第49話

 祈織いのりがゆっくりとよく噛んでハンバーガーやポテトを食べているのを見守りながら、時折スマホなどに目をやりつつ時間を潰した。ずっと見ていると怒られるからだ。

 基本的に祈織は食べるのが遅いので、いつも俺が先に食べ終わって、彼女を待つ事になる。

 どうすればそれだけゆっくり食べられるのかと思うのだけれど、祈織にも言い分はあって、一度は早く食べる努力をした事があるらしい。

 小学校の頃の給食では、食べるのが遅いとそれだけ昼休みが短くなる。ならば、食べるのが早い男の子と同じペースで食べれば良いのではないか、と幼き祈織は思ったそうだ。

 それで、男子と同じ速度で食べ物を口に運んだが、咽てしまって、無理だと判断したらしい。


『だって、男の子って噛んで食べてなくない⁉ 喉詰まらせて死んじゃうよ!』


 これが祈織の言い分だった。

 ほぼほぼごもっともな指摘である。男連中はほぼほぼ噛んでいない。

 それから早く食べる事は諦めて、自分のペースで食べる事にしたそうだ。無論、いつも「食べるの遅くてごめんね」と申し訳なさそうにしている。

 食べるの遅い女の子って可愛いし俺は好きだよ、と伝えると、何故か頬を緩ませていた。


「そういえば、ゴールデンウイークはどうする?」


 ごちそうさまでした、と言ってから、祈織が訊いてきた。

 俺の三倍くらいの時間を掛けて、俺の半分くらいの分量を食べている。顎が疲れないだろうか。


「藤澤で遊べる事は春休みにやったしなぁ。せっかくだし、どっか遠出でもする? 東京とか」

「東京かぁ……」


 東京の名を出すと、祈織が眉を顰めた。

 あまり反応がよくなかった。


「東京は好きじゃない?」

「うん……あんまり良い想い出なくて。特にゴールデンウイークは避けたいなぁ」

「そうなの? 何で?」

「人混みが苦手なの。それに、中学生の頃に行って嫌な事もあったし……」

「そうだったのか」


 どうやら都内のデートは無理そうだ。

 せっかくなので、都内のデートスポットでも行こうと思ったのだけれど、好きじゃない場所にわざわざ連れ出すのもどうかと思うし。県内で別の場所を探した方が良さそうだ。


「あ、でも……嫌な事もあったけど、良い事もあったよ?」


 祈織が何かを思い出した様にそう言って、にっこりと笑みを浮かべた。

 何故かこちらを見てにやにやしている。


「え? なにそれ。何で笑ってるんだ?」

「内緒」

「教えろよ。気になる」

「やだー、教えない」


 それから暫く問い詰めるも、教えてくれなかった。

 挙句に「教えてあげないよっ、じゃん♪」などとわけのわからない事を言い始める。ちなみに、これはいにしえの時代にあったスナック菓子のCMらしい。もちろん、俺達が生まれる前に放送されていたもので、この前Utubeで見つけてハマってしまったそうだ。

 そのお菓子自体は今もまだ健在だが、そのCMの存在は知らなかった。ちなみに、三角形の秘密に踏み入ると命を奪われるそうだ。恐ろしい。


「そういえば、ゴールデンウイークの前に実力テストがあったよね。麻貴あさきくん、勉強してる?」

「そうだった……完全に忘れてた。来週末だっけ?」

「そうそう」


 おそらく祈織の話題を変える戦法なのだが、結構衝撃的な情報だったので、すっかりと三角形の秘密についての話題を流されてしまった。


 ──あれ? 三角形の秘密を知りたかったんだっけ、俺は? まあ、いいや。


 何だか二重にして誤魔化された気がしなくもないが、今はそれどころではない。


「じゃあ、ゴールデンウイークの予定はそれ終わってから決めよっか。また一緒に勉強しよ?」

「おう! 頼んます、祈織先生!」


 こうして俺は彼女に頭を下げるのだった。試験対策も祈織先生頼みだ。

 テストの前に、今日くらいはしっかりと遊んでしまおう──そんな話をして、俺達はセカンドキッチンを出た。

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