第18話

「そういや、今日僕シフト入ってるけど、お前もじゃなかったっけ?」


 食事を終えた頃、良太りょうたが訊いてきた。


「あー、そうだな。今日俺も入ってるよ」


 スマートフォンで日付を確認して、彼に同意する。


「シフトって? バイトでもしてるの?」


 スモモが意外そうな顔をして訊いてきた。


麻貴あさきくん、間島くんと同じバイト先で働いてるの」


 祈織いのりが代わりに説明して、「ね?」と首を少し傾げた。


「ああ、うん。六ヶ峰ろくがみねの海岸近くにあるロイモでバイトしてるんだ」


 ロイモとは、全国展開している大手ファミレスチェーンのロイヤルモストだ。学生が行くにしはちょっとお値段が高めなあそこである。

 俺は良太の紹介で、今年の一月からそこでバイトをする事になったのだ。


「えー! あの榎電えのでんから見えるロイモ? あそこでバイトしてるんだー!」


 へー、とスモモが感嘆の声を上げた。


「あたし何回か行った事あるよ! 二人はホール? キッチン?」


 スモモが興味深そうに訊いてくる。

 もしかすると、バイトに興味があるのかもしれない。


「俺がホールで、良太がキッチン。ちょうど大学生がドバっと辞めて、人手不足で困ってるって良太から誘われたんだよな」

「そうそう、ホールが特に足りなくてさー。マジで助かったんだよ」


 俺はファミレスでバイトするに至った経緯を簡単に説明した。

 おおよその流れについては、こんな感じだ。

 もともと大学生の仲良しグループが何人か働いていたのだが、そのグループが全員ごっそりと一気に辞めて人手不足になった。そこで店が回らなくなりそうだったので、良太が俺を誘ってきた、というわけだ。

 良太は昨年の夏からロイモで働いていて、今ではキッチンの主力だ。学校ではアホばかりやっているが、やる時はやる男なのである。

 ちなみに、俺は週三、良太は週四ペースでバイトに入っている。ただ、キッチンとホールではあまり顔を合わせる事もないので、事務所に行ってから互いが出勤している事に気付く事も多い。


 ──もうちょっとバイト増やそうかなぁ。どこか祈織と遊びに行きたいし。


 ちらりと祈織を見て、そんな事を考える。

 とは言え、バイトをあまり入れ過ぎると俺も疲れてしまうし、その遊びに行ける日が減ってしまう。高校生の場合、その塩梅が難しいのだ。

 ちなみに、良太には恩を売る為に『手伝ってやるか』だなんて言った俺であるが、実際は金欠気味だったので、感謝している。

 俺はひもじい学生のひとり暮らしだ。一応親から仕送りはあるものの、それほど余裕があるわけではない。家賃と生活費を差し引けば、殆ど残らないのである。どこかに遊びに行ったり何かを買おうと思ったりすると、バイトは必須だった。

 祈織が俺の弁当を作ってきてくれるのは、俺の栄養事情だけでなく、懐事情まで考慮してくれての事なのである。実際に彼女がお弁当を作ってくれていなければ、彼女の言う通り、安くで済む購買パンで乗り切っていた。

