「帰りたくないんだ」



ずっと嫌だった写真。

拒み続けたカメラを、今は自分から受け入れている。



「珍しい、東町君が写真だなんて」

「……ちょっと最近はまっちゃって」


「ふふ、ほんとに多趣味なのね」



あれから。

2~3枚の写真(日本国宝)が、今俺の携帯には入っていた。


かのんちゃんに風邪をひかせるわけにもいかないので、とりあえず家に入る事にしよう――



「――?」



その時。

どこか、視線を感じた気がする。



「東町君?」

「あ、ちょっと背中に視線的なやつが……」


「……誰も居ないわよ? ふふっ。その髪色なら幽霊なんて絶対寄ってこないわ」

「そうだね(無敵カラー)」



ま、気のせいだろう。



「いちにー! はやく!」

「イエスマイロード」


「ちょっ、かのん急かさないの」

「ははは」


「そういえば、もうこんな時間。東町君は大丈夫なの? 明日一応学校よ?」



心配そうにそう言う彼女。

暖かい光をバックに、優しい声が響いていて。



「今日は、帰りたくないんだ」



思わずそんな言葉を言ってしまった。



「……ぁ。あ、ど、どうしましょ」

「な、なんちゃって(犯罪者)。もうすぐ帰るよ」


「と……泊っていけば良いじゃない」

「え?」



びっくりした。

一応俺、生物学上は男なんだけど(童貞)。


まあ今更か! 前も泊ったからね!



「あの! その、かのんが楽しみにしてるのよ。この前のお泊りからずっとうるさくて」

「はは……それはそれは(感涙)」


「どう?」



そうか。

そうだよな、もう――“次の日曜日”を過ぎたら、女友達の家に泊まるなんて無理かもしれない。



「着替え、取ってくるよ」






――ピコン!


部活終わり。

夜ご飯を食べて……少し一人が寂しくなった頃。



彩乃『今から家に東町君が来るの 桃も来るかしら』

桃『いく』

彩乃『はやいわね……』




即決だった。

……というかわたしが行かなきゃ、あやのんといっちが二人っきりじゃん!


そりゃかのんちゃんも居るけど!



「いっちとは、最近話せてないし……」



良い機会だとは思う。

家族とのいざこざがあってから、どうしても考え過ぎていっちとは話せていなかった。


今日こそは、ゆっくり話そう。



「お風呂入らなきゃ……!」





で。



「わっ!?」

「あ。初音さん」



二人っきりの空間は危ない!

そう思って、急ぎ足であやのんの家に向かった途中。


玄関から、いっちが出てきた。



「え、あれ、いっち? もう帰っちゃうの……?」

「はは、実は泊まる事になって。着替え取りに行くんだ」

「! そうなんだ……」



あやのん、もしわたしが来れなかったらどうするつもりだったの?


……二人っきりでお泊り?


だめでしょ!

危機感無さすぎ。いっちって男なんだよ?

それも、一応彼は彼女を好き“だった”わけで……。


まあ彼がそういう事する人とは思ってないけど。

万が一という言葉もあるし!


なんにせよ、あぶなかった~。



「?」

「あー。えっと、いっちは元気ですか?」

「はは、うん。元気だよ」



何を話したら良いかわからず、初級英会話みたいな変な質問をしてしまう。



「その、大丈夫……?」

「……うん。どうなるかは分からないけど」



恐る恐る問いかける。

親友とはいえ、家族の問題に踏み入れるのはおこがましい。


こんなこと初めてだから。

これまで、家族仲がいい人しかあってこなかった。


どうしたらいいか、分からない。

こうやって、辺り触りのない事しか言えない自分が嫌だ。



「そ、そっか」

「うん」



わたし……もしかしたら臆病になっているのかもしれない。


“嫌われたくない”から?

親友なのに?



