尾行
これは正しい事だ。
貴重な休日を捧げて、彼を“尾行”する事は。
私が見た光景は――その価値があるものだった。
「……」
始めは、見間違いかと思った。
むしろ、見間違いと思いたかったわ。
だけど――“あんな”髪色、間違えるわけがない。
目を覆いたくなるような、ふざけた髪色を。
そして、彼が学校から女二人を引き連れて出てきたのも間違いだと思いたかった。
一人はヤンキーの様な見た目。
一人はギャルみたいにキャピキャピした見た目。
「一兄……」
それを見ても私が出ていかなかったのは、彼女達と兄が楽しそうに話していたから。
……嘘だと思った。
中学までは友達一人居なかった彼が。
正反対の様なあの二人と仲良くなるなんて。
もしかしたら――彼は違うと言ってたけど――お金を渡して、とか。
そう思ったけれど、彼女達の表情からはそんな風に見えなくて。
そして、それを信じれなくて。
☆
喫茶店の中。カレーとコーヒー(カフェインレス)をたしなみながらその様子を眺めぼんやりと考える。
我ながら馬鹿だと思うわ。
普通なら時間の無駄だ、16時に一兄を観察し続けて――今は18時。
もう既にカレーは食べ終わり、コーヒーは三杯目。
でも、正解だった。
なにやらまた兄が着替えて、出掛けたらと思ったら今度は……クラブだった。
アメリカじゃ結構家族でも入ったりするらしいけれど、私は入った事がない。
《――「俺は大丈夫だから」――》
そう言った彼の面影は、もはや見る影もない。
もう、ただの遊び人だ。
変わってしまった。たった一年で。
一体何があったかなんて、想像もつかない。
したくもない。
ただ、後悔だけだ。
“私が、一緒に居ればああなってはいなかった”――
「――!」
そして、今出てきた。
例の茶髪のギャルと二人で。
女の方はテンションが高い様子で、一兄の方はそれに圧倒されているような様子。
二人とも――本当に、嘘みたいだけど。
仲が良いように見える。
それも、かなり。
「ッ……」
嘘だ。
絶対に、何かあるはず。
いいや。もしかしたら、あのギャルが一兄を。
「お会計、お願いします」
どこかへ行ってしまう前に、私はまたその二人をつけていった。
☆
「じゃあまた明日学校でね☆」
「うん、気を付けて」
「バイバーイ☆」
二人、駅で別れる。
兄の方は……そのまま駅の改札に入ろうとしていて。
「……」
路地裏の影から眺める。
もう19時――私なんかには似付かわしくないその場所。
ようやく立ち去る時が来たみたい。
「……はぁ」
理解しがたい行動に、落ち着かせる為大きくため息。
この一年半に――彼に何があったのか。
いいや、何が“あってしまった”のか。
分からないけれど。
もう、一兄を“一人”にはしておけない事だけは分かった。
「――ね。キミ、さっきから何してるの」
「ッ!?」
「バレバレなんだよね」
気付けなかった。
路地裏、出た瞬間に彼女は待ち構えていた。
「あ、貴方は」
「ふははっ。気付かないと思った?」
その声。
先ほどまで、一兄と一緒に居た女が居た。
「お話ししようか。とーまちの妹さん」
そんな彼女の笑う顔は、兄に見せていたモノとは違う。
怖い。
日本に帰ってきて、初めてそう思った――
「ま、歩きながら話そっか」
「……あ、貴方が、兄を」
「うん?」
「ッ。失礼、しました。兄とは……どんなお関係ですか」
「ふはは! 良いよそういうの。聞きたい事、直球で良いから」
問いただそうとして留まったら、それを読まれたかのように返される。
「リオ、大体目線で分かっちゃうんだよ。自分がどういう感情を向けられているのか」
「……ッ」
「キミ、リオの事嫌いでしょ」
笑ってそういう『リオ』。
ゾッとする表情だった。
まるで、全部見透かされている様な。
「……」
「はい、ってわけで何でも答えるよ☆」
「兄を……あんな風にしたのは、貴方ですか」
「ノー!」
「ッ……そもそも、貴方は兄の友達ですか」
「うん」
「!」
「リオはとーまちの事、だーい好きだよ。親友と言ってもいい!」
「な……ッ」
一転の曇りもない言葉。
それは、全く作っている様には聞こえなかった。
……正真正銘、彼女は一兄の事を――
「妹さんがどう勘違いしてるか分かんないけど、とーまちは君が思っているよりも魅力的だよ」
「ああそうだ。客観的に今の学校での彼を教えてあげようか」
「直近のテストじゃ学年一位で、目立つ髪色に反して振る舞いは模範生徒。学校で一番の美女と仲が良くて、休み時間はいっつも女の子に囲まれてるね――ふははっ! どう? イメージ通り?」
そんな、現実味のない状況を語る彼女。
《――「リオはとーまちの事、好きだよ。親友と言ってもいい!」――》
でも、その時の顔と同じだ。
つまり――全く、嘘は付いていない。
「とーまちは、もう君の知ってるとーまちじゃないよ」
「……う、嘘よ、そんなの!」
「嘘じゃない」
「ッ」
「それは君が、一番わかってるんじゃないかな。“妹”さんなんだから」
淡々と彼女は言う。
「ッ――もう、良いです。ありがとうございました」
「あら☆ まあいいや、ばいばい」
強引に話を断ち切って、私は駅に駆け込んだ。
《――「それまでは……俺と母さんはここには来ない。落ち着いて勉強もできないだろうからな」――》
「パパは、“私が来ない”とは言ってないからね。一兄」
あんなふざけた話を、信じられるわけもない。
だから――ポケットに仕舞った合鍵で、彼に問いただす事にした。
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