「帰りたくないんだ」
ずっと嫌だった写真。
拒み続けたカメラを、今は自分から受け入れている。
「珍しい、東町君が写真だなんて」
「……ちょっと最近はまっちゃって」
「ふふ、ほんとに多趣味なのね」
あれから。
2~3枚の写真(日本国宝)が、今俺の携帯には入っていた。
かのんちゃんに風邪をひかせるわけにもいかないので、とりあえず家に入る事にしよう――
「――?」
その時。
どこか、視線を感じた気がする。
「東町君?」
「あ、ちょっと背中に視線的なやつが……」
「……誰も居ないわよ? ふふっ。その髪色なら幽霊なんて絶対寄ってこないわ」
「そうだね(無敵カラー)」
ま、気のせいだろう。
「いちにー! はやく!」
「イエスマイロード」
「ちょっ、かのん急かさないの」
「ははは」
「そういえば、もうこんな時間。東町君は大丈夫なの? 明日一応学校よ?」
心配そうにそう言う彼女。
暖かい光をバックに、優しい声が響いていて。
「今日は、帰りたくないんだ」
思わずそんな言葉を言ってしまった。
「……ぁ。あ、ど、どうしましょ」
「な、なんちゃって(犯罪者)。もうすぐ帰るよ」
「と……泊っていけば良いじゃない」
「え?」
びっくりした。
一応俺、生物学上は男なんだけど(童貞)。
まあ今更か! 前も泊ったからね!
「あの! その、かのんが楽しみにしてるのよ。この前のお泊りからずっとうるさくて」
「はは……それはそれは(感涙)」
「どう?」
そうか。
そうだよな、もう――“次の日曜日”を過ぎたら、女友達の家に泊まるなんて無理かもしれない。
「着替え、取ってくるよ」
☆
☆
――ピコン!
部活終わり。
夜ご飯を食べて……少し一人が寂しくなった頃。
□
彩乃『今から家に東町君が来るの 桃も来るかしら』
桃『いく』
彩乃『はやいわね……』
□
即決だった。
……というかわたしが行かなきゃ、あやのんといっちが二人っきりじゃん!
そりゃかのんちゃんも居るけど!
「いっちとは、最近話せてないし……」
良い機会だとは思う。
家族とのいざこざがあってから、どうしても考え過ぎていっちとは話せていなかった。
今日こそは、ゆっくり話そう。
「お風呂入らなきゃ……!」
☆
で。
「わっ!?」
「あ。初音さん」
二人っきりの空間は危ない!
そう思って、急ぎ足であやのんの家に向かった途中。
玄関から、いっちが出てきた。
「え、あれ、いっち? もう帰っちゃうの……?」
「はは、実は泊まる事になって。着替え取りに行くんだ」
「! そうなんだ……」
あやのん、もしわたしが来れなかったらどうするつもりだったの?
……二人っきりでお泊り?
だめでしょ!
危機感無さすぎ。いっちって男なんだよ?
それも、一応彼は彼女を好き“だった”わけで……。
まあ彼がそういう事する人とは思ってないけど。
万が一という言葉もあるし!
なんにせよ、あぶなかった~。
「?」
「あー。えっと、いっちは元気ですか?」
「はは、うん。元気だよ」
何を話したら良いかわからず、初級英会話みたいな変な質問をしてしまう。
「その、大丈夫……?」
「……うん。どうなるかは分からないけど」
恐る恐る問いかける。
親友とはいえ、家族の問題に踏み入れるのはおこがましい。
こんなこと初めてだから。
これまで、家族仲がいい人しかあってこなかった。
どうしたらいいか、分からない。
こうやって、辺り触りのない事しか言えない自分が嫌だ。
「そ、そっか」
「うん」
わたし……もしかしたら臆病になっているのかもしれない。
“嫌われたくない”から?
親友なのに?
