獄童アイソレーション
月狂 四郎
ろくでなしの巣窟
「わたし、生きられるのかな……?」
絶望――脳裡に浮かぶ言葉。目の前の光景を見れば、それも仕方のない事のように見える。
授業中だというのに教室の中心が地下リングさながらに空けられて、その中で角刈りとスキンヘッドが殴り合っている。周囲には耳に鉛筆を挟んだ同級生が、馬券を売るようにどちらが勝つか賭けをしている。角刈りに賭けた輩は、タバコを片手に一升瓶の日本酒を呑んでいた。
お世辞にも治安の良いとは言えない光景。だが、問題はそこではない。壇上で「静かにしなよユーたち」とぞんざいに注意をする教師以外、ここにいるのはすべて小学生だった。
公立獄門小学校――日本中の悪ガキを世間から隔離するために設立されたという、アルカトラズ島さながらの監獄。全国で手の付けられないクソガキはここへ集められ、根性を叩き直されるか、より一層タチが悪くなった状態で世間へ放たれる。
麗奈はそもそもいいところのお嬢様だった。肩まで伸びた艶やかな髪。大人びた顔立ちは小学生のそれとはとても思えない。育ちのいい子役タレントと言われれば信じそうな風貌だった。
私立小学校にいた時の制服をそのまま着回しているが、その上品な見た目もここでは明らかに浮いている。
人生とは前触れもなく激変する事がある。つい最近までの人生は幸せだった。
だが、ある事件を境にその日常は大きく狂い始める。
麗奈の父親は霞が関の高級官僚だった。順風満帆のキャリア。そのままそつなくキャリアを重ねていけば、国の中枢を任されるほどの実力を持っていたのは間違いなかった。
だが、
官僚の関係者に北の某国と癒着している不届き者がいた。売国奴はその某国を通じ、覚醒剤を密輸して国内の暴力団に横流ししていた。実地では下っ端ヤクザとバイトに任されてことが行われていたが、ある日になって関係者が一気に逮捕される。政変を狙う野党側の執念が実ったのだった。
いくら盤石の与党でも、スキャンダルに曝されたらひとたまりもない。
警察の厳しい追及に耐え切れなかったバイトは、あっさりと首謀者である官僚の名前を吐いた。
だが、ことはそれで終わらない。
首謀者と言われた官僚は内閣府の関係者だった。このまま事件が
求められていたのはスケープ・ゴートだった。
罪をなすりつけられても抵抗せず、その呵責に震える事の出来る善良な生け贄――その条件に当てはまるのがたまたま麗奈の父親だった。
運が悪かったとしか言いようがない。
だが、運命というものはしばしば苛烈になる。
すべての罪をなすりつけられた麗奈の父親はあえなく逮捕。何も知らない妻は精神的なショックから廃人状態になった。
娘の麗奈は、世間からその存在を隠蔽するため、文字通りの島流しに遭う事となった。
日本某所の海に浮かぶ孤島。獄門小学校はそこにある。犯罪者の子供と言われてイジメに遭うのを避けるため、もしくは犯罪者の父親に育てられた幼き心を再教育するため――聞くにたえない、でっち上げの理由で麗奈は極悪人の巣窟へと編入する事となった。同じ状況になって絶望しない者はいないだろう。目の前にいるのは、スモールライトで無理くり小さくされたような生粋の極悪人ばかりなのだから。
円形状に空けられたスペースでの殴り合いが白熱する。角刈りが右ストレートを打ち下ろすと、顎に喰らったスキンヘッドがぐらつき、尻餅をついた。
――ダウンだ。
だが、これはテレビでやっているような公式試合じゃない。潰し合いだ。角刈りが追撃のアッパーを打ち込むために走り込む。動けないところで顎を砕いてやろうという算段らしい。
スキンヘッドはそのまま後ろに身体を倒し、アッパーを目の前で空振りさせる。バランスを崩したその刹那、角刈りのベルトを掴んで自分の方へと引き倒す。
もみ合いながら身体を入れ替え、マウントポジション。スキンヘッドが上になる。イキった顔で下から腕を振り回す角刈り。だが、人間の構造上その拳は届かない。
スキンヘッドが一瞬だけ麗奈を見た。これから秘密の宝物でも見せるような表情。その薄気味悪さに鳥肌が立った。
鉄槌――
上から、左右から、武骨な拳が角刈りの顔面を打ち付ける。拳の
スキンヘッドが舌を出しながら殴りまくる。何度も放たれた拳は、角刈りの頭を床に叩きつけてはバウンドさせていった。角刈りの動きが止まる。人形の電池が切れたみたいに。
レフリー役を買って出た同級生が割って入る。勝敗は明らかだった。 沸き立つろくでなし達。馬券が宙を舞う。倒された角刈りはピクリとも動かない。ストレッチャーに載せられて、そのまま保健室へと運ばれて行った。
「なんなの、ここは」
誰にも聞こえない声で呟く。
麗奈がここに来て二日。重症を負って運ばれて行ったのは三人目だった。
似たような賭け事で一人目の負傷者を見た時には、ショックが強すぎて卒倒した。そのまま精神的なダメージが大きすぎると帰ろうとしたところ、女子の同級生に介抱され、「ここでまともな人間でいようとするとおかしくなるから」とマリファナを嗅がされた。
甘い匂い。子供心に危険な薬物である気がしないでもなかったが、頭がぼんやりとして、余計な事を考えずに済んだ。同級生は「タバコみたいなもんだよ」と言っていたが、そもそも小学生がタバコを普通に吸っている事自体がおかしい。
さすがに刑務所をモデルにした学校だけある。存在そのものを隠匿された教育機関。売国奴と化した官僚の子供を口封じするにはうってつけの場所だった。
「今日は転校生がいるぞ、ユーたち!」
狂騒の中、まったく空気を読まずに教師のローリー近藤が明るいトーンで叫んだ。名前を略したらそのままロリコンになる怪しい本名の通り、前任の学校では
また転校生か。
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