第42話

 ──あーあ、今日は酷い目に遭った。


 バイト先・ロイヤルモストのフロアに出ると、俺は大きく息を吐いた。

 本来であれば嫌で嫌で仕方ないはずの土曜日の長時間労働日なのだが、今日ばかりはほっとしていた。

 昨日、昇降口で祈織いのりと仲直り(?)イチャイチャをしていたのが二階にいた連中に目撃されており、情報が共有されていたのである。今日学校に行ったら『昇降口チュー事件』として皆がその事を知っていて、大変な目に遭った。

 付き合って初めて気まずくなって焦っていたとは言え、さすがにもうちょっと場所を選ぶべきだった。


 ──もう学校でああいう事をするのはやめよう。


 俺は心に深くそう誓い、早速フロアの状態を確認した。

 俺は今日十四時から二十二時までの勤務で、今はもうランチタイムのピークは過ぎているはずだが、それでもまだ人は多かった。

 土曜日の海沿い&国道沿いの店だとこれは毎度の事なので、特別気負う必要もない。忙しいのが当たり前なのだ。それに、今日は忙しくてもさほど心配はないし、労力もこの前のラッシュに比べたら大した事はない。

 というのも、今日は夕方までフロアは四人体制。フロアの主力の主婦二人──俺と良太は機動部隊〝おかっつぁま〟と密かに呼んでいる──と俺とこの前やらかしてくれた女子大生の木島きじまさんだ。木島さんがいるとは言え、百戦錬磨の主婦二人がフロアにいるので怖いものはない。あの二人がいれば、俺達の負担は恐ろしい程軽くなるのである。


汐凪しおなぎさん、今日も宜しくお願いします!」


 女子大生の木島さんが、深々と頭を下げて言った。

 この前の一件で木島さんからは信頼されてしまったらしく、こうして敬意を持って接してくる様になった。悪い気はしないが、ちょっとくすぐったい。


「宜しくお願いします。って言っても、今日は俺達そんなにしんどくないし、気張らなくても良いんじゃないですか?」

「ですよね」


 そう言って、主力の主婦二人の仕事捌きを見る。

 二人の主婦はまるで連携プレイをしているかの様に無駄がなく、舌を巻くしかない。

 糞忙しい土曜日のランチを今まで二人で回していただけの事はある。むしろ俺達の仕事があまりない程だ。


「まあでも夕方になるとあの二人上がっちゃいますし、そこから気を引き締めないと」

「それまでは俺達は余力を残してあの二人に任せましょう」

「汐凪さん、手を抜く気満々ですね?」

「何を言ってるんですか。これは力の温存ってやつですよ。来る時の為に余力は残しておかないと」


 そう言うと、木島さんはくすくす笑った。

 あの事件以降、何だか木島さんはこうして親し気に接してくれる様になった。

 基本的に俺はこれまでもくもくと作業をするタイプだったので、彼女的には怖い人だと思っていたらしい。怖くしていたつもりはなかったのだが、淡々と作業だけを熟す冷徹マシーンの様な印象だったそうだ。

 淡々どころかこっちはずっとバタバタしていただけだったのだが、怖い印象を与えていたのなら申し訳なかった。

 ただ、こうして木島さんともコミュニケーションを取る様になった事で仕事の連携も取りやすくなった気がするし、こちらとしても助かっている。木島さんを使えない女子大生と勝手に決めつけていたせいで、俺自身も自分で自分の首を絞めていたのかもしれない。

 バイトとは言え、色々学べる事が多いものだ。


「あ、三のC卓から呼ばれてますね! 私行ってきます!」


 木島さんが早速戦場へと向かって行った。それと同時に俺もデシャップから呼ばれたので、早速料理を取りに行く。

 さあ、長い一日の始まりだが、今日も頑張ろう。

 こうして俺の長くて嫌な土曜日バイトが始まるのだった。

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