ひつじ『毒のリンゴは消化してやる』

 先生へ

 先生、3年間、本当にありがとうございました。先生がいてくれたおかげで、側でずっと支えて続けてくれたおかげで、私は高校生活を最後まで楽しむことができました。

 1年生の時、私がイジメに耐えられたのも、2年生の時、吐き続けたのを踏ん張れたのも、全部先生がいたからでした。3年生は……毎日。本当に毎日。先生に助けられてました。

 受験生で。志望校までは程遠くて。模試のたびに、できない自分にイラついて。悔しくて。でも部活は続けてて。周りはどんどん引退して。自分だけ取り残されて。焦りだけが募ってて。ともすれば感情が溢れそうで。どうしようもできなくて。辛くて。ずっと辛くて。本当に辛くて……!

 先生はそんな私達に、「人のために。」って言い続けました。自分のことでいっぱいいっぱいの私達に向かって、「これから出会っていく人達のために、今勉強をしなさい。」「今の辛い経験はこれからの糧になる。そしたら、まだ会ったことのない誰かの役に立てる。」そう言い続けました。

 ……これがどれほど難しいことか、先生は分かっていたはずです。まだ見ぬ人のことを思って勉強するとか、できっこないじゃないですか。たかが高校3年生ですよ。数ヶ月先の進路すらわかっていないのに、その先の話なんかされても、そんなこと考える余裕なんて、どこにも残っていません。

 でも……でも、私は必死でやりました。どんな精神状態でも、頭では常に「人のために。」と念じ続けました。どんな人と出会うのか考えて、その人達の役に立つためにと思って勉強しました。そうしたら、先生が喜んでくれるから。先生が望む生徒の姿に近づけるから。だから私は泣かなかった。試験が終わって、自己採点が終わって、第一志望の夢も終わって、先生から電話がかかってきたその瞬間まで、先生の声を聴くその瞬間まで、私は1滴の涙も流していません。

 ……先生。私はあなたを恨んでいます。

 私の進路を真剣に考えてくれたあなたを恨んでいます。氷点下の夜、一緒に駐車場にいてくれたあなたを恨んでいます。辛い時、常に前を向かせ続けてくれたあなたを恨んでいます。部活を続けろと言ったあなたを恨んでいます。肩を叩いてくれたあなたを恨んでいます。本番を見に来てくれたあなたを恨んでいます。あなたのしてくれたこと、その全てを恨んでいます。

 だから私は、先生の言ったことなんか、これっぽっちも聞いてません。「人のために。」知ったことか。まだ会ったこともない人のために、勉強なんてできやしない。

 私のすることは全て、先生のため……あなたのためでした。そして、あなたの色んな表情が見たい、私だけに見せてほしいという、自分の欲望を満たすため。

 結局私は、あなたの望むような生徒ではありません。理想の生徒の仮面を被った、何か別の生き物。しかしあなたは、それも分かってましたね……? 分かった上で、あえて笑顔で接し続けた。真っ直ぐに。真っ白に。本当は真っ黒だったのに。

 きっと今日も先生は、真っ直ぐで真っ白。私が会ったどんな先生よりも、熱くて素敵な先生なんだと思います。そして私は、今まで先生が出会ったどんな生徒よりも、先生の考えに寄り添って努力する、理想の生徒。

 それでいいです。それがいいです。私が先生を恨み続けるために、この関係を続けましょう。先生が私を真っ直ぐ見つめるほど、真っ白な笑顔を見せるほど、私の心は舞い上がって、私の恨みは深くなる。

 ……とっても素敵じゃありませんか。


 先生。

 あなたが教えてくれました。

 愛の最上級は、恨みなんですね。

                 3年7組 今井智香

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