をかける。
「コーヒーはアイスとホット。どちらが好きですか?」
寒い冬の季節に合う、ホットコーヒーをすすりながら、依頼者である久川有紀は瑞穂の前にあるソファに腰を下ろす。そして、有紀は話の途中途中で瑞穂の差し出したコーヒーを飲みながら、30分ほどかけて話を終えた。
「では、依頼の内容をまとめさせてもらいますね」
そう言って瑞穂は立ち上がり、後ろに置いてあったホワイトボードを依頼者の前に持ってくる。
そして、黒いペンの蓋を開け、文字を書いていく。
『久川実 失踪事件』
「あなたのお兄さんが失踪したため、探してほしいってことで間違いないですか?」
「はい。4日ほど前から家に帰ってきていない兄を探してほしいんです」
4日ほど前、有紀の兄である久川実が家を出たきりで、連絡が取れず、行方不明になっている。
妹である有紀は警察にも捜索届を提出しているが、いてもたってもいられず、この事務所を訪ねたということであった。
「どうしてうちの事務所に? うちは別に有名な事務所というわけでもないですが」
「あの……雫、妹さんからお聞きして」
「あぁ。なるほど。雫からでしたか」
瑞穂には4つ歳下の妹、雫がいた。雫は大学生であり、話を聞くと、有紀のサークル仲間であったとのことであった。
「それで、私のもとに来たというわけですか。それで、お兄さんは四日前に、家を出る際に何か変わった点は?」
「特には……」
「四日前は日曜です。大学は無いと思いますが、なにをされに家を出たのでしょうか」
「友達と会うって。大学の友達だと。名前までは分からないのですが」 「ではまずはその友人という方を探すことにしましょう」
そう言って瑞穂はホワイトボードを横に置き、有紀の方を改めてみる。
「では時間もまだ早いですし、さっそく今から行きましょうか」
「?」
疑問の表情を浮かべる有紀に瑞穂は続ける。
「大学ですよ。お兄さんの大学に行きましょう。大丈夫です。大学って簡単に潜入できますから」
いたずらっこのように笑うその姿は有紀に一抹の不安を感じさせた。
瑞穂はスマホを右手に何やら作業をしたのち、有紀を連れ立って駅へと向かった。
有紀の兄、実の通っている大学は事務所のある地区から電車で20分程度のところであり、昼には二人は大学にたどり着いていた。
大学内は昼ということもあり、人であふれかえって賑わっていた。
「それで、瑞穂さん。兄の友人はどうやって探すんでしょうか? 私は兄の交友関係について全く知らないのですが」
不安そうに口を開く有紀の横で、スマホの画面をじっと見ている瑞穂は、次の瞬間、小声でよしと言い、有紀の方へと顔を向ける。
「君がまとめてくれたお兄さんについてまとめた資料の中にサークルの名前があったでしょう。まずはそこから当たってみることにします」
「えっと、たしかミス研でしたっけ?」
「えぇ。早速部室棟に行きましょう。お兄さんの交友関係について、何かお話を聞けるかもしれません」
そう言ってスマホに大学のマップを出し、あたりを見渡しながら、部室棟の方へと歩き出す。その後ろを有紀は黙ってついていった。
大学の敷地は有紀の通う大学と比べてもはるかに広く、普段運動をしない彼女にとって部室棟まで歩いただけで疲れてしまった。
「さて。305号室。3階か」
そう言って瑞穂はそそくさと部室棟に入る。受付を無視して、階段を上っていく。
3階にたどり着き、瑞穂が後ろを見ると、膝に手をついて息を切らしている有紀の姿が映った。
普段からジムに通い、ランニングやトレーニングを日常的におこなっている瑞穂と日常的に運動をしていない有紀では体力面において天と地ほどの差があった。
「すみません。全く気が利いていませんでした」
そう言って、鞄から新品のペットボトルを取り出し、有紀に差し出す。
「ありがとう……ございます……」
息切れながらも、お礼を言い、手渡された水を一気に飲み干す。空気が乾燥しているからか、喉が異様に乾いていたのであった。
