第30話

 四限目──これが終われば、次は昼休みだ。

 今日も祈織とは学食に行く事になっている。そろそろ腹が減ってきたので、さっさと終わって欲しいところなのだけれど……その前には難関授業がある──体育だ。

 しかも、今日は女子の体育教師が休みの為、男子の体育教師が兼任となった。結果的に、男子はほったらかしにしておいても勝手に遊んでいるだろうとサッカーにしやがったのだ。最悪である。

 この学校に於けるサッカー。もとい、俺がいる時のサッカーとはつまり……サッカーではない。


「くたばれぇッ、汐凪しおなぎィッ!」


 クラスの男子生徒がただ突っ立っているだけの俺に対して、スライディングをしてくる。

 いきなり視界に男が近付いてきたので、慌てて飛び上がってその攻撃をけた。


「うわ! てめぇ、俺ボール持ってねえだろ!」


 そうなのだ。俺がボールを持っていようが持っていまいが、攻撃がこっちに来るのである。

 学校一の美少女こと天枷祈織あまかせいのりを奪った男として、その恨みを一身に受ける恐怖の競技となっているのだった。もう付き合って二か月経つのだからいい加減そろそろ怒りを沈めてくれと思うのだけれど、男子達の恨みはまだ解消されないらしい。


「おい間島まじま! さっさと汐凪にボール渡せ!」


 敵チームの男子生徒が、何故かこっちのチームメイトである良太りょうたに指示を出す。


「何で敵チームにお前が指示出してんだよ!」

「おーい、麻貴あさき~。んじゃパスするぜ~」

「何でオメーも敵チームの言う事聞いてパス出すんだよ!」


 俺の至極しごく当然なツッコミになど聞く耳を持たず、楽しそうにしている良太が俺に丁寧なパスを出す。

 敵チームもパスをカットできるのに、誰もカットしない。ボールは俺の元へとコロコロと転がってくるのだった。

 そして、ぽす、っと俺の足にボールが当たる。


「いよっしゃあ! これで大義名分ができた! 殺せ!」


 それと同時に敵チームの男子が全員猪突猛進してきた。

 いやいや、さすがにこの数はやばい。絶対に怪我する。味方チームもわざとパスが届かない様なところに移動しているし、このフィールド内に俺の味方が誰一人としていない。


「ま、待て待てお前ら! 本当にそのまま俺に突っ込んできていいと思ってるのか⁉」


 俺は猪男共に制止を掛ける。

 一応は聞く耳を持っているようだ。立ち止まってくれた。


「ほう? 命乞いだけなら聞いてやろう」


 男子生徒達がじりじりと俺に詰め寄ってくる。

 それに対して、俺はビッとグラウンドの反対側を指差した。


「いいか、今日の体育はあっち側に女子がいるんだ。そんでもって、今あっちは休憩中だ。それがどういう事かわかるな?」


 休憩がてら、女子が男子のサッカーを見学しているのだ。


「もしお前らが一斉に俺に襲い掛かってみろ。お前らは間違いなく……祈織にとっての敵となる!」

「うッ……」


 その言葉に、男子生徒達が立ち止まる。

 そう、今こちらを見学している女子の中に、もちろん祈織もいる。ここで俺を集中攻撃などしようものなら、彼女も何事かと思うだろう。

 ただでさえ、俺達がバカップルと呼ばれ始める切っ掛けを作ったのは、男子のこういった行動なのだ。俺が男子の標的にされていると知った祈織が、彼らに見せつけるかのごとく、人前でいちゃつく様になったのである。謂わばそれが俺達のバカップルの始まり。こいつらは自分の首を絞めているだけなのだ。


「お、おのれぇ……!」


 男子生徒達は俺に突っ込んできたくても、女子の視線が気になって突っ込んで来れない。

 この隙にボールを適当なところに蹴っ飛ばして逃げ──


「おーい皆、騙されるなよー。今の言葉をよく思い出せ。完全に『俺は天枷祈織の彼氏だぜドヤァ』って遠回しに自慢されただけだし、何ならお前らがここで何をしようともどうせ祈織ちゃんは麻貴の事好きだと思うぞ~」

「あ、てめッ」


 良太が離れたところから余計な事真実を言う。

 すると、男子達がプルプルと震え出した。


「ち、ちくしょー! もうどうにでもなれええええ!」

「俺の初恋返せえええええ!」

「どうせ俺は秒殺で振られたんだああああ!」

「うわあああ好きだ天枷さあああん!」


 口々に祈織への想いやら色んなものを叫びながら、バカ共が突っ込んでくる。

 ちくしょう、バカ良太のせいで完全に裏目に出た。

 とりあえずサッカーボールが邪魔なので、適当にボールを中の方に蹴り上げてから、サッカーコートの外へ出へ回って逃げる。

 すると、どいつもこいつもボールを無視して俺の方を追っかけてきやがった。


「何でこっち来るんだよ! ボール追いかけろよ、ボール!」

「うるせええええええ!」

「死ねええええええ!」


 その異様な光景を見ながら、良太や味方チームの連中がゲラゲラ笑っている。女子の方からも笑い声が聞こえてきた(主にスモモの声)。

 さすがに先生も見兼ねて笛を鳴らすが、どいつもこいつも止まりやがらない。

 その時、俺の前方の方から回り込んできた男子が、俺に掴みかからんと襲い掛かってきた。

 その掴み掛かってきた手を見て──俺の体が反射的に動いてしまった。


 ──あ、まず。


 自分でもやばいと思ったが、体が先に反応してしまって止められなかった。

 その掴み掛かってきた腕を取って、そのまま弧を描く様にして腕を引き、足首をスパンと足で払ってしまったのだ。その男子はそれこそ腕の軌道と同じく、弧を描く様に投げ飛ばされた。


 ──やっべ! 反射的にやっちまった!


 これは柔道で言うところの小外刈こそとがりという技だ。なかなかこんなに綺麗に決まる技ではないのだが、相手でしかも体勢が崩れているところであれば、この通り綺麗に投げ飛ばせる。

 慌ててその男子の腕を引っ張って、何とか地面に叩きつける直前のところで止めた。


「大丈夫か──って、ちょっと待て、お前らま」


 れ、という言葉を言い終える前に、俺は男達のタックルの波に巻き込まれた。

 投げ飛ばしてしまった奴の無事を確認しようと思ったのだが、今度は後ろから走ってきた奴らが急に止まれず、そのまま俺の方に雪崩れ込んでくる。


 ──これは無理だろ。


 迫り来る男達に、ままならない体勢。回避はどう考えても不可能だった。


「麻貴くん!」


 祈織の悲鳴にも近い声が、遠くから聞こえた。

 バカ共が俺に突っ込んできたのは、それから間もない頃であった──

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