入学式:顔合わせ

ミリア「じゃあ、早速紹介するわね。こいつはヒイロ。血は繋がってないけど私の弟よ」

 ミリアは目でヒイロに挨拶しろと命令した。


ヒイロ(はい、お姉さま、仰せのままに)

 ヒイロは即座に姉のアイコンタクトを理解し、行動に移した。遅延は許されないのだ。


ヒイロ「初めまして、マリア・クロダ。僕はヒイロ・ゼファール。元はミリア姉さんの遠縁の親戚なんだけど、事情があって養子に入ったんだ。どうぞよろしく」

マリア「よろしくお願いします」

マリア(うわ~。なんて爽やかな美少年なんだろう?さっきの校門に居た人といい。この学園にはイケメンが多いんだな~)


ミリア(よし、本来出会う場所とは違うけどヒイロとの出会いのイベントも無事終了っと、次はロイドね。マリアの服を汚さずに会わせたかったけど、結局、汚れてしまった。まあ、本来のイベントが発生するだけだし、さっさと終わらせよう。あ、噂をすれば良い所に)


 青い髪青い目水のように流れる長髪の美少年ロイドは、大絶賛片思い中の相手、この国の宰相の娘フレア・ビスマルクを探していた。玄関付近の廊下を行ったり来たりしてフレアが登校するのを待っていたのだ。このロイドも攻略対象の一人で、ライバルは当然フレアとなっている。


ロイド(フレアは何処に居るんだ?今日から登校するはずだから玄関付近に居れば会えると思ったのに……。もう教室に入っているのか?朝7時に登校して待っているというのに……)


 ちなみに、始業時間は朝の8時からなので、ロイドは1時間もフレアを待っている事になる。


ミリア「ロイド~!こっちこっち~」

ロイド(あれは、ミリア様、それに弟のヒイロも居る。あと、なんだ知らない少女も居るな)


ロイド「どうされました?」

ミリア「ああ、ロイド。お願いがあるの、この子の服の汚れを綺麗にしてくださらない?」

ロイド「ええ、良いですよ。ミリア様の頼みとあらば、喜んで」

マリア(ひぇ~。また美少年!今度は優しげな人だ……)

ロイド<集え水の精霊、土の精霊を排除せよ>


 ロイドが魔法を唱えると、指先に小さな魔方陣が出現し、手のひらサイズの水色の半透明の乙女が現れた。乙女は、マリアの服の汚れに向かって飛んで行き、汚れをひとなでした。すると、マリアの服の汚れは綺麗に消えた。


マリア「わぁ~。ありがとうございます」

ロイド「お礼ならミリア様に、私はミリア様の願いを叶えただけですから」

マリア「ミリア様、ありがとうございます」

ミリア「礼には及ばないわ。だって、その服、あなたのご両親が、この日の為に衣装屋さんから借りてきた大切なものでしょう?綺麗にしておかないとね」

マリア「はい!ありがとうございます」

マリア(あれ?服の説明してないのに何で知ってるんだろう?これも預言者としての力かしら?)


 マリアは疑問に思ったが、それを口には出さなかった。


ミリア「紹介するわね。こちらロイド・クルセイド。2年生で私たちの先輩。教会の最高司祭の息子よ」

マリア(最高司祭の息子!あわわわわ、さすがゼファール家、知り合いがとんでもない!)

マリア「マリア・クロダと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

ロイド「そんなに緊張しなくても良いよ。最高司祭の息子といっても、私はただの学生だ。最高司祭の地位は世襲制ではないから、私自身はそれほど偉くはないんだ。だから、気楽にロイドと呼んでくれ」


マリア(なんて謙虚な方なんだろう。優し気な風貌に偉ぶらない姿勢、尊敬できる方だ。村の教会に居たら、どんな悩みでも相談しちゃいそう)

ミリア(ま~ったく、プレイヤーとして見てた時は、謙虚で優しくて綺麗で良い奴って思えたんだけど、フレアの親友の立場になったら、イライラする!その調子でフレアにもスマートに接しなさいよ!)


ミリア(さて、フレアも紹介したいけど、姿が見当たらないわね。ゲームなら、ここで、挨拶に来るはずなんだけど……。さては、怖気づいて隠れて居るな?)


 ミリアの予想は当たっていた。茶髪茶目で眼鏡を付けたお下げの少女フレア・ビスマルクは、ミリアたちの様子を柱の陰に隠れながら伺っていた。


フレア(ああ、どうしよう6時に来てロイド様に挨拶しようと思って隠れてたんだけど、隠れているうちに出れなくなっちゃった……)


 フレアは恋愛に奥手だった。ロイドに好意があるものの、それを表に出せないでいた。フレアとロイドは両思いだった。だが、二人の恋が実らないのには訳がある。それは、ロイドも奥手だったからだ。

 どちらかが、好意を示せれば交際に発展する事は間違いないのだが、互いに奥手なために、まともに会話する事も出来ずに、出会ってから10年、何も進展することが無かった。


ミリア(アランに探させて、引っ張り出したいところだけど、姿を隠しているアランに話しかけたら独り言いってるようにしか見えないんだよね。そうなるとマリアを余計怖がらせることになりそうだから、一旦呼び出そう)


ミリア「アラン。姿を現しなさい」

アラン「畏まりました」


 アランが姿を現すと、マリアは驚いた。


マリア(ひぇ!突然男の子が現れた!これが噂に聞く『ゼファールの死神』なのかしら?)