水を飲み干した有紀は改めてお礼を言い、頭を下げる。息はまだ少し荒かったが、もう大丈夫だと言うため、瑞穂は後ろを気に掛けながら、歩き出す。
この階には部室は全部で11個存在し、その内奥から順に301、302といったように部室番号が割り振られていた。
その階の真ん中付近にある305号室の扉には『ミステリー研究会』と書かれた張り紙がただ一枚寂しく貼られていた。
その様子は来るもの拒むといったようで、見る人に入りづらさを感じさせるものであった。
しかし、そんなことは一切気にならなかったのか、扉をノックし、少し大きな声で自分の名前を言う。
「連絡した秋吉です。吉田さんはいらっしゃいますか?」
その声に反応して、部屋の中からどうぞという声が発せられる。
その声を聞き、瑞穂は扉を開け、部室内に入り込む。それに続いて有紀も入っていった。
中には二人の男と、一人の女、計三人の部員と思わしき人間がそれぞれ椅子に座っていた。
拓斗はいつの間にか眠っており、次に目を覚ましたとき、外からの光はなくなっており、部屋中を浅い闇が支配していた。
泣いたためか、目が痛く、瞼は上手く開かなかった。
上半身を起き上がらせて、一人、うっすらとした闇の中を見つめる。
少しずつ瞼が開くようになり、うっすらとした闇にも目が慣れてくる。
視界に入る景色はいつもと変わらぬ景色であり、夢からさめたような気分であった。悪夢から覚めたようで、先ほどまでのことはすべて夢だったのだと思えた。
しかし現実はそんなわけもなく、落ちたスマホの電源をつけ、夢ではなく、現実のものであったのだと、再認識される。
——死んだんだ
もう涙は出なかった。それは悲しみを乗り越えたとか、そういったものでは決してなかった。
月は雲の隙間から顔を出し、一時のかすかな光を降り注がせる。月光は部屋に入り込み、荒らされた床を照らし出す。踏み場がないほどに物で溢れかえってしまった床に落ちていた一枚の写真が輝きの中に入り、拓斗に己の存在を見せつける。
二人で撮った写真。
普段、写真を現像しない拓斗に早紀が渡してきたものであった。
拓斗は立ち上がり、転がるように写真へと詰め寄る。そして小さな写真を抱きしめるように手に取った。
「あぁぁぁぁぁぁ……————————————————————————」
ずっと泣いていたからか、喉が枯れ果て、叫んだ声は途切れるように虚空に消えた。涙も尽き、ただただ乾いた叫びだけが部屋をかすかに響いた。
声にならない呻き声が嗚咽となって次第に咳へと変わる。
「がはっごほっごほ……」
丸まったまま、男は
淡い月明かりに照らされた部屋の中でふらふらと立ち上がる黒い影がぼんやりと映し出される。
何かが吹っ切れたわけでも、背負う覚悟ができたわけでも、なんでもなかった。
ただただ何も知らずに後を追うことだけは出来ないという決意だけは固まった。
部屋の電気をつけ、床に落ちたスマホが視認できるようになった。それを拾い上げ、電源をつける。画面にはひびが入っていた。
そして早紀の妹、侑李のメッセージを表示する。そして、数時間ほど遅れての返信をする。
――明日でもよろしいですか
送信して、電源を落とす。
拓斗はまだ気が付いていなかった。
開けてはいけない箱の蓋に手をかけようとしていることに。
「お待ちしてました。秋吉さん」
鋭い目をした男がにこやかに笑い、瑞穂を歓迎する。
そして、隣にいた有紀を見て、鋭い目を細くして、口を開く。
「そちらの方が?」
「はい。こちらが久川有紀さんです。お話ししたとおり、久川実さんの妹さんです」
男はなるほどと小声で言い、ではと続ける。
「自己紹介ですね。僕は吉田です。どうぞよろしく」
そして彼の右に座った女も口を開く。
「私は姫野です。部外者ですけど」
にこやかに笑うその姿は花のようだと、瑞穂は思った。
「……司城です」
