第17話

 良太りょうたいじりに飽きた俺達は、それぞれ料理を注文して、良太が取っててくれた席に戻ってきた。

 テーブルの上にはレディースセットと学食Bセットが一つずつ、Aセットが二つ並んでいた。祈織いのりがレディースセットで、俺がBセット、スモモと良太がAセットだ。

 Bセットは魚料理の定食で、Aセットが揚げ物の定食、そしてレディースセットは女子向けのヘルシー定食だ。

 ちなみに俺と祈織が隣合わせ座っていて、良太とスモモが隣り合わせで座っている。スモモには最も良太を攻撃しやすい席に座ってもらったのだが、良太は常に彼女を警戒していた。


「それで……何で僕はこんな酷い目に遭わされてるんだよ?」

「よっ、バイキンマン!」

「もうそのネタはやめろ──って、スモモもすぐにアルコールスプレーを僕に向けるなー!」


 良太のツッコミの精度と速度が格段に上がっていた。

 スモモの存在は偉大だ。当のスモモは舌打ちをしているけれど。


「いやぁ、悪い悪い。お前が輝き過ぎてたから、つい」

「つい、じゃないよ! それに、輝いてるというより僕カピカピになってるよ! さっきから肌が張りまくってるからね⁉」


 言われてみれば、良太の顔からは水分が消え去ってそうな感じで、皮膚がカピカピしていた。

 きっと今が真冬だったなら、ひび割れでも起こしそうなくらいだ。


「二人ともやり過ぎだよ。さすがにもう可哀想だってば」


 見兼ねた祈織が遂に助け船を出した。


「ほら見ろ! 祈織ちゃんだけが僕の味方なんだ。祈織ちゃんも、麻貴あさきの本性がわかっただろ? もう麻貴なんかと付き合うのやめて、僕と付き合えば?」


 良太が祈織の方を向いて訊いた。


「それは……えっと、ごめんなさい」

「一瞬で振られたぁぁぁぁ!」


 ぺこりと祈織が気まずそうに頭を下げるのと、良太が空中で三回転しながら吹っ飛んだのは同時だった。

 良太の凄いところは、座りながら吹っ飛んでも、テーブルの料理には一切危害を加えないところだ。もはや曲芸レベルの域と言えよう。


「あんたさぁ、ご飯の時くらい黙って食べれないの?」


 スモモが呆れた様子で、テーブルに常備してある割り箸を取って割った。


「あんた達がそうさせてるんでしょうがああ!」


 さっきまで吹っ飛んでいたと思えば、もう良太は自分の席に戻って怒っている。

 凄い才能だ。リアクション芸人にでもなれば、売れそうな気がしなくもない。


「それにしてもいのちゃん、よくそんなので足りるわねー。あたしだったら絶対午後の授業中でお腹空いちゃう」


 スモモが祈織のレディースセットを見て言った。

 レディースセットは学食の中でも一番ヘルシーで、且つ量が少ない定食だ。確かに、これだけでは全然お腹も膨れないように思える様なおかずばかりである。


「え、そうかな? 私はこれで夜まで持つけど……」

「けっ! これだから学校一の美少女は!」

「そ、それ関係ある? ていうか、そういうのじゃないし……」


 スモモと祈織がそんなやり取りをしていた。

 祈織が八ヶ浜はちがはま高校一の美少女なのはみなの知るところなのだが、本人だけはそう思っていないらしく、そう言われてもいつも否定していた。彼女のこういう謙虚なところも俺は好きだった。

 ちなみに、二人の会話の合間に良太が「そんなんだからスモモはすぐに太る」とぽそっと言っていたが、完全に無視を決め込まれていた。


「無視って……酷くない? 僕、さっき結構体張ったと思うんだけど?」


 良太が瞳を潤ませてこちらを見てきたが、気持ち悪かったので俺も無視した。

 すると、「もういいです……」と泣きながら箸を割って、ご飯を食べ始めた。可哀想だ。

 それからは一応はまともなランチタイムとなった。

 午前中の授業で引っかかった事や、歴史の先生が語尾に『デスネェ』を何回つけていたか、或いは最近誰のUtube動画を見ているかなど、話題は飛び飛びだ。でも、そんなくだらない話でも、スモモと良太がいるだけで笑いが絶えない。

 俺と祈織が二人だけで過ごす時間とは、全く異なる時間がそこには流れていた。

 そういえば、こうして男女グループで学食でご飯を食べたのは、俺の高校生活では初めてだった。


 ──この四人でまたご飯を食べるのも良いかもしれないな。


 俺はそんな事を思いながら、口元を隠して良太の冗談に笑う祈織の横顔を眺めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る