第50話

 昼食を終えてからは、映画館へと向かった。二人とも特に見たい映画はなかったけれど、何か面白そうなものがあったら見よう、という感じだ。

 デートコースは割とこんな感じで適当に決まって行く。例えそれでミスチョイスがあったとしても、そのミスですら「つまらなかったね」と互いに笑い合える──俺達はそんな関係だった。

 映画館で公開中の映画を見てみると、どうやら最新のホラー映画が公開されたばかりだった様なので、それを見る事にした。祈織はホラーが苦手なので嫌がっていたけれど、そういえば怖がる彼女を見た事がないなと思っての事だ。

 結局映画の最中、祈織は中盤以降ほとんど顔を伏せていて、ずっと俺の腕にしがみ付いているだけだった。感想は『音だけで怖かった』そうだ。ちなみに、実際はそれほど怖くなくてB級レベルだったが、音だけで聞いた方が怖かったのかもしれない。

 映画を終えた後は、駅近くにあるファッションビル・DPAドーパをぶらぶらした。中には家電ショップもあるし、そこでトースターを買えばいいかと思ったのだ。

 祈織曰く、藤澤のDPAは品揃えが悪いらしく、あまり新しい服が売っていないので、最近では通販で服を買う事が多いそうだ。

 確かに、日曜日にも関わらず、客足も少なかった。それに、照明も少し暗くて、服が映えて見えない。客足が少ないのもわかる気がした。

 また、中にあったアクセサリーショップでは、色々笑いを誘うものがあった。どう見ても千円二千円程度のアクセサリーが六千円や七千円で売ってあって、それを七〇%オフで表記しているのだ。中高生を相手にするにしても、さすがにバカにし過ぎてではないだろうか。

 しかし、そんな店でも昔からあるらしいので、売り上げは立っているのだろう。神奈川の少年少女、大丈夫か?

 そんなこんなあったものの、最後には家電ショップによって、トースターを無事購入できた。

 料理のできる祈織に選別を任せたのだけれど、結局選ばれたのは機能性でもなく、デザイン性でもなく、焼いたパンにクマさん柄のお焦げができるトースターだった。値段は三千円。まあ、安いので丁度良かった。

 祈織曰く、ずっとこのトースターが欲しかったのだけれど、家のトースターを買い替えたばかりなので買う機会がなかったそうだ。


「早くこのトースターでパン焼きたいなぁ」


 祈織は終始嬉しそうだった。

 彼女がパンを食べにうちにきてくれるのであれば、この程度の買い物は安いものだった。

 ただ、荷物が嵩張る事もあって、結局この日のデートはここでお開きとなった。お父さんも今日は家にいるとの事なので、あまり遅くまで遊んでいるのも具合が悪いらしい。


「なんだか……このまま帰るのって、ちょっと寂しいな。なんて」


 バス停で祈織が乗るバスを待っていると、彼女がぽそりとそう言った。

 それは俺も同じだった。もっと一緒にいたいし、もっとイチャイチャもしたい。でも、外デートだとそれも難しい。外デートは外デートで楽しいのだけれど、過度なスキンシップが取れないのが難点だ。


「ねえ。ゴールデンウイークだけどさ、行きたいところがあるの」


 ちょうど俺がそんな事を考えていた時だった。祈織が唐突に切り出した。


「どこ?」

麻貴あさきくんの部屋」

「はあ? そんなの、しょっちゅう来てるじゃないか」


 昨日も起こしにきてくれたし、平日はほぼ毎日来ている。


「そうじゃなくて……」

「うん?」

「お泊り、またしたいなって」


 少し恥ずかしそうに、そして遠慮する様に言った。

 そこで、なるほど、と彼女の言いたかった事がわかった。きっと、祈織も同じだったのだ。


「いや……俺はいつでも大歓迎。バイトはあるけど、それくらいしかないから」

「やったっ! じゃあ、またお泊りしにいくね?」

「おう。待ってる」


 ちょうどそんな約束を取り付けたところで、祈織が乗るバスが来た。バスが停車枠に停まり、びーっという電子音と共にドアが開く。


「それじゃあ……また明日、学校でね」

「ああ。気をつけてな」

「麻貴くんも」


 そんな挨拶をした後、少しだけ互いに見つめ合った。

 そして、互いにその視線の意図を察したのだろう。俺達は同時に顔を寄せて、唇を一瞬だけ重ねた。

 唇を離すと、祈織がはにかんで「じゃあね」と言って、バスに乗り込んで行った。それと同時にバスが発車して、バスの中から恥ずかしそうに手を振っている彼女に、小さく手を振り返す。

 祈織が乗ったバスが見えなくなるまで見送ると、俺は踵を返して、帰路についた。


 ──今日、楽しかったな。


 今日一日を振り返って、そう実感する。

 でも、ゴールデンウイークの方がもっと楽しみだ。

 彼女と一緒に目覚めて、一緒にこのトースターで焼いたパンを食べて、のんびり過ごす──そんな朝を思い浮かべるだけで、ドキドキした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る