そのさらに右にいた男はボソッと呟く。黒い髪が無造作に伸びており、前髪は眉を超え、目にかかるほど伸びていた。
「それで、久川について聞きたいことがあるとか」
吉田は瑞穂へと話を振る。
「えぇ。実は久川実さんが四日前から家に帰ってきていないということで、何か心当たりはございませんか?」
「……帰ってきてないんですか? そうですか…」
顎に手を当て考える。そして、椅子から立ち上がり、部室を歩き回る。
「驚かれないんですね?」
「え?」
「いえ。同じサークルの人間が一人行方不明の可能性があるというのに」
「まぁ、あいつは連絡を無視するような奴ではないですからね。こちらもどうしたんだろうとは思っていたんですが。彼が行方不明ですか。いえ。これでも驚いてはいるんですよ」
「何か思い当たる節はありますか? 実さんは友人と会うと言って家を出たらしいのですが」
「友人ですか…。そうですね…。思い当たる節ですか…」
腕を組んで悩むしぐさをし、唸り声をあげる。
「妹さんの前でこういうことを言うのは、ちょっとあれなんですけど、彼はちょっと変わってましたから」
「変わっていた?」
「えぇ。いやまぁなんというか。あいつは思い込みが激しい奴で、思い込んだら一直線っていうやつなんですよね。何で行動が予測できないというか」
「なるほど……」
「えっと、有紀さん。すみませんこんなこと言ってしまって」
「いえ。全然大丈夫ですよ」
そう言って、有紀はにこやかに笑う。それについては妹である有紀も把握済みであったようだ。
その様子を見て、瑞穂は黙り込む。
「それで、彼の友人でしたね。友人と言って真っ先に思い浮かぶのは…。お前くらいのものじゃないか?」
そう言って吉田は司城に話を振る。
「……友人と言えるほど仲が良かったのか、僕には判断しかねるが、たしかに僕は友人だと思っていたよ」
顔を下に向け、話の輪に興味すら示していなかった男が顔を上げ続ける。
「ただ。あいつに会ったのは一週間前が最後だから、それ以上は分からないな」
「あなたはここ数日何をしていましたか?」
「僕ですか? そうですね。三日前まで九州まで遠出をしていました。これがその写真です」
司城は瑞穂にスマホの画面を見せる。スマホに映っていたのは司城が泊ったであろうホテルの前で撮った写真で、日付は4日前の18時50分となっていた。
そしてスマホをバッグにしまい、立ち上がる。
「今日はこれくらいでいいか。すまない、ちょっとまだきついみたいだ」
司城は吉田に声をかけ部室を出ていく。
「じゃあ私が送っていきますよ。じゃあに…吉田部長。先に帰りますね」
そう言って隣に座っていた姫野は立ち上がり、後ろについて部室を出ていく。
「彼はどうかしたんですか?」
「いえ。まぁ。病み上がりみたいな感じでして」
「ほぉ。病み上がりですか」
「まぁとりあえず、こちらでも久川については少し調べてみます。ご足労いただいたのに何も教えられず申し訳ありません」
「いえいえ。いろいろと分かることもありましたから。もし何か新しくわかることがありましたら、ご連絡ください」
そう言って瑞穂は自分の名刺を取り出し、差し出す。
部室を出たのち、瑞穂は足早に部室棟を出る。そして歩きながら、隣の有紀に声をかける。
「あなたのお兄さんは、誰かに恨みを買うようなことってありますか?」
突然の言葉に、驚き立ち止まる。
「……いえ。私には特に思いつきません。本当に」
「本当ですか?本当に思いつきませんか?」
「どういうことですか?」
「いえいえ単純にあなたのお兄さんは誰かに恨まれて、事件に巻き込まれた可能性も出て来たってことですよ。それに実さんの話を聞いて、思ったことがあります」
「思ったことですか?」
「思い込みが激しい人だったと言っていましたね。そしてそれは周りの人間にもかなりの影響を与えているということが彼らの話から想像がつきます。どうやらその性格のせいで、交友関係はかなり狭まっていたようですから」
