口約束

「麗奈って女だけど、まだ鬼塚のアキレス腱ってほどじゃないみたい」


 田崎志帆は少し前とは別人のような無表情で麗奈とのやり取りを報告する。冷たい目。動きの少ない表情。それは人間として大事な何かが欠落している者に共通する特徴だった。刈田の敗戦を近くで観て、恥さらしの粛清を提案したのは志帆だった。


 織井おりい憤怒れいじは貯水タンクに寄りかかり、無言で缶ビールを呷りながら聞いていた。


 屋上の貯水タンク。


 どこのクソガキも共通して秘密基地として選び、中学生になると頭の悪いカップルが人知れずセックスを試みて、教師に見つかりこっぴどく怒られる場所。


 織井兄弟率いる地獄兄弟ヘル・ブラザーズもこういった場所を秘密基地として選ぶのはふつうの子供と大差無い。


「あの鬼塚っていうバケモノ、相当強いわよ」


「ビビったか」


「まさか」


 鼻で笑う憤怒れいじに志帆は強気な口調で返す。


「恐れられていたとはいえ、刈田は所詮女の子の服を切り刻んで喜んでいるだけの変態よ。そんな奴と一緒にしないで」


「あの鬼塚もずいぶんな巨漢らしいが、奴を倒せると思うか?」


 挑発するような憤怒れいじの口調に、志帆は両目尻を釣り上げた。


「わたしだってバカじゃない。あんな筋肉ゴリラと正面から殴り合うつもりはないわ」


 志帆はブラウスのボタンを一つずつ外すと、ブラの中から粘土状の固形物を取り出した。ブラの内側で固められていたせいか、乳房の形が粘土の内側にそのまま残っている。


「わたしのアダ名はC4よ」


 志帆が少し口角を上げると、近くで爆発音がした。


 彼女が仕掛けた爆弾だった。


 志帆は全身に爆弾を抱えている。文字通りの意味で。


「勝ったらわたしと結婚してくれる?」


「ああ」


 棒読み。だが、その空疎さは志帆に届かない。


「勝てばな」


「本当? やった!」


 志帆の顔が一気に明るくなる。


 目の前の男が取る態度が適当にセフレをあしらうそれだとも気付かずに。


「わたし、憤怒れいじのためだったらどんなに悪い事にも手を染めるよ。あなたに愛されるなら、都庁だって、国会だって、オリンピックだってみんな爆破してあげる」


「そうか。楽しみだ。しくじるなよ」


「うん」


 志帆はブラ代わりに使っていたC4を残したまま去って行った。


 憤怒れいじは無言で拾い上げ、校庭へ投げ捨てる。


 数秒後に爆発音がして、「気を付けろ、ユーたち」という声が聞こえてきた。ローリー近藤の近くに落ちたらしい。


「やべえな。あの女」


 時間差で本音が漏れる。


 自分の恋を成就させるために何人でも不幸に出来る――ある意味、テロリストよりも身勝手な存在でもある。自分が奪われたら絶望の淵に叩き落とされるであろうものを平然と他人から奪える。それは究極の悪党の条件であり、織井兄弟率いる地獄兄弟ヘル・ブラザーズの構成員として生きていくための重要な要素ファクターだった。


 あの爆弾娘がどこまでやるのか。


 憤怒れいじは夕日を見ながら、七本目の缶ビールを開けた。

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