最凶の転校生
掃き溜めとしか表現のしようがないここには、毎日のように転校生がやって来る。もっと言えば、社会から隔離されてきた手の付けられない不良がほとんどだ。
――またろくでもない奴が来る。
脳裡にゴシック体の文字が横切る。某動画サイトのように。
「さあ、来てくれ。みんなに自己紹介だ」
促されて、一人の男が教室に入って来る。その刹那、騒がしかった教室が静まり返る。
音もなく部屋へ入る男。身長は優に一九〇センチはありそうな巨漢で、分厚い胸板に、いかつい両拳にはバンテージがガチガチに巻いてあった。その双眸は鋭く、修羅の道を歩んできた者が持つ、仄暗い闘志が虹彩の中で燃え上がっていた。昭和ならアダ名がケンシロウになりそうな少年。ファンタジーの世界とは程遠い武骨さ。嫌な意味で異世界にいるのを実感せざるをえない。
「小学生じゃないよね、明らかに」
誰もが持っていた事を代表してひとりごちる。目の前の男は、闘志が旺盛過ぎて格闘技界を追放になった男と言われた方がしっくりくる風体だった。
「今日からこのクラスの一員になる
妙に含みのあるセリフを残すと、ローリーは麗奈の隣の席へ座るよう促した。鬼塚は無言で席に着く。機嫌の悪い大御所レスラーみたいだった。
「よ……よろしくね」
どちらかというと歓迎しないと殺されるという思いで放たれた挨拶は当然のように無視される。怒りさえ湧いてこない。ただただ恐怖しか感じなかった。
『ちょっ……この人、こわいんですけど』
脳内で本音を漏らす。声に出せば、何をされるか分かったものではない。
「お……鬼塚君は、どうしてこの学校に来たのかな?」
「……
『やべーなこいつ』
麗奈は心中ひとりごちた。
誰が見ても堅気じゃない。というか、そもそもこいつは本当に小学生なのか。一九〇センチを超えそうな身長で窮屈そうに学習机に座る
まずい事って何なんだ。殺人か。放火なのか――。
目の前の生き物を子供とみなすのには無理がある。
見た目は大人、中身は子供の逆コナン君の間違いじゃないのか。目の前の光景を見たら誰だってそう毒づくに違いない。
授業が再開される。というか、どこからが授業で何の科目をやっているかも怪しい。教師のローリーは恐ろしく汚らしい字で英語の板書をはじめた。スペルが滅茶苦茶に間違えている。Today is good day――死ねばいいのにと思った。
板書の最中、ローリーのスマホが鳴った。美少女ゲームのテーマソングだった。
「もしもし、みるくちゃん?」
先行きの不安になる発言を残して、教師は通話しながら教室を出ていく。そのまま戻る事はなかった。
――自由過ぎる。
驚きを通りこして呆れる。
麗奈は確信した。
ここにいる奴ら、全員ヤバいと。
どうしよう。
これ以上ないくらい麗奈の心境を表している五文字。
今までは知らなかった。世の中には、その日を生きられるかどうかに怯えて暮らす人もいるのだと。そして、自分がいつその一人になってもおかしくはないのだという事を。
このままここにいれば、周囲の不良に何をされるか分からない。今日
視線を感じ、そちらを見やる。歯の黄色くなった
怯えて、身をすくめる。だが、明らかにオッサンにしか見えない少年達は、麗奈に接近する瞬間を今か今かと待ち構えているようだった。まるで、獲物に飛びかかるタイミングを計っているハイエナのようだった。
「おい、新人」
ドスのきいた声。全身が震えた。
声のした方を見ると、敵対的な表情を無理くり笑顔にしたような男が立っている。異常に発達した僧帽筋。半ズボンの下に見えるふくらはぎは馬のように発達していて、スネ毛も無いせいか無駄に美脚だった。
「新参者のくせに友達へ挨拶をしないなんて見上げた根性だな、ああ?」
言いながら、両手に持つハサミをチョキチョキやっている。また明らかにやべえ奴がやって来た。
男は麗奈のスカートをつまみ上げると、何の脈絡もなくハサミで切れ目を入れはじめる。
「ひいっ……!」
麗奈はフリーズした。恐怖。誰だって堂々とスカートを切り裂かれる経験はした事がないだろう。ハサミはザクザクとスカートを切り裂き、スリットから下着が見えるようになった。恥ずかしさよりも、恐怖の方が勝った。
目の前の
だが、社会的には許容されないはずの存在が、ここでは赦されていた。
男は麗奈のスカートをズタズタにすると、満足そうにその切れ端をポケットに押し込んだ。そういう性的趣向なのだろう。
恐怖。麗奈の心臓が波打つ。羞恥に頬を染める間もなく、その恐ろしさに声も出ない。
この男は何をするか分からない。次は乳首をハサミで切り落とされてしまうかもしれない。そう思わせるだけの狂気があった。
何も言われなくても、麗奈にはこの男がなぜ社会から隔絶されたのかが理解出来た。この存在は社会で許容出来ない。だから隔離したのだ。誰が見ても一目瞭然だった。
スカートの切れ目からパンツが見える。ハサミ男は、じっと目を細めていた。
「いや……いやぁ……」
か細い声。せめてもの抗議。だが、それは変態を悦ばせる演出以外の何物でもなかった。ハサミ男は勃起していた。
麗奈の脚が震える。初めて見る異常な性癖。とっくに精神面の許容範囲を超えていた。
「助けて、鬼塚君……!」
ついさっき知り合ったばかりの
鬼塚はつまらなそうな眼でじっとハサミ男を見ている。特に押しのけられるわけでもないので、麗奈は鬼塚の背後に回り込んで、盾にした。
ハサミ男が邪悪な目で嗤う。口角を上げながら、両手に持ったハサミをチョキチョキし続けている。水槽の中でずっと口をパクパクしている金魚みたいなリズムで。
「挨拶か」
「あ?」
ふいに鬼塚が呟いた。
ハサミ男が眉間にシワを寄せる。ふいに目つきが鋭くなった。
「ゴミにする挨拶なんかねえよ」
静まり返る教室。
「なんだとコラ?」
ハサミ男が詰め寄る。ごろつき達が面白がってはやしたてる。
その刹那、轟音とともにハサミ男が吹っ飛んだ。一回転して、壁にぶつかって止まる。
教室が再び静まり返った。
沈黙の中、鬼塚が静かに立ち上がった。
「挨拶が遅れて悪かったな」
無表情で言う。その背中には殺気が揺らめいている。
殺すぞ――背中がそう言っているのを初めて見た。
「やってくれるじゃねえか」
奇襲を受けたハサミ男が立ちあがる。鼻血が垂れて、気持ち悪さを一層際立てていた。
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