「それで、誰かに恨まれていてもおかしくないと」
「ありていに言ってしまえばそうです。同じサークルの彼らがお兄さんについて話すときの空気も踏まえて想像したにすぎませんが」
「兄は……」
大きく深呼吸をして有紀は続ける。
「そんなことないと思います」
そう言って浮かべた笑顔は若干ぎこちないものになっていたが、彼女の目からは兄への信頼が確かに感じとれた。
そういう強い目をしていた。
観察眼というものに自信のあった瑞穂は、彼女を、そして何より自身のことを信じ、それを信じることとした。
連絡を入れた次の日、拓斗は大学の最寄りの駅まで来ていた。
同じ大学で、一つ学年が下である早紀の妹、侑李と会うのに、大学が一番手っ取り早いと思ったからである。
冬空の下、乾いた空気が全身を震え上がらせる冷気となって全身を包む。
コートを着て、かじかむ手をポケットの中に入れながら一人、待ち人を待っていた。
「お待たせしました」
女声が拓斗の背後から耳に届く。
振り向き、確信する。
そこにあった顔は亡き彼女にそっくりで、生前何度も自慢げに見せられたものであった。
「……侑李さんですね。はじめまして」
今できる精一杯の笑顔を向けたつもりであったが、その笑顔はぐしゃぐしゃに崩れたものになっていた。
それを見て、侑李は拓斗の肩に手を置いて語り掛ける。
「大丈夫です。大丈夫です」
そう言った彼女の顔も拓斗と同じく崩れたものになっていた。
二人は場所をずらし、大学のサークル部室まで移動した。道中は二人とも何を言っていいのかもわからないのもあるが、それ以上に口を開くことがためらわれる重い空気がどちらからというわけでもなく流れていたためであった。
部室にたどり着き、二人は椅子に座った。駅で落ち合ったのが早い時間であったため、部室棟は静かであった。
二人は重い空気の中座り込んだが、意を決してた拓斗が口を開いた。
「それで僕に何の話なのでしょうか?」
「敬語は使わなくていいですよ。私は歳下ですから」
「……僕に何の話なのかな。……今呼び出すっていうことは、どういう話なのかなんとなく想像がついてはいるけれど」
「えぇ。実はお伝えしておきたいことがあって。姉が亡くなったことについて」
侑李は一呼吸おいて、拓斗が口を開く前に話を続ける。
「姉の事件について、警察は現在も捜査を続けていますが、私は警察に話していないことがあります」
「警察に話してないこと?」
「それは。姉が亡くなる前日になぜ青森まで行っていたのかということです」
「ニュースでは、旅行に行っていたと報道されていたが」
「いえ。それは間違いではありません。確かに旅行に行っていました。ただその旅行の目的について警察には伝わっていないということです」
「それは何故?」
「そもそも両親は姉が本当に旅行中に偶然、凄惨な事件に巻き込まれたと信じ込んでいます。だから嘘をついたわけじゃないんです」
「両親は、知らないということはつまり、君は、早紀の旅行の目的を知っていたということなのか?」
「えぇ。私はうそをついたわけじゃありません。ただ言わなかっただけです」
一呼吸置く。
「犯人に復讐するために」
「犯人が分かっているのかっ」
椅子から思い切り立ち上がり、侑李の肩を掴む。あまりに強くつかんだためか、座っていた少女は体がよろつく。
我に返り、手を離すと侑李は反動で椅子から落ちてしまった。
「いったい」
思わぬ衝撃に鈍い音が部室に響く。
「すみませんすみません」
寄って、手を差し出す。その手を掴み、侑李は立ち上がる。
「いえ。ごめんなさい。驚くのも無理はないと思いますから」
侑李は再び椅子に座り、話をつづけた。
「それで、犯人は恐らく、拓斗さん。あなたの知り合いの方です」
「僕の知り合い?」
「はい。それは……」
バッグよりスマホを取り出し、画面を拓斗に見せつける。
立ち上がって、スマホの画面を凝視する。
