ラブ・リツ・バトル

ババババ

本文

「絶対にかなたんのお尻触ったでしょ!!」

「だから小生は触ってないといっているでしょう……」

 ミヤモトは突然降りかかったトラブルに辟易していた。満員電車とは日本で一番トラブルに近い場所であり、危険地帯である。もちろん痴漢は許されざる行為ではあるが、今回は全くの冤罪だったのもあり、ミヤモトは繰り返し、繰り返し身の潔白けっぱくを訴えていた。


 周囲の人間も騒ぎに集まりだした頃、駅員が駆けつけて来た。方々ほうぼう騒ぎ立てるゴスロリ系の服を着た女はそれでも騒ぎを止めることは無かった。

「どうかなさいました?」

「この男痴漢なんです!早く逮捕してください!」

「駅員さん、さっきからずっとこうなんです。どうにかしてくださいませんか?」

 駅員はこちらを疑うような顔つきをしていたが、話を聞いてくれようとしてくれていた。なんとか良い駅員と出会えたのだろう。ありがたい。

「だから、こいつが、お尻を……」

「小生は触ってないと言っているでしょうが」

「だから!こいつが!手で触って来たの!」

「私は左手で吊革に捕まってましたが?」

「右手が空いているでしょ!」

 そこで、ああと思い、右手を握り引っ張る。すると、ミヤモトの右手はガチガチと音を立てながら引き抜けてしまう。流石に駅員や女も驚いた様子で目を白黒させていた。


「当方、義手でして。数年前、事故で手首から先を落としてしまい、この様な姿になってしまいました」

「でも……義手を押し付けて興奮してたんじゃないの!!」

「それもあり得ませんね。こんな何も感じない手を押し付けて何になりましょうか」

「でも……だって……」

「それに小生、電車に乗るときは基本的に右手を体から離さないように気を付けています。だれかをケガさせるわけにはいきませんので」


 そこでようやく駅員が止めに入る。

「まあまあ、誤解の可能性もありますから、今回は後日話し合いと言う事にしては……」

「嫌っ!絶対触ったもん!なんでこんな噓つきの味方ばっかするの!」

 駅員はどうしようもなく困った顔をしている。

らちがあきませんねぇ……」

「こうなったらやってやるわ……”決闘”よ!」

「ほう……?」

 ミヤモトの眉が吊り上がる。


 世界的な大富豪が大手SNSを買収した後、SNSには新機能が追加された。それは”決闘(duel)”だった。SNS上にある、決闘アイコンをタップするとQRコードが表示され、お互いに読み取ることにより決闘が始まるという機能であり、もはや討論により解決が付かない場合の最終手段であった。しかし、決闘に負けることと言うのは、社会的な信用を失う事と同義であり、かつ、人気も失うため、諸刃の剣である。

「小生は、娘だからとて、手加減は致しませんよ?」

「望むところ!ボコボコにしてやるし!」

「それでは……あの……合意と見てよろしいですね?」

 二人は互いを威嚇しながら、返事をした。

「では、ここに決闘の開始をぉ、宣言させて頂きます……」

『ただいま、6番線ホームにて、決闘が宣言されました。大変危険ですので、各ホームのシェルターへご避難下さい。尚、シェルター内にて、各種配信をご覧に頂けます。』

 決闘により、ホーム上に各種カメラが配備される。決闘は一台コンテンツとなり、決闘配信はそれだけで食べていける程の一大事業だった。


「「”決闘!!!!”」」

 誰もいなくなった駅に二人の叫び声が響く。かなたんはヘッドドレスを口元まで下ろすと、ゴスロリが戦闘形態へと姿を変えていく。ゴスロリとは彼女にとっての武器であり、強固な鎧とも成り得る恐ろしい装備だった。このような能力はアカウント作成時になぜか全員が使えるようになるのだった。

鯱歯の怪人バラクラバァァァ・・・・・・!!!」

 ゴスロリはもはや漆黒のプレートアーマーのように彼女を覆っていた。明らかに頑強そうな防具と、ティペットから伸びた鋭利な爪、破壊に特化するかのように歪に変形したピンヒールが凶暴性を物語る。もはや口元から除く八重歯のみが彼女であったことの証明となっている。


「成る程……狂戦士の様ですね……」

 ミヤモトは義手を着けなおす。

「どの程度理性が残っているのでしょうか……?聞こえませんか」

 かなたんはうなり声をあげるのみで、反応などは帰って来ない。

「しかし、本能のみで戦場に立つとは、戦士としてあまりにも未熟……。あなた、小生との相性最悪ですよ。」

 ミヤモトは義手を掴み、目の前に掲げる。その所作はまるで、神にでも祈っているようであった。

千手祈刀プレイフォビア……」

 勢いよく義手を引き抜くと、義手には月光の様な輝きの刃がついていた。これこそが彼の能力であり、彼の存在が生み出した、唯一無二の刃だった。

「修行の上、己の未熟さ故、切り落とされた右腕。そこに刃が宿るとは皮肉な物でしょう」


 言うが早いか、彼女は叫び声をあげ飛び掛かる。野性的な動作から、左右の爪の連撃が襲い掛かってくる。ミヤモトは刀で器用に受け流し、懐へ潜り込む。粗野な連撃ではミヤモトをとらえることはできない。

