お願い


「おねーちゃんは凄いんだよ☆」

「そ、そうなんだ」



クラブを後にして、柊さんと歩く。

当然ながら彼女もVIPらしい。まあ姉妹だし……あれだけ仲良かったらそうか。



「リオなんかとは比べ物にならないぐらい色んな人と知り合いで、あのクラブだけじゃなくて色んなジャンルの店出してるんだ!」

「そ、そうなんだ(恐怖)」


「それも凄い売上らしいし! リオ達なんか吹いたら飛ぶぐらい☆」

「そうなんだ(俺=カス)」


柊さんが比べ物にならないって、どういうことだよ。

アレか? 歩いてる人全員と知り合いか? ありそうで怖いよ!


俺はギリひと桁居るぐらいだけどね(悲壮)。



「ほんっと、リオの憧れのおねーちゃんなの!」

「ははは。柊さんがそこまで言うなんてほんとに凄いんだね」



今までに見たこと無いような、羨望の眼差し。


凄いんだな羽織さん。

知り合いが多いこととか、出店が成功してることとか——もちろんそれは凄いことだけど。



「うん!」



同じ血の繋がった、その“妹”にこんな顔をさせる事が一番凄いと思う。


そしてまたそれが羨ましい。

きっと俺なんかじゃ、出来ないことだろうから。



「……そっか」



さっきまでのハオさんの事を思い浮かべる。

俺も、彼女の様になりたかった。


妹から慕われるような兄に。でも今を見れば、全くの逆だ。



「とーまち?」


「あ、ああごめん」



比べる事なんてしてはならない。

そうは分かっているけれど、頭の中に柊姉妹の姿が強く残る。



「じゃあまた明日学校でね☆」

「うん、気を付けて」


「バイバーイ☆」



既に時刻は19時。

輝く彼女の後ろ姿を目で追いながら――しばらく立ち尽くして。


まもなく、改札を潜った。



「……そう、だよな」



歩きながら呟く。


俺は、彼女の姉のようにはなれない。

誰からも憧れるような存在には。



《――「大好き!」――》



でも、そう言ってくれる人もいる。


友達と家族。

それは、天秤に掛けられるものじゃない。


どっちも大事だ。

だからこそ、答えなんてないんだ。

だからこそ、未だに迷うんだ。



「……今日は水曜日だったな」



ほんの少し、羽織さんに出会って心が軽くなった。

携帯を取り出して――ポチポチとそれを送る。



《――「でもそれを出す前に――周りに存分に甘えた方が良い」――》



残念だけど、家族には甘えられない。

でも友達なら。


ただ話したいだけ、そうかもしれないけれど。

……これが甘えるって事なのか。



「ああ、くそ」



昔の俺は、ずっと妹にそうしていた。

兄なのにだ。


そしてまた俺は、今彼女へ心配をかけている。



「ほんと、どっちが……」



その呟きは、誰にも聞かれない様に。





「! 一君!」

「あっ。お、お疲れ……(不審者)」



水曜日は本屋さんのバイトって言ってたよな、なんて思い出して連絡。

ビンゴだった。


それからは一緒に帰る約束。

の前に、詩織さんの店員姿を拝見する為に本屋さんへ(激キモ)。


……ってのは冗談で、もともと本を買う予定だったのだ。



「お待たせしちゃいましたか?」

「いいや。遠い、遠い――迫る夏の北海道を思い浮かべていたら一瞬だったよ(ポロ)」


「……?」



辺りは完全に暗くなり、もうすぐ20時。

それでも、彼女はまるで日向の様な雰囲気で迎えてくれる。


……山の神?



「最近は結構遅くまで働いてるんだね」

「はい! その、働くのも前より楽しくなってきて」

「そっか。それは凄いなぁ(眩しい)」



元々体力的には余裕だったんだろう。

あの山で遊んでから、それは知っている。

小動物的な可愛さに加えて、クマの様な力も持つ。


これが、地上最強の生物、椛詩織さんッッッッッッ!

完敗ッッ!!


全てにおいて、“レベル”が違うね。

次元上昇アセンションしても、俺はせいぜいただの人だ。



「えへへ……一君のおかげですよ」

「いやいやいや(早口)。俺はちょっとだけ背中を押しただけだって」



そんなこと言ってたら、後方で腕組んでドヤ顔しちゃうよ。

椛詩織はワシが育てた(不審者)。



「背中……」

「え」


「背、いつもより高くないですか……?」

「そうだった(今更)」


「よ、よく見たら、中々その、豪快というか」

「変でしょ?」

「かっこいいです!」

「うっ(照れ)」



目をキラキラさせて言う彼女。

……元々あった身長差が、とんでもない事になった今。


その上目遣い力は測りしえないモノになっている。

おいインフレ激しいって(少年漫画)。



「?」

「詩織さんと……出会えてよかった……(ここは俺に任せて先に行け)」



山から見える夕日は美しい。

しかしまた、夕日から見る山はもっと美しいのだろう(意味不明)。



「ぼ、僕もです……」

「(昇天)」



来世はドングリになりたい!





「って事があってさ」

「そ、それは……大変でしたね」



詩織さんと話していると、やはり落ち着く。

まるで大自然に囲まれている様だ。


……冗談はさておき、彼女の持つ雰囲気は凄い。



「ごめんね。話聞いてもらうだけで大分楽になったよ」

「い、いえ! ……その、実際に一君は何も悪い事はしてないので、気にしなくても良いと思います」


「……かな?」

「はい! ただ状況が悪すぎただけで」


「それは、そうだね。でも――」



“家族が今の自分を、受け入れてくれるとは思えない”


――そう言いかけて止めた。

きっと詩織さんは困ってしまうから。



「?」

「いいや。その――もしもの話なんだけどさ」


「は、はい」

「髪が虹色じゃなくても、詩織さんとは友達になれたかなって」


「!」

「あーごめん、深い意味は無いんだ」



言って思わず目を逸らす。

自分でも、なんでこんな事を言っているのか分からなかった。



「実は……僕……ずっと前から、一君の事は目にしてて……」

「え」


「一年生の頃から、ずっと図書室でお勉強していらっしゃったので」

「そうだね(悲壮)」


「それで……その、その時から仲良くなりたいとは、思ってました」

「そうだったんだ(歓喜)」



驚愕の事実である。

あの頃の俺に届けたい!!



「でもその、無理で……」

「 」

「あっいや! 話しかけるのが恥ずかしくて、その」

「それは俺もだね(陰)」

「くくっ。でもその、一君はいっぱい僕に話しかけてくれて……」

「はは……俺もかなり不審行為ばっかりしてたよね」

「そ、そんなことないです」



思えば、中々変わった過程だった。

そして、実はもっと前から――彼女は、俺を見ていたのか。


黒色の自分を。



「……一君は、凄いんです。それに髪の色は関係ないはず、です」



顔をゆでだこの様に赤くしながら、彼女は言う。



「つまりその、初めから……僕は、一君と友達になりたかったです!」



街灯がほんのり照らす夜道なのに、はっきりとそれが分かる程に。



「……そっか」

「は、はひ」


「ごめんね。変な事聞いちゃって」

「いえ……」


「元気出たよ。ありがとう」



そう――きっとそれは本当なんだ。

昔の俺を知っていても、なお仲良くなりたかったと言ってくれる事は。


……うん、彼女と会って良かった。


もう、良いんじゃないかって。

そう思えてしまうぐらいには。




「ごめん。ちょっとお願いして良いかな」

「?」




だから、もう少し甘えることにした。




「一緒に写真、撮って良い?」

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