第33話

 昼休み、昼食を終えてから教室に戻ると、ちょっと面白い事が起こった。

 皆が祈織いのりにビビり、気遣い、ご機嫌を取りに行っていたのだ。

 あのスモモでさえも、「い、いのちゃん、肩凝ってるみたいよ?」等と言い、何故か肩を揉んでいた。おそらく散々からかっていたので、矛先が自分にも向くのではないか、と思ったのだろう。祈織がとても呆れた顔をしていたのは言うまでもない。

 一方の男子はというと、居心地悪そうにしていて、あの良太りょうたでさえも大人しくなっていた。俺に対して謝りに来る連中もぱらぱらといて、これまた面白かった。

 中には祈織のご機嫌を取りに行く男子も何人かいたが「そうなんだ」「うん」の一言で会話を終わらせられ、撃沈。目すら合わせてもらえていなかった様だ。ずぅんと肩を落として自席に戻っていた。


 ──ほらな、だから言わんこっちゃない。


 奇しくも、俺の忠告通りクラスの男子ほぼ全員が祈織にとっての敵(他の女子からも呆れられていたので、実質女子全員の敵)となってしまったのだった。

 ただ、これはこれで優越感があって、嬉しかった。それと同時に、俺も彼女を怒らせると「そうなんだ」「うん」の一言で会話を終わらせられるんだろうなと思うと、ぶるっと体が震えた。想像しただけでも恐ろしい。彼女のご機嫌を損なわない様に細心の注意を払おうと誓うのだった。

 ちなみに、病院に行った連中も五限目の途中で戻ってきた。捻挫をしていた様だが、骨折等の大きな怪我はなかったらしい。不幸中の幸いだった。


麻貴あさきくん、今日はバイトある?」


 放課後、早速祈織が俺の席まできて訊いてきた。


「いや、ないよ」

「じゃあ、一緒に帰ろ?」

「おう。それなら、掃除終わったら靴箱で」

「うん!」


 そんな会話のやり取りをして、祈織はるんるんと掃除に向かって行く。

 彼女が教室から出て行ったタイミングで、良太が俺の元へ来た。


「い、祈織ちゃん、僕の事は嫌ってないよね⁉」

「さあ? 自分で聞いてみれば?」

「怖くて聞けるわけないだろ!」


 どうやら、なんだかんだで人から嫌われるのは嫌だそうだ。というより、可愛い女の子から嫌われるのが嫌なのかもしれない。


「いやー、それにしても、あたしもあんな風に怒ったいのちゃん見たの初めてよ?」


 スモモこと寿乃田桃子すのだももこが俺達のところまで来て言った。


「中学の時も人前では怒ってなかったのか」


 スモモは祈織とは同中おなちゅーで、もう三年目の付き合いになる親友だそうだ。そんな彼女でも祈織が怒ったところを見た事がないと言う。

 ふと周りを見ると、教室でも掃除が始まっていたので、俺達三人はそのまま教室から出て、昇降口へと向かった。


「でもさあ、いくら天使みたいな祈織ちゃんって言っても、人間じゃん? 怒らないとかあるの?」


 廊下を三人で並んで歩きながら、良太がスモモに訊いた。


「うーん……いのちゃんの場合は、怒るっていうより、悲しそうにしてる事の方が多かったかなぁ」

「悲しそう?」

「そうそう。嫌な事とか、何か上手く行かなかった事があったりしても、眉を寄せてしゅんってしてる感じ」


 スモモの言葉からも、大体祈織がどんな顔をしていたのかすぐに想像できてしまった。

 確かに、祈織の場合は感情に任せて怒るよりも、『どうして上手くいかないんだろう』『どうしてわかってくれないんだろう』と考えてしまう性格だ。そのがまさしくそれなのである。


「それが、こと彼氏の汐凪しおなぎくんの事になればこれよ! どういう事なの⁉」


 説明して、とスモモが俺に詰め寄ってきた。


「俺に訊くなよ!」


 そんなの俺だってわからない。いや、何となくわかるけども、それを言ったらまた砂糖だの何だの言われるから言いたくない。

 俺は彼らの追及を適当に濁しながら、少し速足で歩いた。

 廊下から階段を降りて、進路指導室の前を歩いて昇降口へと向かったのだった。

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