世界、終焉シナリオ
スーツ姿のスタッフさん(3名)が、俺の前にコップを並べていく。
合計5つ。
中には、全て無色透明の液体。
俺は迷うことなくそれを口に入れる。
ちなみに、これで五個目。
「……」
「「「…………」」」
何だよこの状況、なんて突っ込む暇はない。
柔らかい喉ごし。
少し特徴的な香り。
一番の特徴は、この自然の甘み。
「……『丸抜山のミネラルウォーター』」
「「「!!!」」」
「どうですかね(震え声)」
「……ま、マジで当てちゃった……」
「ははは、全部特徴的なやつだったんでね(手のひら返し)」
今思えば、この二か月は水と共に生きてきた(当たり前)。日々で欠かせない水分というものに、意外と人類は拘りを見せない。
日本じゃ水道水が綺麗だから、それで十分といえば十分だ。
だが、日々摂取する水――純粋な天然水にすら、こんなにも種類がある。
それを少しずつ味わえば、いつの間にか魅了されていた。
コーヒーと天然水が常に隣に居た生活。
コレだけ聞くと、めちゃくちゃ俺……意識高そうな人みたい。
利き天然水、全問正解おめでとう。
VIP席で飲むいつもの味。
この新鮮味のない喉越しこそが、成功の証だと思う(コピペ)。
「ホントにサボってないんだ★」
「え」
「なんでもなーい」
「えぇ……」
「じゃ、最後にご褒美あげちゃおっかな――持ってきてちょ」
またしても指パッチン。
スタッフさんが奥からそれを持ってくる。
「!! な……う、嘘だろ……!?」
そして、一目見て鳥肌が立った。
まるで宝石の様なピンクの瓶が輝いて、中の液体に魅了される。
まるでクラブの光を飲み込む様に――美しく輝くその『水』を。
「ど……どこで、これを……!」
「フハハッやっぱ分かっちゃう? マジモンだねほんと――注いであげて★」
それは写真でしか見たことが無かった。
「……『フュリコ・ジュエリーウォーター・フロストプリンセス』……(完全詠唱)」
新しいワイングラスに注がれていくそれを眺めながら、その名を呟いた。
「こ、これそんなヤバいやつなんすかオーナー?」
「ただの水★」
「……(感涙)」
「泣いちゃった」
天然水界隈(勝手に作った)では伝説に近いそれ。
元価格は五万程だが、もう生産は停止。
手に入れようと思っても手に入れられない。
ブラックダイヤよりも価値がある(個人的意見)。
こんなもの、本当に飲んで良いのか……?
「良いよ★」
「! い、いただきます」
心を読まれたのなんてもうどうでも良い。
注がれたそれを、一口。
宝石の一雫が喉に流れていく――
「…………」
一滴も残さぬ様に。
コップを逆さまにして、全て飲み干す。
味わい尽くして――拳を握りこんだ。
……ああ。
本当に、この人はやってくれる。
「羽織さん」
「……なーに?」
「この“中身”は、何処にやったんですか?」
「!」
「――偽物ですよね、これ」
言い放つ。
スタッフさんと、羽織さんがこちらを見つめる。
「そんなこと言っちゃうんだ」
立ち上がる彼女。
途端に、ドス黒いオーラに包まれていく。
「飲んだこと無いんでしょ、それ★」
「……っ」
「ねぇ」
詰め寄る“覇王”。
例え偽物だったとしても、本物と納得させられる程の風格。
闇に飲まれる。それでも――
「――『フロストプリンセス』は、“中硬水”なんですよ」
「欧州の硬水と日本に多い軟水の中間に当たる水。今俺が飲まされたのは硬水です。飲みやすいものと入れ替えた様ですが」
「名前から勘違いされるかもしれないですが、れっきとした日本の水です。その中でも珍しい中硬水……“硬水”じゃない」
逆に詰め寄る。
この2ヶ月、己の舌を賭けて。
「――違いますか? 羽織さん」
空気が張り詰める。
「「「………………」」」
俺をじっと見つめる周りの目。
いつもの騒がしいクラブとは思えない雰囲気の中。
「……ククッ、フハハハハハハ!!!」
その中で彼女は笑う。
「ああ笑った笑った」
笑って、落ち着いた後に俺の方へと向き直って。
「大正解!!」
俺の視界は、真っ暗になった。
……今度こそ死んだ?