「……じゃあ行くよ。良いかな?」

「あっ、と、止めてごめんねいっち。後で、その。待ってるから」



たどたどしく、声を紡ぐ。

変に緊張しちゃって、顔が熱い。



「――うん。じゃ、また後で」



でも、そんなわたしを気にしない様に。


去り際、笑ってそう言って。

それだけで、とても嬉しくて。



「うんっ!」



久しぶりに、いっちとの時間が待っている――



「……大丈夫だよね」



――はずだから。


走っていく彼の背中を見て、聞こえない様呟いた。






家の中でうずくまる。

思い出すのは、さっきの光景。



《――「じゃあ、あと十秒後に撮ります……」――》



小さい子供と。



《――「東町君も、ほらこっち寄って?」――》

《――「りょ、りょうかいです」――》


《――「貴方が言い出したのに、緊張し過ぎよ」――》



びっくりするぐらいの美人と、玄関前で写真を撮っていた。




《――「写真、いやだ。きらいだし……」――》




昔は――ずっとそう言って拒んでいたのに。

一緒に撮ろうって言っても、嫌な顔しかしていなかったのに。



《――「ごめんね二奈。俺は端に寄っとくからさ」――》

《――「撮りましょうよ一兄。せっかくのクリスマスパーティーなのに」――》

《――「ごめん。写真だけは……」――》



いつでも彼は、それを拒んだ。

小さい頃も。大きくなった後も。

私と写真を撮るときだけは!



「……なんで、なんでよ……」



この部屋にあるはずの彼のアルバム。

最後のページ。抜き取ってある一枚の写真。


向こうの家、私室に飾ってあるそれは、一兄と私の二人だけで撮ったもの。

大体の写真はママの隠し撮りだけど、その写真だけは彼がカメラのレンズを向いている。

家族全員で彼にお願いして、ようやく取れた一枚。

アメリカに飛び立つ前日――その日だけは、一兄は写真を許してくれた。


『控え目のピースサイン』。

慣れていないそのポーズと共に。

苦しく、無理矢理笑う彼の姿が映っているそれと――



「……全然、違うじゃない……」



ポーズは同じ。

でも“彼女達”と撮る時の笑顔は、全然別物。



《――「うん。最高の一枚だ……」――》


《――「もうっ大袈裟過ぎ」――》



そう、言っていた彼は。

彼女と笑っていた彼は。


きっと――心の底から笑えている。



「……うぅ」



見なければ良かった。

あんな事、しなければよかった。



――知らなければよかった。



「……馬鹿よ、私。本当に何やってるのよ」



駄目だった頃のままだと、勝手に思い込んでいた。

いつも一人だった、情けない兄のままだ思っていた。


“彼女達”といる時の表情は、私が知っている彼と違う。



「アルバムも、捨ててる」



代わりにあるのは――



『ポロ上級』

『ポロの隠された真実〜あの頃の遊牧民に迫る!〜』

『もっと! 乗馬のコツ(ポロ篇)』



「――意味分かんない本ばっかり!!」



叫んでも、虚しく部屋に響くだけだ。

そこにあるのは馬にのって棒で玉を飛ばす……変な人達が載っている。

危ないでしょ。馬から降りてやりなさいよ!

理解出来ない!!


……ふざけないで。

あのアルバムは、私との写真の数々は、それ以下の価値だとでも言いたいの?



「こんな。こんな――わけ分かんない馬乗りアイスホッケーよりも!?」



拳を握り締める。

目の前の本を、睨み付けながら。



「……うぅ。もうやだぁ……」



そして我に返る。


最低だ、私。

めちゃくちゃに人の部屋を勝手に漁って。

彼の読む本を侮辱して。


勝手に失望して。

勝手に泣いて。



「……前のおにいちゃんに、戻ってよ……」



ずっと隣に居た一兄がもう、自分とは全く違う世界に居るという事実。

彼が私を見る事はない。

私と遊んでくれる事もない。


小学生の時はあんなにベッタリだったのに。

中学から、突然私から離れた一兄。

一人だけで残ると言ったあの日。


彼が「もう二奈が居なくても大丈夫だから」なんて言ったあの日。

そんな言葉は、すぐに彼から取り消すと思っていたのに。

意地を張って、日本に帰ることもせず。



「……帰ってきてよ。おにいちゃん――」



そのかすれたつぶやきと共に、手のひらに涙が落ちて。



「――二奈?」



聞こえたのは、彼の声だった。


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