未知との遭遇



《――「着替えてくるね。十分あれば大丈夫だと思うから」――》



そう言って、マンションの入り口の中に彼は消えていった。



「……はぁ」



ここに来るのは二回目かな?

あの時は中間テスト前だったっけ。


案外、まだ二回目なんだ。

というかいっちと仲良くなってから二か月も立ってない。


最近は、時間の流れがはやいのかおそいのか分かんないよ。

……そういえば、10分経つけどまだ来ない?


――ピコン!



東町一『ごめん イヤーカフ片方ない』

もも『あ……それわたし持ってるよ』

もも『ねこが手を上げるスタンプ』

東町一『そういえば渡してた』

もも『わたしの部屋に置いてるから、また返すね』

東町一『別に急がなくていいよ どうせ初音さん以外見せる人なんて居ないし』




そのやり取りに、思わず笑ってしまった。

誰が見ているわけではないけれど、咳を一つして緩んでいるであろう表情を直す。



「……わたしだけ」



我ながら単純とは思う。

明ちゃんに話さなかった一番の理由は、あの格好の、わたしを助けてくれた彼を――自分だけに見せてほしかったから。



《――「それ穴開けてなくても付けれるんだ」――》

《――「ああ、うん。イヤーカフだからね。ピアスじゃないよ」――》



あんなやり取りだって、わたしといっちだけの思い出。

部屋にある片方だけのイヤーカフの存在も、わたしだけしか知らないんだ。



「……ごめんね、明ちゃん」



我ながら嫌な人間だと思う。

でも、せめて誰かにバレてしまうまではわたしだけで独占していたい。

わたし以外の友達にも、なんならいっちの家族にすらも知られていない。

自分を颯爽と救ってくれた、彼のあの姿は——



「——はー、やっと着いたわね!!」


「声を抑えなさいよ、ニ奈!」

「花さんも抑えなさい」

「あっ」



なんて、スマホを見ながら思い耽っていた時だった。

現れたのは三人の家族っぽい人達。


一人は黒髪の高身身の男性。

一人は茶髪の低身長の女性。

共にわたしの親ぐらいな年齢だろう。


そして、もう一人は――



《——「本当にあの兄と友達なんですね」——》



茶髪のセミロングに、くりっとした目。

いっちと同じぐらいの身長。


そして、その声が重なる。



「一年ぶりに合鍵使ちゃおっと♪」

「ははは」

「早くしてよママ」



そのまま、彼らは三人でマンションの中へ入っていった。

いっちの部屋は確か8階。


《——「来週帰ってくるんだ、妹が」——》


彼はそう言っていた。

でも、今現に——ぜったいではないけれど——そこに居た。



「……ま、まずくない?」



呟いた自分の声と同時に、冷汗が背筋を流れる。


とにかく。いっちに連絡しなきゃ!




もも『いっち! 家族の人達来てるよ!! 今玄関にいたの』



既読が付くように祈る。


ああ、だめ。

なんでこんなにもタイミングが悪いの?


これ以上のない程に最悪のそれ。

一番見られてはいけない姿。



東町一『え』

東町一『あ』


もも『え?』



それっきり、既読もメッセージも付かない。


わたしに出来るのは――ただ、遭遇しない事を祈るだけだった。







「……え?」


今、まさに玄関から出た瞬間。

携帯、通知。



もも『いっち! 家族の人達来てるよ!! 今玄関にいたの』




覗いた瞬間寒気がした。

その返信は、途中で切った。


――コツコツ



「っ」



そして、向こうのエレベーター出口。

聞こえてくる複数人の足音。



「——この階であってる?」

「8階の806号室だな」

「まるで迷路ね——」



そして、その姿も。


なんでだ。

来週って言ってただろ。


どうして今?