「こいつは……」
「久川実です」
そこに映っていたのは、まぎれもなく司城拓斗の友人、久川実の姿であった。
数少ない友人であった、久川実の姿に何とも言えない気持ち悪さに襲われた。
——どうすればいいんだ
目の前が真っ暗になるような心持で、どうすればいいのかわからなくなった。
自分が積み上げたものを根本から崩されていくような感覚で、足元が崩れ去るように不安定な感覚がどうしようもなく訪れた。
思わず、足の力が抜け、部室の床に座り込んでしまった。
瑞穂と有紀が大学を出て、事務所に帰還したのは午後3時の事であった。
「じゃあ。今のところの状況をまとめましょうか」
そう言って、瑞穂は再びホワイトボードを持ち出し、文字を書き込んでいく。
「まず。行方不明なのは、久川実。そして行方不明になってから4日ほど。4日前、友人と会うと言い、家を出たきりである。交友関係は狭く、現在分かっているのは、司城と名乗ったミス研の部員のみである」
腕を組んで、考える。
「実さんは普段外泊などは?」
「めったにありませんが、そういえば先週に旅行に行っていましたね。青森のほうに」
「そうですか……青森……」
腕を組んで、黙り込む。そして数品の沈黙ののち、顔を上げ、事務机の上に置いてあるパソコンへと駆け寄り、調べ物を始める。
「そうかそうか。どこかで聞いたと思ったんだ」
大きな笑い声を上げながら、そうかそうかと一人納得して、
「すみません。ちょっと調べ物に外出するので、また明日、そうですね。午後3時くらいにこの事務所に来てください」
と告げる。有紀は頭に?が浮かんでいるような顔をしていたが、無理に自信を納得させ、頷く。
そうして、この日の二人での調査は幕を閉じた。
帰って行く有紀の後姿を見送ったのち、瑞穂はスマホで再び吉田に連絡を取った。
「さてと」
バイクを車庫から出し、跨る。
今度は電車ではなく、バイクで大学まで向かった。
ヘルメットの内側に隠れたその顔は、怖いほどに笑顔で歪んでいた。
「それで。僕にお聞きしたいこととは?」
ミス研の部室で瑞穂に相対して座り込むのは、司城拓斗であった。こんな時間にと呟きながら、瑞穂の目を真っ直ぐと捉える。
瑞穂は吉田に頼み、拓斗を呼び出したのである。
「はい。こんな夜にわざわざすみません。ちょっと、私の今回の推理についてお話を聞いてもらいたいと思いまして」
「推理ですか。それは久川が失踪しているという件についてでしょうか」
「えぇ。単刀直入に言わせてもらいますが、私はあなたが久川実を殺害したのではないかと考えています」
「……その根拠は、何でしょうか?」
「まず最初に気になったのは、あなたが先に帰ったときです。あの時、吉田さんはあなたを一種の病み上がりと称しました。それだけならまぁ風邪とかそういったものかと思っていました」
「それで?」
「もう一人の女の子、姫野さんの名前を思い出して、あることを思い出しました。その名前を私はつい最近聞いた覚えがあったのを」
無言で瑞穂の顔を見つめるその表情から、瑞穂は何の感情も読み取ることが出来なかった。
「青森の殺害事件の被害者の名前が姫野早紀であったということを。調べてみたら、この大学の生徒だったということが分かりました」
「そして、僕とのつながりが分かって、改めてここに呼び出したと」
「えぇ。久川実は姫野早紀さんと同じタイミングでちょうど青森まで訪れている。久川実が姫野早紀にストーカーまがいのことをしていたという証言も彼女の友人たちから得ています」
「それで、僕が復讐のために殺したと」
「はい」
「では、まず彼は本当に死んでいるんですか? そして仮に死んでいた場合、いつ殺されたんでしょうね」
「それは遺体が見つかればすぐに分かることです」
「では見つかってから、この続きは話しましょうか」
そう言って、拓斗は椅子から立ち上がり、部室を一人出ていく。
扉が閉まったあとも瑞穂はその方向をずっと見ていた。
