第16話

「おっそいんだよ! 待ちくたびれたんですけど⁉」


 食堂につくと、ちゃんと四人分の席を取って待っててくれていた良太りょうたが早速キレていた。

 まだ注文もしておらず、本当に席を取って待っていてくれたらしい。いや、だからお前良い奴かよ。


「あ、うん。ありがとありがとー」


 スモモは笑顔で御礼を言い、近くに備え付けてあった消毒用アルコールスプレーを手に取って、テーブルにシュッシュとアルコールを吹きかけた。

 そのままテーブルクロスでテーブルを拭いて──ついでに良太の顔にもシュッシュとスプレーを吹きかける。しれっと、ごく自然に、さも当然かの様に。


「ぎぃやああああ!」


 良太の悲鳴が昼の食堂に響き渡った。


「何おもいっきりナチュラルに僕の顔面にまでアルコールスプレーぶっ掛けてくれてるんですかねぇ⁉」

「え、あれ? 良太いたの? ごめんごめん、ばい菌かと思ってさー」


 あたかも今気付いた、という様な意外そうな顔をスモモは作った。

 一方の良太は血の涙を流している。


「あなたばい菌が目に見えるんですか⁉ こんなデカいばい菌がこの世に存在するんですかね⁉」

「だから変だなーと思って、とりあえず除菌的な?」


 さっきスモモは普通に『ありがとありがとー』って言っていた様な気がするのだけれど、これは俺の気のせいだろうか。

 心優しい祈織いのりは良太が可哀想だと思ったのだろう。おろおろしてスモモを制止しようとしていたので、俺はそっとそれを手で制した。


「面白いからもうちょっと様子を見てみようぜ」


 小声でそう言うと、祈織は「えー……」と少し呆れた顔をしていた。

 そんな恋人を可愛いなと思いつつ、目の前の除菌戦争に視線を戻した。


「とりあえずで人型サイズのものをばい菌と思う癖、それこそ人としてどうかと思うんですけど⁉」

「ごめんごめんー。ほら、これで拭いて?」


 スモモは手に持っていたテーブルクロスを良太に渡した。


「ちょっと待て! これ、散々使われてるテーブルクロスですよね⁉ 余計にばい菌つきそうなんですけど⁉」

「そうそう、それで除菌する大義名分を得てからもう一回シュッシュってしよっかなって」

「あなた僕に対する扱い酷過ぎませんか⁉」


 これは凄い。俺は二人のやり取りを見ていて、拍手を送りたい程の感動を覚えた。

 今までせいぜい俺にちょっといじられるくらいしか役割のなかった良太だったのに、スモモが加わった事でより活きて輝いている。


 ──これからスモモの事は〝良太テイマー〟と呼ぼう。


 これがゲームなら、きっとスモモの頭上に『スモモは〝良太テイマー〟の称号を獲得した!』とか表示されているに違いない。

 本人の前で言ったら叱られそうだから、心の中で呼ぶだけにするけれど。


「とりあえず二人は除菌に忙しそうだし、俺らだけ先に注文しに行く?」


 漫才が終わりそうになかったので、祈織に訊いた。

 その質問を聞いて、祈織は更に「えー……」と呆れた顔をしている。さっきは様子見ようと言ったのに、というところだろうか。本当に彼女は優しい子だった。

 でも、違うんだ祈織。今、良太は過去にないくらい輝いているんだ。それこそスモモが彼の才能を引き出していると言っても過言ではない。

 なぜならスモモは……〝良太テイマー〟なのだから!

 

「お前もちょっとは僕を助けろよ! 友達が除菌されてるんだけど⁉」

「よっ、バイキンマン。席取りありがとな!」


 俺がそう言うと、タイミングを見計らった様にスモモがもう一度シュッと除菌スプレーを良太の顔面にぶっかけた。


「ぎぃやああああああああ!」


 良太の悲鳴がもう一度昼の食堂に響き渡ったのだった。

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