仁戸倉すず子『遅延とおでん』

 寒い。そしてお腹空いた……。今私は結構危機的状況に置かれている。

 6限という魔の時間をなんとか乗り越え、電車に乗った。そして乗り換えの駅まであと一歩というところで起こった急停車。どうやら踏み切りに入った人がいたらしい。大丈夫だったそうだけど。そんなこんなでやっと駅について、急いで飛び出ると目の前で電車は去っていった。

 嗚呼。なんということだ。いや、なんて日だ?

 彼を逃した今、私の最寄駅に停まってくれる電車は四十分後だ。あとたったの3駅。もはや歩いて帰ったほうが早いのではないかと錯覚しそうになる。落ち着け、2山越えるんだぞ。そして、空腹を満たそうと持ってきた煎餅は先の急ブレーキで寄りかかっていたドアに押しつぶされ粉々に砕けてしまった。食べたことのある人はわかると思うけど、粉々の煎餅ほど腹にたまらないものはない。さらには今日は15℃を下回る寒さである。夏からの冬という裏切りである。秋どこいった。

 ……詰んだ。

 完璧に詰みである。6限までという長時間拘束・空腹・寒さの3コンボクリティカルヒットだ。もう私のHPは0である。これは何かで回復しなければやっていけない。0.なんとかの気力を振り絞り近くのコンビニを目指す。

 自動ドアが開くとなんとも言えない空気が出迎えてきた。この気温の中冷房をつけるなんてことはしないが、暖房をつけるか否か。迷った末にちょっとだけつけてやめた、みたいなもわっとした空気。うーん、分かるなぁ。今も昼の気温と夜の気温どっちに服を合わせるか迷うしなぁ。とか考えつつ店内を回る。最初は甘いチョコ系のお菓子とか買おうと思ってたけど、なんか違う。何か、今の自分が求めているものはないかと探し回るとレジ横に例のアレがもう出ていた。じゅわっと口の中に唾液が分泌される。うん、この反応はもう買うしか無い。

「大根とがんも、ソーセージと卵ください。」

 アレとはコンビニ冬の風物詩おでんである。もうおでん出すのか。早いなと思ったけど今回ばかりは本当にありがたい。そういえば人の時間感覚はどんどん早くなっていくため、人生は二十歳で半分が終わるって聞いたことあるけど本当だろうか。じゃああと一年で折り返し? ……恐ろしい。

今はそんなこと気にせずおでんを楽しもう。うん、そうしよう。

 おでんのカップはじわっとあったかく、湯気が目に沁みる。まずは出汁を一口。うん、美味しい。おでんの出汁って何でこんなに美味しいのだろう。味噌汁やすまし汁だって昆布を入れるけどそれとはまた違った味。これは何味なのか。次に出汁をいっぱいに含んだがんも。がんもは地域によってはなかったりするらしいけど私は必ず入れてしまう。変わり種の中では一番好き。お豆腐屋さんとかにあるのももちろん美味しいけど、こういうとこのチープなのも好き。だんだん身体があったまってきた。ソーセージはパリッとして出汁よりもちょっと味が強いけど、大根と一緒に食べるとよく混ざっていい塩加減になる。ここはセットで食べちゃうこと多いな。そして最後は卵。まずは二つに割る。そして黄身を全部穿り出す。白身で出汁を掬うようにして食べる。余った黄身と出汁、それから芥子を混ぜて一気に飲み干す。これが私の食べ方だ。尚、異論は認める。芥子を少し多めに入れるのがポイントだ。これで当分寒さ知らずのスター状態になれる。

 ふぅ。これで寒さと空腹は攻略した。時間もあと10分後には電車に乗れるし、大丈夫だろう。明日にはまたいろいろなノルマがあるけれどきっと大丈夫。危なくなったら補給すればいいのだ。私たちはそうやって日々を乗り越えていく冒険者。

 そう思い意気揚々と駅に戻ってきた私は先程の急停車の影響でダイヤが乱れまたさらに15分遅延していることを知る。……さすがに泣いていいよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る