第一章 勇者と灼熱の神
第1話 邂逅
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
薄暗い森の中を、一人の少女が走っていく。
全身傷だらけ、体のあちこちに火傷を負った痛々しい姿。衣服の端々は焼け焦げ、辛うじて服としての役割を果たしている。腰まで伸びる美しい金色の髪は、煤で黒ずんでしまっていた。
北へ。ひたすら北へと向かって走っていく。
やがて、体力の限界を迎えて一休みをする。息を整え、近くにあった水溜まりに近づいて水を飲む。幸いにも、水面は綺麗だったため問題なく飲むことができた。
それから、少女は木に体重を預けて大きく息を吸う。
「ふぅー……北に……ロミオス王国に……」
そう呟いて、ふと少女は思った。
「……あれ? どうして私、ロミオス王国に? ……というか、ロミオス王国って?」
ここまでの記憶が欠如していた。どこから、どこを通ってここまで来たのかを思い出せない。自分が何者かも分からない状態だった。
どうにか少しでも思い出そうと、頭をフル回転させる。やがて、少女の脳裏にとある映像が浮かび上がってくる。
だがそれは、決して少女が望むようなものではなかった。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁっ!!」
恐ろしい光景を思い出し、思わず頭を抱えてしまう。
焼け落ちていく町。命が燃える臭い。肌を焦がす熱気。迫り来る異形の化け物。親しかったであろう人たちの悲痛な叫び声。
これ以上ないほどの地獄の様子が、鮮明に浮かんでくる。それ以上は怖くなり、少女が思い出すことをやめる。意識を現実に引き戻すため、樹に頭をぶつける。
額が切れて血が流れる。その血を拭おうともせず、少女は体を縮こまらせた。
自分の体を抱くようにして震える。恐怖で歯の根が噛み合わない。ガチガチという音だけが静かな森にこだまする。
魂に焼き付けられた恐怖は、絶望は、そう簡単に払拭できるものではない。少女の意思とは関係なく溢れ出す大粒の涙。
恐怖で呼吸が速くなる。過呼吸になった少女は、苦しみでその場に倒れてしまった。震える声で、言葉を絞り出す。
「誰か……誰か……助け……て……」
その時、少女の近くの茂みが揺れた。ゆっくりと音のするほうへ顔をむけると、一人の青年が歩いてくるところが見えた。黒髪に凛々しい顔立ち。俗に言うイケメンの部類に入る端正な青年だ。
「君は……!? 怪我してるじゃないか! 早く来てくれマリア!」
「どうしたの? ……わっ! 大変!」
青年に続いて、僧侶風の女性が現れる。細長く煌めく銀の髪を風に揺らし、慈悲深い目をした彼女。あと、胸が大きかった。
彼女は、少女の額に手を添えて魔法を唱えた。
使ったのは回復魔法。魔法の効力により、少女の傷がみるみる癒えていく。額の切り傷だけでなく、全身に負った火傷までも治癒されていった。
僧侶風の女性が笑顔になる。どうやら治療は終わりのようだ。
「うん、これでよし」
「良かった。……ところで君は? どうしてこんなところに?」
青年が尋ねてくる。少女はその問いに答えようとするが、不可能だった。なにせ、ここまでの記憶は一切ない。
「ごめんなさい。自分でもよく分からなくて……」
「記憶喪失か……これは困ったな」
「……あっ、でも……」
少女の脳裏に浮かんだとある言葉。それがなんなのか、本能的に理解した。
「レティーア……私はレティーアっていいます」
かろうじて思い出せたのは……名前。自分の名前だった。
一瞬だけ呆けた青年と女性だったが、やがてレティーアが自分の名前を名乗ったのだと分かると笑顔で手を差し出した。
「そうなんだ。僕はアキト。よろしくね、レティーア」
「わたくしはマリアといいます。よろしくお願いしますね」
差し出された手を取るレティーア。二人の前で立ち上がり、土埃を払う。それから、お礼と挨拶を兼ねて頭を下げた。
アキトがレティーアに頭をあげるように促すと、レティーアはそれに従う。それから、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえば、お二人はどうしてこんな森に?」
「ああ。僕たちは冒険者だからね。ギルドから依頼を受けてきたんだ」
「依頼?」
「大規模なゴブリンの群れが出たって聞いたんです。それで、私たちがその討伐を」
「ゴブリンキングが率いていたから、苦労したけどね。リーネが頑張ってくれたよ」
「リーネ?」
「おっと、噂をすれば」
アキトが後ろに振り向く。ちょうど、一人の少女が歩いてくるところだった。
黄色の髪をツインテールにし、純白の防具に身を包んだ彼女。身の丈に合わないような白銀の大剣を担ぐわんぱく少女、といった様相だ。
現れた少女はアキトに話しかける。
「あたしの噂? なに話してたのよ」
「いや、なんでもないさ」
「そう? あれ? そっちの女の子は?」
「彼女はレティーア。怪我してたから、マリアに治してもらったんだ」
「へぇ~。あたし、リーネ。よろしくレティーア」
フランクに話してくれるリーネに、戸惑いつつもレティーアが応じる。
互いのことを少しは知れたので、アキトが早速次の行動に移った。さすがに、こんな魔物が出る森のど真ん中にレティーアを置いてはいけない。
「じゃあ、とりあえず町まで移動しようか。僕たち、パイオンって町に帰るんだ」
「パイオン……あの、私、どうしてかロミオス王国に行かなくてはならなくて……」
「ロミオス王国? なら、この森もロミオス王国の領内だよ。パイオンの町もロミオス王国の町だから、付いてきなよ」
アキトたちがレティーアに手招きをしている。これ以上ここにいても仕方ないし、自分に親切にしてくれるアキトたちを信じてレティーアは付いていくことにした。
四人は一緒にパイオンの町へと帰っていく。
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