「まずは、その腕を貰いましょう……」

 勢いよく右腕に向かって刃を振り上げる。その刃はかなたんの腕を切り落とすことは無く、まるで鉄でも切りつけたかのような音を出してドレスに阻まれる。

「なるほど。思ったより硬いですね。元がドレスであるため、継ぎ目を狙う事も出来ないか」

 分析のため、数歩下がったミヤモトだが、かなたんは距離を離すどころか、追撃の構えをとる。

 斜に刃を構えるが、瞬間、かなたんの姿が消える。目端にかろうじて映った彼女は武器の無い右手側から襲い掛かってきていた。

 大きく体を捻り、角度をつけて切り上げる。かなたんは勢いのまま真上へ弾かれる。数瞬の攻防であったが、ミヤモトの顔には傷がつけられていた。


「意外と頭も冷えているようですね……?その暴れようは演技ですか?まさか刃の死角から攻撃してくるとは……」

 かなたんは図星をつかれたからか、大きくしな垂れた体を伸ばし、口を大きく開き笑って見せる。

「気付くのはや~!達人じゃん!」

「これくらい気付きますよ」

「いや、でもマジですごいよ!大体ここまでの攻防で勝ってるからさ~ここまで食い下がられるの初めてかも!」

 気の抜けた言動さえも、こちらを油断させるための罠かもしれないと、ミヤモトは構えを解かず、先より警戒した目を向ける。

「おじさん流石~でも、これはどうするのかな!!」

『まもなく6番線に快速、翔肯行きが参ります』

 かなたんは、ホームを飛び越える。ホームを快速電車が通過すると、そこに姿は無かった。


 電車が行き交うなか、ミヤモトは完全に姿を見失った。しかし、焦ってはいなかった。一番素早く動けるよう、脱力した姿勢を取った後、全神経を聴覚へ集中させる。今度は微かに後ろからピンヒールが地面を踏みつける音が聞こえる。反応するミヤモトだったが、かなたんはすでに刃を避けるように右手側へ跳躍する。

「義手側が死角でしょ!あんたは!」

「残念。こちらは死角でもなんでもありません」

 這うような姿勢で襲い掛かってくる彼女を、ミヤモトは無い腕で思い切り叩きつける。

「この手は”砲”です……」

 彼女の胴体を殴りつけた姿勢のまま、右前腕に力を込めると、耳をつんざくような爆裂音と共に、仕込み砲が火を噴いた。


 有利な位置へ引いたミヤモトは、爆発による土煙の中で何かが動くのを捉えた。

「呆れた……、あれほどの爆発を食らって生きているとは」

「いった~!!むかつく仕込み!もう怒った!」

 全身の鎧が流動するかのように、爪が姿を変えていく。それはもう爪とは言えず、身の丈程もある大太刀となっていた。

「むかつくから、次で決めるわ……」

「刀の勝負というなら……望むところです……」

 ミヤモトは義手を繋ぎ、腰を落とし、居合の姿勢を取る。砲を使い、刃に威力と速度を与える必殺の構えであった。

 雷の様な轟音と共に、二人は粉塵の中へ姿を消した……。


『両者引き分けのため、両名のアカウントがシャドウバンされます』

 駅のホームに座り込んだミヤモトのスマホが機械的に告げる。すでに満身創痍であり、義手も粉々になってしまっていた。かなたんはと言うと、自慢のドレスを破かれてしまい、塵塗れをなってしまっていたが、仁王立ちのもとミヤモトを見下ろしていた。

「ありがとねおじさん!すっきりしたわ!」

 ミヤモトは自嘲じちょう気味に笑う。

「いえ、小生も自分の実力を再確認する機会を得ました」

「なに~かなたんが弱かったってこと~?」

 悪戯いたずらに笑う彼女の顔にはもう、先ほどの様な凶暴性は無い。

「違います……。あなたの様な強者にも渡り合えて、満足しているのです」

「ふ~ん……。及第点の誉め言葉ね!」

 そういうと駅のホームを歩き去っていく。数m程度進んだあと、あっと何かを思い出し、こちらを振り返る。

「かなたんのアカウント、フォローしてね!検索すればすぐ分かるハズだから!」

 今度こそ彼女は去っていった。ミヤモトは彼女の強さを思い出しつつ、また静かに微笑んだ。

「あなた、シャドウバンされてるでしょ……」

 SNSの新機能はこのように特殊でドラマチック出会いを生んだが、実装して数か月後には決闘罪に抵触するとして、廃止となってしまう。当然である。

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