 祈織にも良太にも、頭が上がらない俺なのである。


「そういえば麻貴くん、研修期間ってもう終わったの?」


 祈織の質問に、「うっ」と声を詰まらせてしまった。


「いやー、俺デキが悪いからさー。ははは。まだ若葉マークなんだよ、うん」

「はあ? お前何言ってるんだよ。麻貴、もう大分前に研修期間終わってるだろ」


 適当な言葉を付けていつも通り濁そうとするも、今日はダメだった。同じ職場でバイトしている奴がいるので、隠せるわけがない。


「ああ、もう……バカ。言うなよ」


 俺が額を押さえて大きく溜め息を吐くと、隣にいた祈織が不満げにじぃーっとこちらを見ていた。


「麻貴くんの嘘吐き。研修終わるまではバイト先には来ないでって言ってたのに」

「ううぅ……」


 遂にバレてしまった。

 先ほど隠し事は殆どしていないが言っていない事もある、と言っていた一つがこのバイトの研修期間だったのである。

 前々から俺のバイト先に来たいと言っていた祈織への断り文句が『まだ研修期間だから』だったのだ。実のところ、二月末に研修はもう終わっている。


「あ、わかった! お前、祈織ちゃんにバイトしてるとこ見られるの恥ずかしくて隠してたんだろ」


 良太が面白そうな玩具を見つけた、という顔をして、俺の本心を言い当ててくる。

 そうなのだ。俺の場合、キッチンの良太と違って、ホールスタッフだ。店に来られると、接客対応をしなくてはならなくなる。

 ただでさえ、知っている顔が来店した時は気まずい思いをしなければならないのである。恋人の祈織になんて来られたら、恥ずかしくて仕事にならない。緊張して変なミスをしてしまいそうなのだ。


「別に私はからかいたくて行きたいって言ってるんじゃないのに……」


 しゅん、と祈織が肩を落として、残念そうな顔をして言う。


「いや、それはわかってるんだけどさッ。なんか、祈織に見られてると変にかっこつけそうって言うか、緊張するっていうか……」

「私は麻貴くんの働いてるところ、見たいなぁ……」

「……祈織がそう言うなら、来てもいいけど、さ」


 どうにも祈織の寂しそうな表情が見ていられなくて、ついそう言ってしまった。

 その言葉を聞いた彼女の顔が、途端にぱぁっと明るくなる。


「うん! じゃあ、今日行く!」

「は? いや、ちょっと待って、それはさすがに──」

「……ダメなの?」

「ダメ、じゃないです」


 祈織が一転してしゅんとした顔をするので、すぐに自らの言葉を撤回してしまう俺であった。

 スモモと良太はそんな俺達の様子を見て、くっくと喉で笑っている。


「いやー、あれだね。予想以上にいのちゃんが主導権握ってるんだね。汐凪しおなぎくん形無しじゃん」

「麻貴は完全に尻に敷かれるタイプだな。将来、祈織ちゃんにお小遣いせびって怒られるやつだ」

「あー、わかるわかる、今まさにその兆候あるよね」


 スモモと良太が好き放題言う。

 ただ、全く以てその言葉を否定できない俺なのであった。というか、諸々世話をされている時点で既に逆らえない。


「そ、そんな事ないってば! 別に、私は主導権とかそういうの欲しいって思ってないし……ただ、他の人は見れるのに私が見れないのは寂しいなぁって」


 顔を赤らめて、ちらっと祈織がこちらを見た。

 そんな顔をされてしまうと、心の柔らかい部分を鷲掴みにされた様に、きゅんとなってしまう。


「ああもうっ、わかったよ! いつでも来ていいから! でも、俺も仕事中だからさ、構ってあげたりとかはできないからな?」

「うんっ。私、麻貴くんが働いてるとこ見れるだけでいいから」


 にへへ、と顔を緩めて、嬉しそうにはにかむ祈織。

 そんな彼女を見ていると、俺も思わず頬が緩むのだった。


「まあ、でも……あんま凝視されると困るっていうか、ミスりそうで」

「うん。こっそり見てる」


 そうして俺達は互いに笑みを交わし合った。

 恥ずかしいけど、でも……祈織がいると、その分仕事も頑張れる気がする。

 少なくとも、かっこ悪いところは見せられない。ミスって店長に怒られたりだとか、そんな場面だけは死んでも見せない様に、気持ちを引き締めないと。


「あ、あれ? 何か僕、気付いたら砂糖が口の中に入ってた気がしたんだけど……気のせいじゃないよな?」

「あら、良太も気付いた? あたしもさっきそれやられて口の中ジャリジャリになったわよ」


 正面にいる二人がそんな事を言っているタイミングで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

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