控えめなピースサイン(下)

地獄のルームツアー


私の兄は友達が少ない。

というか、居ない。


変人なのはそうだけど、とにかく人と話すのが苦手なんだろう。

小さい頃から、砂場で一人遊ぶ様なタイプだった。


一人が好きってわけでもなくて、周りをきょろきょろ見て悲しそうな目をする。

ずっとそうだった。

だから、私が一緒に居た。



《――「俺はもう、大丈夫だから」――》



でも、あの時。

中学三年の春休み。


彼は、私を頼らなくなった。



《――「家族が居たら甘えちゃうから。良い機会だと思うんだ」――》



そう言って、一兄は笑った春の夜。

最後に撮った写真はアルバムの中。


彼らしい控え目なピースサイン。



《――「じゃあね、二奈」――》



アレから一年半。

友達と名乗る女性とは話したけれど、未だに信じられない。


そうだ。

きっと、あの高校入学前の――冴えない彼の姿のまま。


相変わらず目を合わせる事も出来ず、出迎えるんだろうと思っていたのに。






人生とは、選択の連続だ。


例えば、あの時俺が如月さんに声を掛けなければ――今の俺は居ないだろう。

この虹色の髪色を、拝める事もなかっただろう。



「来なさい、一」


「…………」



もし、如月さんに話しかけていなかったら。

母さんの鬼の様な形相を、拝む事も無かったんだろうか。


もし、俺が初音さんと仲良くならなかったら。

あの時彼女は、OGにされるがままで終わったんだろうか。


ああ。

結局のところ、どっちが正しいかなんて分からない。

それでも俺は、今まで後悔の連続だった。



「ぽ、ポロ・トーマト……改めて東町一、みたいな(笑)」


「「「……」」」


「まあ、外は寒いし中入ってよ。いやあ今日寒いね、6月なのに(笑)」


「「「……」」」


「 」



さっきから、俺選択間違い過ぎてない?



「……家には入りましょうか」

「そうね」

「あ、ああ……」



あっ間違えてないみたいだ! このままどんどん行こう! 


どうせ俺は死ぬんだから! もうどうにでもなれ!!



――ガチャ。



「「「……」」」


「あっ、こちら【超合体・百羽鶴】となっております……」



大量の折り紙で作った鶴達を、適当に集めてデッカい鶴の形にした俺の自信作。今度家にかのんちゃんが来た時に喜ぶかなって思って作ったんだけど。



「なにこれ、お兄ちゃん」

「……俺の自信作です(ドヤ顔)。壊さないでね」


「ああ、折り紙か……良い趣味じゃないか。ははっ、アメリカでも人気なんだぞ」

「……」



空気を和ませようと父さんは頑張ってるけど、母さんの鬼の形相は収まらない。


……仕方ない、アレやるか――



「――母さん、みかん好きだったよね」

「……」


「ほ、ほら。温州みかんのアロマ……」

「……」



置き場所ないから玄関に放置してたんだよな、このデュフューザー(怠慢)。

もはやこの鶴たちとこのデュフューザーは門番である。

うん、弱そうだね。



「良い香りでしょ? 実は結構高かったんだよね。こんなちっさい瓶なのに2000円! でもその価値はあって――」



シュポーっと蒸気が現れてくる。

途端に広がる良い香り。


どうだ……?



「――そんなに部屋に入られたくない? 一」

「ヒエッ」



バレた。

いや、仕方ないじゃないか。


今の俺の部屋。

散らかってるのもあるけど、今はダメなんだ。

せめて三十秒くれたらなら――



――ボトッ



「あっ」



蒸気に当てられて【超合体・百羽鶴】の頭の部分が落下してしまった。

ふ、不吉すぎる。


しかし見ようによっては、命がけで門番の役割を果たしたのか……?

弱いなんて言ってごめん。


強き者よ――この機会は俺が生かして見せる!

ココはお前に任せて先に行く(最低)。



「――ちょっと1分程、片付けても良いですか」

「入るからね、一」

「あっ」



と思ったら、母さんがそのまま俺の横を通り抜ける。

おい門番何やってんだよ(最低)。


ダメだ。今、そのリビングの机には――




「へっ……?」




組み立て途中の『蟻の巣観察キット』が、そこに置いてあるんだから。



「 」



……ちなみに、母さんは虫が大の苦手で。

こんな――蟻はまだ居ないけれど――“いかにも”なソレを見てしまったら。


「ピ」


「母さーん!!」

「ああ。気を、失ったか……」

「なんなのよこの部屋!!」



母さんを抱きとめる俺。

天(上)を仰ぐ父さん。

俺の部屋を回りながら叫ぶ妹。



……どうすんだよこれ!






△作者あとがき


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