次の朝。事務所のソファで目を覚ます瑞穂。寝癖を手櫛でなんとなく整えながら、テレビの電源をつける。
テレビでは先日発生した火災についての報道を行っていた。
「火災現場で発見された遺体の身元が分かりました。遺体は〇〇に住んでいた大学生、久川実さん(21)であることが分かりました。遺体は胃の中の消化物の状況から、死後三日ほど経過してから、燃やされたのではないかとして、警察は継続して捜査を続ける方針です」
その情報を見て、瑞穂は愕然とした。
つまり、久川実は4日前、今日から数えれば5日であるが、その日の夜にはすでに死んでいたことになるのだ。
そして、その日、司城拓斗は九州にいたのだ。7時ごろに空港に向かい、飛行機で東京に着いたとして、事件現場の場所に向かうとなると、それは現実的なことではないのである。
それも時間がシビアな状況であり、到底やってのけられるとは思えないのだ。
「これじゃ。私は。私は間違っていたってことか……」
目に手を当て、上を仰ぐ。
ソファにもたれかかって、全身の力が抜けていく。
「……謝らなきゃいけないな。司城さんに。犯人扱いしてしまった」
瑞穂は吉田に連絡をし、再び拓斗との連絡を取り付けてもらった。
自分の過ちに、ショックを受け、うなだれていると、瑞穂に一つの連絡が入る。
有紀からのものであった。
「すみません……ちょっと今日は行けそうにありません。忙しくて……」
「いえ。この度は、なんといえばいいか」
「こちらとしても覚悟はしてましたから。それに……。いえなんでもありません。ということなので、すみませんが、依頼は中止ということでお願いします」
「わかりました。ではまたなにかありましたら」
はいと言い、通話は切れる。
これで、瑞穂の役目は終わった。
あとは謝罪を司城に伝えて終わりだ。
なんとも、後味の悪いもので、このまま終わらせることは瑞穂にとって完全敗北を意味していた。
「とりあえず謝りに行かなきゃなぁ」
1時間後、瑞穂は昨日と同じく、司城と向かい合っていた。
「昨日は本当にすみませんでした」
瑞穂は話を始める前に、頭を下げる。
「いえ。僕も、少し挑発的でした。すみません」
互いに頭を下げ、軽く話もしたのちに瑞穂は部室を後にした。
これでもう二度と彼らに会うことは無いのだろう。
大学の方を振り向きながら瑞穂は思う。
そして一人バイクにまたがり、町の中へと消えていった。
一つ目の事件、青森で起きた女子大生事件は、久川実による犯行だと証明された。姫野早紀の爪の間に付着していた皮膚が久川実のものとDNA鑑定によって明らかになったためである。
動機なども吉田祐樹らの証言により、明確となったため、被疑者死亡という形で事件の幕は下りた。
二つ目の事件、久川実殺人事件は、自殺後に火が放たれるようにしていたのではないかと推察されている。
前述の姫野早紀の後を追う形で自殺を行ったのではないかと結論付けられた。その際に使ったとみられる縄の一部が燃え跡から発見されている。
火災が発生した原因は、普段から不良集団が、あの場所で夜な夜なタバコを吸っていることが、近隣住民からの証言で分かっており、火の不始末によるものではないかと推察された。
こうして、二つの事件は幕を閉じた。
これ以上掘り返すこともなく。ただただいつも通りの日常がこれからも続いていく。
「おいおい、話ってなんだよ。わざわざこんなところまで呼びだしてよぉ」
ヘラヘラとした様子で、男が一人入ってくる。
「その理由は一番お前が分かっているだろ」
先に部屋で待っていた男は、思わず、胸ぐらをつかみ壁に押し付ける。
「おいおい。俺が何したっていうんだよ~。同じサークル仲間にこんな仕打ちはないだろ」
「お前が何をしたかは知ってんだよ。全部全部な」
「なぁんだ。知ってたのか。しらばっくれて損したじゃねぇか」
「お前……‼」
