第15話
廊下を歩いている最中、予想以上に視線を集めた。
男達からの、嫉妬という名の殺意が込められた視線が、ザクザクと全身に刺さっている。
──スモモだ。
祈織以外にも、これまた可愛いと評判のスモモも加わって一緒に歩いているものだから、余計に悪目立ちしてしまっているのだ。
俺はあまり詳しくなかったのだが、最初スモモと一緒のクラスになれた事を、良太の野郎は喜んでいた。『
しかし、実際話してみれば、スモモのイメージは良太の持っていたそれとは大分異なっていた。
彼女はノリが良いが、良太とはある意味相性が良すぎたのか、漫才になってしまう──というかスモモが良太を玩具にして楽しんでいる節がある──のだ。それもあって良太はこの数日の間で、すっかり彼女に苦手意識を持ってしまっているのである。
だが、彼女が魅力的な女の子である事には変わりないわけで……こうして祈織に加えて横に並ばれると、どうしても俺が目立ってしまうのである。
「そういえば、祈織とスモモはどうして仲良いんだ? なんか呼び方違うし」
突き刺さる視線に耐えきれず、二人に訊いた。
スモモの事をモモちゃんと呼ぶのは祈織だけだし、祈織の事をいのちゃんと呼ぶのもスモモだけだ。それに、二人のやり取りを見ている限り、結構親しげでもある。
「ああ、あたしら
「中二・中三と同じクラスだったの。もう三年くらいの付き合いかな?」
なるほど、同じ中学だったのか。それなら今と異なるあだ名で呼び合っているのも納得だ。
おそらく、祈織が読んでいる『モモちゃん』というのは中学の頃のスモモの愛称で、高校から『スモモ』に変わったのだろう。
「最初、いのちゃんってば付き合い悪くてさー。一緒に遊ぼうって言っても塾がー習い事がーって言って、全然遊びに付き合ってくれなかったんだよね。ひどくない?」
「そ、それは仕方ないでしょ? あの頃は私も結構忙しかったんだからっ」
「あたし仲良くなりたかったのに、心バッキバキに折られたよね。嫌われてるのかと思って」
「だから、ごめんってば~!」
泣いたふりをするスモモに抱き着いて冗談っぽく謝罪する祈織。
何だかそれはそれで、微笑ましかった。同性と言えども、祈織がここまで親しげに話している姿は見た事がない。
──あ、そういう事か。
このやり取りを聞いて、昨夜に彼女が言っていた言葉がふと蘇った。
『私、今までずーっといい子でいたの。お父さんとお母さんの言いつけも守ってきて、ずっと二人の理想の子供でいれるように頑張ってきたし……こういう時くらい、私の好きにさせてよって思っちゃう』
おそらく祈織は、小中学校時代、友達と遊びたい気持ちを抑えて両親に言われるがままに育ってきたのだろう。
そんな自分を変えたいと心の中では思っていたのかもしれない。
「そんな状態だったのに、何で仲良くなったんだ?」
俺の問いに二人は顔を見合わせた。
「仲良くなったって言ったら……中二の時のあれかな?」
「うん、多分あれっしょ」
「「──林間学校」」
二人の声が揃って、「だよね」と笑い合っていた。
林間学校で二人は同じ班になって、カレーを作る機会があったそうだ。そこで問題となったのが、班の中で料理ができる者が祈織だけだった、という点。祈織は料理が上手いし、彼女さえいれば問題ないじゃないかと思うのだが、そう上手くは事が運ばなかった。
というのも、林間学校では、班で協力してカレーを作る事が目的とされている。彼女一人で調理してはいけないのだ。
そこで、班の連中が祈織に指示を乞うが、祈織はこの通り、引っ込み思案な性格である。性格上、指示を出したり人に命令したりするのが苦手だ。
そこをカバーしたのが、コミュニケーション能力の高いスモモだった。スモモが祈織から説明を受けて、スモモがそれに従って班員に指示を出す。二人は自分の得手不得手を補い合い、ミッションをクリアしたのである。
それを機に、祈織もスモモと話す様になり、一緒に帰ったり時には遊んだりする仲になったそうだ。