「……じゃあ行くよ。良いかな?」
「あっ、と、止めてごめんねいっち。後で、その。待ってるから」
たどたどしく、声を紡ぐ。
変に緊張しちゃって、顔が熱い。
「――うん。じゃ、また後で」
でも、そんなわたしを気にしない様に。
去り際、笑ってそう言って。
それだけで、とても嬉しくて。
「うんっ!」
久しぶりに、いっちとの時間が待っている――
「……大丈夫だよね」
――はずだから。
走っていく彼の背中を見て、聞こえない様呟いた。
☆
☆
家の中でうずくまる。
思い出すのは、さっきの光景。
《――「じゃあ、あと十秒後に撮ります……」――》
小さい子供と。
《――「東町君も、ほらこっち寄って?」――》
《――「りょ、りょうかいです」――》
《――「貴方が言い出したのに、緊張し過ぎよ」――》
びっくりするぐらいの美人と、玄関前で写真を撮っていた。
《――「写真、いやだ。きらいだし……」――》
昔は――ずっとそう言って拒んでいたのに。
一緒に撮ろうって言っても、嫌な顔しかしていなかったのに。
《――「ごめんね二奈。俺は端に寄っとくからさ」――》
《――「撮りましょうよ一兄。せっかくのクリスマスパーティーなのに」――》
《――「ごめん。写真だけは……」――》
いつでも彼は、それを拒んだ。
小さい頃も。大きくなった後も。
私と写真を撮るときだけは!
「……なんで、なんでよ……」
この部屋にあるはずの彼のアルバム。
最後のページ。抜き取ってある一枚の写真。
向こうの家、私室に飾ってあるそれは、一兄と私の二人だけで撮ったもの。
大体の写真はママの隠し撮りだけど、その写真だけは彼がカメラのレンズを向いている。
家族全員で彼にお願いして、ようやく取れた一枚。
アメリカに飛び立つ前日――その日だけは、一兄は写真を許してくれた。
『控え目のピースサイン』。
慣れていないそのポーズと共に。
苦しく、無理矢理笑う彼の姿が映っているそれと――
「……全然、違うじゃない……」
ポーズは同じ。
でも“彼女達”と撮る時の笑顔は、全然別物。
《――「うん。最高の一枚だ……」――》
《――「もうっ大袈裟過ぎ」――》
そう、言っていた彼は。
彼女と笑っていた彼は。
きっと――心の底から笑えている。
「……うぅ」
見なければ良かった。
あんな事、しなければよかった。
――知らなければよかった。
「……馬鹿よ、私。本当に何やってるのよ」
駄目だった頃のままだと、勝手に思い込んでいた。
いつも一人だった、情けない兄のままだ思っていた。
“彼女達”といる時の表情は、私が知っている彼と違う。
「アルバムも、捨ててる」
代わりにあるのは――
『ポロ上級』
『ポロの隠された真実〜あの頃の遊牧民に迫る!〜』
『もっと! 乗馬のコツ(ポロ篇)』
「――意味分かんない本ばっかり!!」
叫んでも、虚しく部屋に響くだけだ。
そこにあるのは馬にのって棒で玉を飛ばす……変な人達が載っている。
危ないでしょ。馬から降りてやりなさいよ!
理解出来ない!!
……ふざけないで。
あのアルバムは、私との写真の数々は、それ以下の価値だとでも言いたいの?
「こんな。こんな――わけ分かんない馬乗りアイスホッケーよりも!?」
拳を握り締める。
目の前の本を、睨み付けながら。
「……うぅ。もうやだぁ……」
そして我に返る。
最低だ、私。
めちゃくちゃに人の部屋を勝手に漁って。
彼の読む本を侮辱して。
勝手に失望して。
勝手に泣いて。
「……前のおにいちゃんに、戻ってよ……」
ずっと隣に居た一兄がもう、自分とは全く違う世界に居るという事実。
彼が私を見る事はない。
私と遊んでくれる事もない。
小学生の時はあんなにベッタリだったのに。
中学から、突然私から離れた一兄。
一人だけで残ると言ったあの日。
彼が「もう二奈が居なくても大丈夫だから」なんて言ったあの日。
そんな言葉は、すぐに彼から取り消すと思っていたのに。
意地を張って、日本に帰ることもせず。
「……帰ってきてよ。おにいちゃん――」
その
「――二奈?」
聞こえたのは、彼の声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます