未知の島

福基紺

未知の島

 S県ではA湾の埋め立てのために、M山から土砂を持ってくることになった。しかし山には人がいなくなって久しい廃村跡があったので、一応S県主導で廃村の調査が行われた。その調査に、国立S大学の早見教授に師事する考古学部の学生である有野も参加していた。廃村には蜘蛛の巣だらけで鼠が走り回っている様なオンボロ小屋や井戸があるばかりだったが、蔵と思われる建物の中から木板に描かれた地図が見つかった。それは島であろうかと思われたが、いったいどこの島なのかが有野にはまるで分からなかったので、地理にも詳しい教授のところへ持ち帰った。有野も手伝いながら地図を調べていくと、どうやら1200年も前に描かれた物だということが分かった。暗所に保管されていたおかげで状態は良かったので、地図の裏側に描かれていた年号は容易に読み取れた。この地図は大きな発見になるかもしれないと有野は直感した。

 いつ描かれたのか、ということがすぐに分かった一方で、1週間、1ヶ月と経ってもこの地図の島がどこに浮かんでいるのかは分からなかった。有野は大学の仲間に、教授は他の大学の教授とか世界中の地学者や考古学者に島について尋ねたが、誰もその島に心当たりは無かった。教授は自ら廃村に赴いたり、たくさんの論文を読み漁ったりしたが、どこにも島の謎を解き明かすヒントは見つからない。有野と教授は頭を抱えた。

「ウーン、一体どこの島なのでしょう」

「視点を変えてみる必要があるのかもしれない。ああ、そうだ有野君、ありったけの昔話を調べてみよう」

「え、昔話ですか」

「もしかすると、あの島は実在していないのかも知れないよ。神話か何かに出てくる島を描いている可能性もある」

 それを聞いた有野は「教授ときたら、何て頭の柔らかい人だろう!」と非常に感心し、文学部の教授や友人に様々な神話や昔話を教えてもらった。しかし有野の感動に反して、島の存在を示唆する様な話は一つも見つからなかった。実在島について触れている話が無いわけではなかったが、そのどれもが地図の島と特徴が一致しないのである。2人はまた、別なアプローチを考えなければならなくなった。

 未知の島の地図に悩まされ始めてから半年ほど経った頃、教授のもとに一つの連絡があった。教授の親戚である腕利きの技術者の桐谷が、物の過去を見ることができる特別なスコープを開発したということだった。教授は早速、桐谷を大学に呼び寄せた。

大荷物で大学に現れた桐谷は、オペラグラスのようなスコープを自慢げに掲げて有野と教授に説明を始めた。

「このスコープでものを見れば、それが作られた時の様子を見ることができるんです。ずぅっと見ておれば、完成するところまで分かるんですよ。」

「そりゃすごい物じゃありませんか。お売りにならないんですか」

 有野が身を乗り出して言うと、桐谷は首を振って「私の目的はお金じゃありませんから」と答えた。

「私の肩書は技術者であって発明家じゃありません。発明をお金にしたいなら発明家になっていますよ。それに、私は見ず知らずの人間の役に立ってやろうと考えられるほどできた人間でもないのです。そういう訳で、このスコープは早見君たちにしか紹介しません」

 有野は早見教授が桐谷と知り合いであることの幸運を喜んだ。きっと、無理に仲良くなろうとしたってなれっこない人だろうという事は今の短い会話だけでもよく分かった。桐谷は納得した顔の有野の手にスコープを握らせて「さ、さ」と声をかけた。

「そら、どうです、この鉛筆なんかを試しにご覧になってください」

 お金のためでないなら本当に優れたものに違いない、と信じた有野は、勧められるままスコープを覗いた。机に置いていた鉛筆をジッと見つめていると、なんと、鉛筆はパッと消えて、代わりに大きな木が生えた。有野は驚いて「わっ」と声を上げ、桐谷は嬉しそうに笑い声をあげた。

見ているうちにチェーンソーを持った人がやって来て木を切り倒し、倒れた木は重機で運び出されていくつかに切り分けられた。木材は工場の中に持ち込まれ、鉛筆に加工されていった。炭素の加工の様子も見せられて、ついに鉛筆が完成した。

「いや、これはすごい。桐谷さんは素晴らしい発明の才をお持ちなのですね」

 感激した様子の有野は思わず桐谷に握手を求めた。桐谷は満更でもない様子で有野の手を握り、教授を見遣った。

「ね、考古学をやってる人には大変お役立ちでしょう」

「本当ですよ、早見教授。これがあれば何だって分かる様になりますよ」

「さ、どうですか早見君。君、何か見たい物はありませんか」

 正直者の有野の反応を見ていた教授は納得した様子で、島の地図を出した。桐谷は見るからに古い地図に期待が高まる様だった。

「これは1200年前の地図なのだけど、そんなに前でも大丈夫かな」

「もちろん!このスコープから全体が見えるなら何だって大丈夫ですとも」

「ヤ、それはすごい。ではひとつ覗いてみよう」

 教授はスコープで地図を見た。

 地図はパッと消えて、有野が鉛筆を見た時と同じ様に大きな木が生えた。そして、あの廃村の人々と思われる男たちが懸命に木を切り倒し、手作業で木を細かく切っていった。そこへ、兄弟かと思われる2人の子供たちが現れた。

「その木板、一枚くれない?」

「ああ、一枚くらいなら構わないさ。何に使うんだい」

「秘密!」

 教授は驚いて、桐谷を見た。

「桐谷君、1200年前だっていうのに話してる言葉が分かるじゃないか」

「そりゃあ分からなくっちゃ意味が無いじゃないですか!私は大変な苦労を重ねて、言葉は全部現代日本語になる様に工夫したんです」

 桐谷は得意げな顔で言った。教授は感心して、スコープを再び覗いた。

 子供たちは板を持って、蔵の中に駆け込んだ。手には筆が握られていて、板に何かを書き付けようとしているようだ。教授は、この子供たちが地図を描いたことに非常に驚いた。と言うのは、A湾からは島など一つも目視できないからだ。現在の地学や地理学では2000年前もほとんど同じ状態だったと言われているし、この子供たちが島を実際に見る機会があるとは思われなかった。神話の線が有力かな、と教授が思い始めた時、子供たちは板に歪な線を描いた。それは正しく、島の海岸線だった。いったいどんな話が元になっているのかな、と教授は期待を膨らませていたが、子供たちは迷いなく筆を走らせた。

「そうだね、ここに大きな道を通そう」

 今の子供の言葉は全体、どういうことかしら。教授は驚いた。今の言い方では、もともとある物を書き起こそうとしていると言うより、まるで自分の願望を語る様なものだった。

「ここには川が通っていると素敵だよ」

「島の真ん中では米がたくさん採れることにしよう」

 子供たちは代わる代わる理想を語りながら地図に様々な物を描き足していった。そして、満足すると「完成だ」と言って板の裏側に日付を書きつけた。子供たちは板の地図をしばらく眺めて様々な理想の生活について語り、また遊ぼうと言って地図を蔵の中にしまった。子供たちの口からは、ついぞ神話のことなど出なかった。

 果たして、未知の島とは子供たちの空想の島であった。

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未知の島 福基紺 @Naybe_Lemon

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