その話を聞いて、なるほどな、と思った。そういった経緯があれば、性格が全く異なるこの二人が仲良くなったのも頷ける。
「でもさー、いのちゃんってやっぱり薄情だと思うんだよね?」
「え、どうして?」
不満ありげなスモモの言葉に、祈織が首を傾げた。
「だってさ、あたしに何の相談もなく知らない間に好きな男の子作って告白までしちゃって、彼氏まで作っちゃうんだもん。親友だと思ってたあたしは悲しかったよ」
おーいおい、と袖を目元に当てて泣く仕草をするスモモ。
この話題になると、俺は分が悪いので黙るしかない。
「ち、違うってば! 内緒にしときたかったんじゃなくて、その、私も……恥ずかしくて、誰にも相談できなかったっていうか……」
こちらを見てから、祈織が顔をかぁっと赤らめる。
なにそれ、可愛い。っていうか俺も恥ずかしくなってくるからやめて。
「そうだったとしても! 親友の恋の相談を聞いて、応援するポジションを得たいわけじゃん!」
親友として、と謎に親友を強調するスモモ。
「じゃあ、今度から相談するから……ね?」
「相談するくらいなら俺に直で言ってくれた方が色々円滑だと思うんだけど」
「あ、そっか」
俺の提案に、祈織が納得してしまった。
実のところ、俺達はあまり隠し事をしない。お互い割と素直に気持ちを言い合える関係なのだ。
だからこそ意地を張る事もないし、気を遣い過ぎる事もない。凄く良い関係なのである。
もちろん、彼女にはまだ言っていない事もある。そしてきっと、それは彼女にもあるだろう。でも、それは今は言う必要がないから言っていないだけで、その機会が訪れたら、きっとすんなり言えると思うのだ。
「こらー! せっかくの親友ポイントを奪うなー!」
一方のスモモからは不満が出ていた。
「じゃあ、
「
「そうそう。例えば、他に気になる男子ができちゃって~とか!」
「おいコラ、何て事を言うんだお前は」
寒気がする様な言葉をサラッというので、思わず横槍を入れた。
親友にそんな相談をされたら俺はどうすればいいのだ。それを知った翌日にはきっと相模湾で水死体となって浮いている自信がある。
「そ、そんな相談しないから!」
祈織が慌ててスモモの提案を否定した。
「ほんとに~? だってあたしら、恋多き女子高生だよ? 他に良い男のひとりやふたり、いのちゃんなら余裕で堕とせ──」
「いないよ?」
スモモの言葉を遮って、祈織が続けた。
「私の好きな人、麻貴くんだけだから……こんなに好きになれる人なんて、他にいないもん」
とても愛おしげな表情で祈織はそう言った。
一方の俺とスモモは口をぽかんと開けて彼女を見つめるだけだった。ここまで大胆な事を人前で言うとは思っていなかったのだ。
そこで、祈織も自分の心の声が漏れてしまっていた事に気付いたのだろう。ハッとして自分の口を押さえて、俺とスモモを見た。
そして、俺達の表情を見るや否や──一気に顔を真っ赤に染めるのだった。
「やだ……今の、なし」
「なしって言われても……」
一字一句逃さず、しっかり聞いてしまった。
「だめ。こっち見ちゃ、やだ」
そのまま両手で顔を覆い隠し、指の隙間から俺を覗き見る。
さっきの言葉はもちろん、その仕草や瞳の潤み具合があまりに可愛くて、俺の顔からも熱が噴き出した。
「祈織……それは、可愛すぎて反則だから。ダメ」
自分の顔がにやけそうになるのを隠したくて、自らの顔を左手で覆った。
学校じゃなかったら、絶対に抱き締めてしまっていた。今は自分を律するので精一杯だ。
「今そういう事言うのこそ、反則だよ……」
祈織は小さな声でぽそっとそう言い、上目で責める様にじっとこちらを見つめた。そして、恥ずかしそうに視線を逸らすのだった。
「え、なにこれ? あたしなんでいきなり砂糖食わされてんの? 口ん中ジャリジャリなんだけど。ゲロ吐きそう」
そんな俺達の様子を、ゲロでも吐きそうな顔で、スモモは見ているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。