爆弾娘の志帆
「タマタマの霊?」
「そう。なんかね、アソコを切り落とされた男子の霊が夜な夜なその瞬間を再現して、他の男子に悪夢を見せるんだって」
顔をしかめる麗奈。誰が見ても分かるぐらいに嫌悪感を露わにした顔だった。
だが、それを感知出来ないのがここの住人達だ。麗奈に生き生きと語りかける
――爆弾娘の
ツインテールに童顔。小柄な身体は、一見無垢な美少女に見える。だが、ここの住人でそんな者がいるはずがない。
顔に似合わない下品な話でどんな雰囲気でもぶち壊す美少女であった田崎志帆は、もともとは有名な子役タレントだった。
両親の再婚で二人目の父親となった男に誤った性教育を濃密に施され、ロリコンのプロデューサーやタレントを喰って出世するという異色の出世方法でたちまち裏社会の有名人となった。
子供ならではの倫理観の欠落。暴挙には拍車がかかり、某大物司会者と痴情のもつれが生じた折に、幼女と中年のセックス動画をSNSで発信するという、前代未聞のリベンジポルノで彼のキャリアにピリオドを打った。
当然の如くそのような蛮行は世間から受け入れられる事もなく、あるのかないのかさっぱり分からない精神疾患の病名を診断されると、志帆は芸能界はもとより人間の世界から隔離されていった。
だが、隔離された者が人里離れたところで暮らそうが更生する補償などない。
――彼らは、決して反省などしないのだ。
世間体や親という足枷を無くした志帆は、より一層好き放題生きるようになった。
夏休みの自由研究では爆弾を作った。特に理由などない。やってみたかっただけだった。爆弾はハート型にしてロリコン教師にプレゼントした。
教師はその晩提出された自由研究によってお星さまになった。美少女にこんな形で昇天させられるとは、さしものロリコン教師も思っていなかっただろう。評価する人間がいなくなり、志帆の自由研究は0点になった。
この監獄は恐怖で支配されている。それが局所的にあるだけでは足りない。支配するためには、恐怖で全体を覆いつくす事が肝要となる。そのためにおしゃべりな志帆は織井兄弟にとって便利な
「でね、その霊の招待なんだけど……」
志帆が嬉々として話を続ける。麗奈はぞんざいに「うん」と促す。もうこいつは止まらないと匙を投げたのだろう。
「なんていうか、刈田がそうらしいんだよね」
「えっ……」
言葉を失う麗奈を無視して、志帆は話を続ける。
「あのさ、あの織井兄弟って超こわいじゃん。それでね、この前新入生の鬼塚ってやつに負けた事に対してすごい怒ってたらしいんだ。それで『俺の顔に泥を塗りやがって』っていう感じで、どうもタマを切り落とされたっていうのが本当らしいの」
「こわっ……」
想像しただけでおぞましい。
生きたまま睾丸を切り落とされる苦痛とはどのようなものなのだろう?
自分には知りえないのに、麗奈は身震いがした。
言われてみればあれ以来、刈田は学校に来ていない。一説には心の問題と聞いていたが、まさかカットマンがカットウーマンにされてしまったのだろうか。バットを奪われたバットマンのようで、もの悲しさが未発達の胸に去来した。
「たださあ、なんていうか、麗奈ちゃんを目の前にして言うのもなんだけど……」
志帆が表面上だけ申し訳なさそうに言う。控え目な笑顔に隠された嗜虐的な目。世にいう魔性の女が持つ怪しさだった。
「新入りにやられるなんて、なんていうか、シメられて当たり前っていうか、そういう風になったってしょうがないよね」
「えっ……」
麗奈は息を呑んだ。常識的な感覚なら睾丸を切り落とされた犠牲者にいくらかの同情を覚えるものだろう。だが、この女は違う。
一見無垢な少女。だが、その双眸には人を痛めつける事への悦びがまったく隠されずに現れているような気がした。
この女は人を傷付ける事を愉しむ――妙な革新が麗奈の胸に降ってきた。
誰も口にしないにしても、突然やって来てはカットマンこと刈田刃を倒した
『どうしよう。わたしも実はピンチなのかも』
麗奈は思い悩んだ。
目の前でニコニコ笑う志帆。だが、彼女がいつまで友好的でいるのかはまるで保障出来ない。むしろ、隙を見ては刺してくる可能性の方が高い。かといって
――どちらに付くのが生存的なのか。
打算を浮かべている自分に気付いて嫌悪感を覚えた。こうやって自分も嫌な大人の仲間入りをしていくのか。
――と、長い思索に耽っているうちにすっかりと志帆の存在を忘れていた。
慌てて、その場の発言を繕う。
「とにかく、わたしはケンカをする人はイヤかな、なんて」
「だよね」
志帆が苦笑い。いくらかバカにされているようにも感じた。
「麗奈ちゃん」志帆に両手を握られる。
「どんな事があっても、わたしだけは麗奈ちゃんの味方だよ。だから、わたしの事を信じてね」
「うん」
棒読み。絶対嘘だと思った。
私だけはあなたの味方だよ――裏切り者が好んで使う常套句。このような発言をする者は大体がろくな奴じゃない。麗奈は経験でそれを知っていた。
「これ、お近づきのしるしに」
志帆はハート型の箱をくれた。リボンでラッピングされていて、一見バレンタインチョコにも見える。
「それじゃあ、あとでね」
投げキッスを残して、志帆は去って行った。
麗奈はしばらくチョコを眺めて、さっきからずっと卑猥な熱視線を注いでいる同級生に「食べる?」と訊いた。
同級生は頼んでもいないのに何回も首振り人形のように頷くと、チョコを手に取って小走りにどこかへと走っていった。どうやら違う意味でオカズにするつもりらしい。
直後に、爆発音と悲鳴が上がる。
同級生はイったらしい。違う意味で。
「やっぱり……」
志帆から渡されたのは爆弾だった。
少しも驚かなくなってしまった自分が、闇の世界に馴染んでいくようで嫌だった。
――やはり、
子供らしからぬ打算。だが、それぐらいの器量が無ければここでは生きていけない。
麗奈はひとまず生き残ろうと思った。
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