「何だよその顔は。まさか俺が否定し続けるとでも? 俺はあいつが憎くて憎くて仕方がなかった。あの幸せそうな顔が。だから犯して殺してやったのさ」
はははと笑いながら悪びれることなく言い切る。
「最高だったぜ?あの絶望した顔」
胸ぐらをつかまれながらもヘラヘラとした表情は一切変わることなく、次第に大きな笑い声すら上げ始める。
「はっはっはっはっはっはっは……んんうぅぅ」
笑い声にいら立ちを隠せなくなり、胸ぐらをつかむ手は喉を締めるほうへと動いた。
「なんでお前はこんな時でもその顔を崩さない。なんで。苦しめよっ。あいつが苦しんだのにっ。なんでお前は笑ってんだよっ。あいつは、今もあんなに苦しんでんだぞ。それを見てまだそんなことが言えんのかよ」
締められる喉から零れる声は小さくも確かに届いた。
「俺の生きてきた目的は既に半分は達成されている。それに」
一人の男が音を立て、力なく倒れこむ。
「はあっ…はあっ……はあっ……」
息をしない屍を前に座り込む。
「はぁ…ははっはぁ…はははは」
「はぁっはっはっはっはっはっはっは……——————————————————」
静かな夜に笑い声が響き渡る。
「またあの事件についてですか?」
「えぇ。私が個人的にどうしても気になって調べていたんです」
「あの事件は終わりました。そうでしょう?」
「終わりましたよ。だから今更真犯人を警察に言おうとかいった気は全くないんです。私自身と、かかわったすべての人たちの意思を汲んで。ただあなたには聞いてほしいんです。あなたにこの妄想が正しいのか、犯人であるあなたに、聞きたいんです」
組んでいた足を組みなおし、ふうっと息を吐きだす。
「では、お聞かせ願えますか?あなたの言う妄想というものを」
「はい。まず始まりは久川実さんが姫野早紀さんに恋をしてしまったところから始まります。その想いはどうしようもなく強くなっていく。それがこの彼の手日記に記されていました」
そう言って、瑞穂は久川実が書いていた手日記をバッグより取り出す。
「これはつい先日、彼の部屋を片付けていた久川有紀さんが隠すように置いてあったのを発見したものです。そこには他にも彼女への愛の感情がびっしりと書かれていました。これだけみれば確かに彼は精神に異常があったと思われても仕方がないかもしれません。あのような凶行にはしってしまうほどに」
そして、瑞穂は手日記をぺらぺらと捲りだし、あるページを開いて見せつける。
「この日記は彼が死んだ日。家を出る直前に書かれたものです。ここにはこうあります。
この雪降る季節の 夜は美しい
蠟燭の火のように朧げな君は 死に化粧に雪を選ぶ
死と隣り合わせであった 誰のためにか
魂は未だ消えず 揺るぐことなく
残された者は 雲上に祈りを捧ぐ
花を手向けに 君を思う
とあります」
「それは詩ですか?」
「詩なのでしょうか。私はそちらの方面にはあまり詳しくないので。ただ、これを読んで、あなたはどんな感想を抱きましたか?」
「これはレクイエムのようなものなのでしょうかね。愛する人へ。つまり姫野早紀への」
「そうですね、私もそう思います。ただこれにはそれ以上のメッセージが残されていたんですよ。というか、この詩自体には彼自身は何の意図も含んでいないんじゃないかと思っています」
「メッセージですか?」
「えぇ。それはすべてを平仮名にすれば見えてきます」
そうして、瑞穂は神を取り出し、ボールペンで書き出す。
このゆきふるきせつの よるはうつくしい
ろうそくのように しにげしょうに
おぼろげなきみは ゆきをえらぶ
しととなりあわせであった だれのためにか
たましいはいまだきえず ゆるぐことなく
のこされたものは うんじょうにいのりをささぐ
はなをたむけに きみをおもう
「つまり、あなたが犯人であるということを示していたんですよ。吉田祐樹さん」
「なるほど」
組んでいた足を再び組み直し、腕を組む。