ミリア(丁度いい。フレアを紹介する前にアランも紹介しておくか、本当はお茶会で紹介するつもりだったけど問題ないでしょう)


ミリア「マリア、紹介するわ。彼はアラン。私の護衛よ。普段は私の学園生活を邪魔しないように姿を隠して護衛してくれているの。だから、私が独り言を言ってたらアランに話しかけてるって思ってね」


アラン「お初にお目にかかります。マリア様。私はゼファール家の家臣、アラン・シェード。どうぞよろしく」


 アランは淡々とした口調で無表情でロボットのようにマリアに挨拶した。


マリア「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

マリア(なに?この子、やばい感じがする。分かる、私はこの子に勝てない。元冒険者のおっとうに鍛えられ、村では一番強い私が、勝てないと感じている。これが噂に聞く『ゼファールの死神』で間違いなさそうね。いつか手合わせをお願いしたいな……)


ミリア「アラン。お願いがあるんだけど、全部私に言わせる気?」

アラン「千日手案件でしょうか?」

ミリア「そう、千日手案件よ。とりあえず。会わせて」

アラン「承知いたしました」

ヒイロ(ああ、ロイドとフレア様の両想いプロジェクトの事か……)


 10年進展しなかったフレアとロイドの二人だが、親友であるミリアと、婚約者のアルト、使用人のアラン、弟のヒイロ、妹のクレア、その他関係者全員が奥手すぎて進展しない二人を幸せにするためのプロジェクトを『千日手案件』という暗号で、共有していた。その発案者はミリアだった。


アラン<深みへいざなえ闇の精霊、我が姿を隠せ!インビジブル>

ロイド「千日手案件ってなんのことだい?何度か聞いたことがあるんだけど」

ミリア「気にしないで、アランとチェスをしているの」

ロイド「そうなんだ」

ロイド(何気に凄いな、一流の棋士は頭の中だけでチェスを指せると聞いたが、ミリア様とアラン君も一流なんだな……。あれ?でも、指し手を言ってないような……)


アラン(さて、フレア様は柱の陰か、軽く背中を押すだけで良さそうだな)

フレア(なに?何かに押された!あっ、出ちゃった。どうしよう見つかった!何を話すんだっけ?そうだ、まずは『おはよう』だ。『おはようロイド。今日から同じ学園の生徒だね』と言うのよフレア!言うのよ!)


ロイド(あ、フレアだ!あんなところに居た!よし、声をかけるぞ!あれ?何故だ声が出ない。クソッ、昨日あんなに練習したのに……)


ミリア(あ、これ、いつものやつだ。緊張のあまり、声も出せない状態だ。仕方ない。助け舟を出すか)

 ミリアは、この状況に慣れていた。いつもロイドはフレアに声をかける事が出来ず。フレアもロイドに声をかける事が出来なかった。


ミリア「あ、フレア~。おはよ~。今日から学生だね♪」

ヒイロ(姉さん。フレアにはすごく優しいよな~。その優しさの1%で良いから僕にも優しくしてほしい)

フレア(ミリア!おお心の友よ!ありがとう)

フレア「おはよう!ミリア!今日から同じ学園の生徒だね」

フレア(ミリア相手なら言えるのに、なんでロイド様には言えないの~)

ミリア(そのセリフ、主語をロイドに変えて言えよ……。そして、ロイド。挨拶するなら今だぞ?)


 ミリアはロイドに目配せでフレアに声をかけるように圧をかけた。


ロイド(ミリア様が、私にくれたチャンスを無駄にはしない。言うぞ!今日こそは言うぞ!フレア!私の想いを受け取ってくれ!)

ロイド「おおおおおおおお、おはようフレア、今日もいい天気だね)

ミリア(0点、フレアの外見を褒めなさいよ。今日の為に、用意した豪華な衣装、そして、いつも付けていないイヤリングと指輪とネックレス。それにコンプレックスだったソバカスも化粧で消してきている。なんで、そこを褒めないの?バカなの死ぬの?アルトを少しは見習いなさいよ!)


フレア「おはよう。ロイド、本当にいい天気ね」

フレア(ああ、ロイド様が話しかけてくた!嬉しい!)

ロイド(よし!フレアに話しかけられた!やったぞ!私はやったのだ!)


 当事者同士は、これで満足なのだが、お膳立てをした方からしたら、要求のレベルが低すぎて、成功とは言えない状態なのに、本人たちは成功していると思っているからたちが悪いのである。


マリア(ああ、この二人、両想いなんだ。なのに奥手すぎて進展してないんだ。ミリア様、少しイライラしてるけど、二人を幸せにしたいみたいだ。なんか分かるな~。この二人、幸せになって欲しいと思う要素がいっぱいある。貴族でも農民でも奥手な人を見たら手助けしたくなるのは同じなんだな……。私、ミリア様好きかもしれない)

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