ママ助けて(来ない)。
☆
「ぎゅー★」
「グガ……ギ……」
視界が真っ暗になった。
死んだと思った。
そして今、俺は現在進行系で死にかけている(死)。
「ほんっとカッコいいんだから! もうサイコー★」
「ギガゴ……」
「お、オーナー死にますよ彼」
「.(来世は中性子になりたい。なぜかと言えば、中性的な顔ってモテるらしいからね。男らしい顔よりも女性に寄った可愛い系の方がモテやすいというのは、人間という生き物の複雑さをひしひしと感じ)」
「あっごめん」
「ッ!!!!」
く、空気が美味い。
あっヤバイやっぱり酔いそう。
ここクラブだからね(今更)。
「……フーフー……で、ジェリコの中身は……」
「それ貰い物★ ごめんけど昔に全部飲んじゃった。瓶だけ可愛いし取ってたんだー」
「(絶望)」
「で。今、大変なんだよね君」
「あ、ああ。まあ……なんで知ってるんですか?」
「ひみつ★」
「……というか、なんで水のことも……」
「ひみつ★」
「 」
この人ほんと、どっかから俺の事見てんじゃないですかね(困惑)。
そうとしか思えないけど……今はありがたい。
「家族、両親と妹が帰って来てて。日曜にまた会うんですけどね、どんな面して会おうかなと」
「別にそのままで良くない?」
「え……でもその、やっぱりこの髪色だと印象が悪いみたいで……」
「じゃあ戻せば良いじゃん」
「え」
「黒に戻して、“親が見慣れてる”元の面で会えば良いんじゃない?」
「……あ、まぁ。そう、ですよね」
笑う彼女。
全てを見通すような目。
「おいで」
そんな羽織さんが、腕を広げる。
まるで迎え入れる様に。
普段の覇気は無くなって、柔らかい雰囲気の彼女。
「え、いや。それは流石に——」
「もう少し君は周りに甘えた方が良い。ずっと親に頼らず頑張ってきたんだから」
「!」
「お前ら散れ★」
「「「ッス」」」
そう彼女が言えば、辺りに居たスタッフさんが消える。
客払いもしてるんだろう。
「こいこい」
羽織さんと二人きり。
優しい顔だった。
この人になら、全部任せても良いと思える様な。
だから、そのまま彼女の腕の中に。
ふわっと、心地良い香水の匂い。
「っ」
「いい子いい子〜」
「……どうして、ここまでしてくれるんですか?」
その疑問に。
彼女は、応えるように俺を抱き締める。
「言ったでしょ、私は君のファンだって」
「どんな事にも本気な君は、凄いし応援したくなっちゃうの」
「……だからこそ危なっかしくて、ほっとけないんだよね」
身を任せる中、聞こえる言葉。
「前の君に戻る事になっても、両親の為なら良いかなって思ってる。違う?」
「なぜなら君は、絶対に両親を安心させたい……そうでしょ?」
「普通は親が一人残る。それを振り切って、君が独り暮らしを始めたのはそれが理由でしょ?」
なんで、分かるんだ。
なんで、この人は。
「分かるよ。君みたいな危なっかしい子を、親がほっとくわけない」
「っ」
「フフッ、当たり前でしょ」
全部筒抜け。
だからもう、何も言えず。
「きっとそれに答えなんか無いよ。学校も親も友達も教えてくれない」
「どっちも正解なの。“黒”でも“虹”でも、君が悩んで出したのならそれが良い」
「でもそれを出す前に周りに存分に甘えた方が良い。落ち着いて、後悔の無い選択を出来るように。いいや違うか……“後悔が無くなるように”」
人に抱かれる事なんて、何年前の事か分からない。
人に抱かれるのが、こんなに暖かい事だったなんて。
「君はきっと――“黒”……を選ぶことになるから」
でも、最後。
囁く様なその声は、聞き取れなかった。
「……もう良い?」
「……はい。ありがとうございました、じゃあもうこれで」
「やだ★」
「グオ」
「もうちょっと堪能」
「ゴギガガガギゴ」
ま、また息が——
「――あっ、ちょリオちゃん! 今は——」
遠く、スタッフさん。
また視界が真っ暗になって、聞こえた声。
「——え……お、おねーちゃん……?」
「あ」
「とー、まち……?」
「ゴッ(こんばんは、奇遇ですね。少し助けて頂けませんか?)」
覇王と魔王が揃ってしまった……(世界終焉)。
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