「それで。まさか僕が犯人だってこれだけの情報で言うわけじゃないでしょうね? これを書いたのは妄想に取りつかれた久川ですよ? 信憑性が高いとは言えません」
「もちろんこれだけじゃありません。あなたのことも調べているんですよ。あなたが何者なのかも私は知っています。あえて他大学を中退し、姫野早紀さんと同じ大学に同じ学年の学生として入学した吉田祐樹、旧姓姫野祐樹さん?」
初めて男は表情を変化させた。
「へぇ。なんだ。そこまで気付いてんのか」
口調は先ほどまでとは打って変わって、乱暴な口調へと変わった。
「……あなたは齢三つのころ、両親の離婚に伴って、母親に引き取られ、その後共に再婚したことで、両家のつながりは一切絶たれた。そして、当時まだ生まれていなかった、姉妹の早紀さんと侑李さんはあなたを自身の腹違いの兄であることを知らなかった。正確にはつい先日までは」
「あぁ。俺は知っていたがな。三つの時ではあったが、物覚えがいい方でな。父親の事だって記憶に残っていた」
「私は事件当日のあなたの行動について調べさせてもらいました。あの日、大学の後期が終わり、旅行に行っていたそうですね」
そう言って瑞穂は一台のスマホを出す。
その画面には、日付が事件当日のものの久川実と吉田祐樹の二人が映った写真が映し出されていた。
「……これはどこで手に入れた」
「これは彼が死んだ日、配達で送られてきていたんですよ。実家宛てに、彼は青森から自宅にこのスマホを送っていた。そして、それを自分で受け取り、それを隠していたというわけです」
「なるほど。あいつはここまで予期していたのか」
「ん? ……あぁ。この状況は彼が作り出したものですよ。自分の命すら計算に入れて」
「彼自身の手で、全てを終わらせるつもりで。彼の思惑通り、全ての罪は彼に擦り付けられ、事件は幕を閉じた」
「だがよぉ。まさか、俺が青森にいたってことだけが証拠になるとでも? 早紀の爪には皮膚が入っていた。紛れもない証拠じゃないのか?」
「確かにその通りですね。あの日、あなたがやったという証拠はほとんど綺麗に抹消されています。そして、その皮膚も彼のものでした。さすがミス研部長ですね」
「妄想の域は出ないな」
「だから犯して殺してやったのさ」
「⁉」
「これはあなたと久川実さんが会話していたものを録音したものです」
「あなたは知らなかったでしょうが。彼には協力者がいたんですよ。そして、その協力者っていうのは、姫野侑李さんですよ」
「あいつは犯人を久川だと思っていたはずだ。それで俺の計画に協力させ……」
「えぇ。彼の復讐心はあなたが思うよりはるかに深かったということです。これ以上は言わなくても分かりますね」
「それに、あの皮膚ですが、彼女に久川実さんの腕でも強くつかませればいいだけの話です。偶然を装って彼女と現地で出会い、腕を強くつかませればいいだけの話です」
うなだれる男にかける言葉はなく、瑞穂は部室を後にしようとする。
ふと、男の声が背後から聞こえる。
「結局、僕も。あぁ。あと一つだな」
言っていることが、瑞穂には理解が出来なかったが、これ以上彼に打つ手はないだろうということと、彼がこれ以上の過ちを犯すほど、愚かではないことは、短い交流の中でもわかっていた。
次の日。大学内で一人の男が殺されているのが発見された。そして同時に同サークルの男性部員も自宅で死亡しているのも発見された。
大学で発見された男は、身元、吉田祐樹と判明。顔が判別不可能なほどにつぶされ、喉が鋭利な刃物で切られていた。
右手にはお誂え向きのように学生証が握られていた。
自宅で発見された男は、身元、司城拓斗と判明。遺体の近くには遺書が置かれており、自身が吉田祐樹を殺したことを証言する旨の内容が書かれていた。
そして、この言葉で最後は締め括られていた。
「死んでも二人は分かたれない」
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