そういえば母親はサプライズが好きだった――なんて、俺は今更思い出して。



「……」



一目で家族だと分かった。

三人ともあまり変わっていない。


そんな事、思っている場合じゃないのは分かっているけれど。

足が、動いてくれない。


この状況で、家族と顔を合わせる勇気がない。

というか——そんな心の準備すらも出来なかった。

虹色の髪色だけならまだしも、こんな格好。



「えっと、確かすぐそこ……!」

「あ、あら」

「い、行こうか。……あれ、でもあの部屋が一の——」



間に合わない!


横、尻目に映る皆。

明らかに動揺している三人で。

俺は、ようやく動き出して。




——決めた。


やっぱりあの三人に、今の姿は見せられない。

後ろめたい事なんて無いんだ。

だから、要らない心配はさせたくない!


仕方ない。

仕方ないんだ。

今だけは――家族に嘘をつく。



「……っ」



これが正しい。

そう決めたら、どこか清々すがすがしい気分だった。

サングラスで目を隠しながら、俺はエレベーターに向けて歩いていく。


あと、五歩。


四歩。


三歩!



「……」

「……」

「……」



不気味な程に、3人は黙ったままだ。


息が詰まる。

黒い視界。目が合わない様に。

ただ、早足にならないように。


ゆっくり、ゆっくりと。


二歩。


一歩——



「……ども(ガラガラ声)」


「は、ハロー……」

「……こんばんは〜」

「どうも……」



『マンション内、すれ違ったらこんにちは!』……そのルール通り、俺はマジでほんのちょっとだけの会釈。

柊さん達とのカラオケで潰れた喉が幸いだった。


OGの彼女達が俺と気付なかった、あの声だ。


そしてそれは家族にも有効だった。



「っ」



そのまま。

後は、エレベーターへ歩いていくだけ——



「——あの、間違っていたらごめんなさい」

「っ!?」



でもそれを、母親は許してくれない。



「さっきそこの……806号室の前に立っていましたよね」



低い声だった。

そして、震えていた。



「貴方は、そこに住んでいる人の知り合いですか?」



その声に、反応出来ないまま一瞬固まる。


0.1秒後、固まった思考を無理やりぶん回す。


“切り抜けろ”——何としても!



「俺は——」



その時。

3ヶ月の思い出が。

脳内を駆け巡り、二つの言葉を思い出す――






「おはよーとーまと☆」

「えっ俺? 」


「とーまと!」

「えぇ……」

「フフッ……」





教室。

そんな、過去の彼女の声と――





「初めまして、ポロです」

「「「……?」」」


「すいませんポロは名前で趣味が東町一です! 失礼しました!」





やらかした一幕。

天下節目の大合戦が、頭の中で蘇って。



一つの答えを導き出す。



「っ――」



――ああ、本当に。

彼女達と出会えて良かった。

合コンをやっててよかった。


柊さんのおかげで、この妙案を思いついた。

あの時のおかげで、この危機を乗り越えられる。








「――失礼、私の名前はPoro tōmatoポロ・トーマト


「「「……」」」








言い切った。

噛む事など一切無く。

俺があの東町家長男の東町一(日本国籍)とは思うわけがない。


今の俺は、完全無欠のフランス人だ(フランス人さんごめんなさい)。

ほんの少し髪色が派手なだけの。



「私彼の友人。今彼不在。また出直そうと思います(不自然な日本語)」


続ける。


「ちなみに彼とは蟻の生態について語り合う仲でね」


畳み掛ける。


「変な関係じゃないから。後フランスじゃこの髪色普通なんでね(笑)」



疑問が出る前に。

なんせ、俺は今フランス人のポロ君(17歳)。

完璧な偽装だ(+10000点)。



「ポロ・トーマトくん……」

「お友達だったんですね」

「そ、そうだったのか……一と蟻に……立派になったな……」


「はい(断言)。それじゃ」



それ以上の言葉はない——家族に背を向け颯爽と歩く。



やり切った。

なんとかなったんだ。

だから――



ありがとう、我が魔王。

我が家の領地を半分あげたい!


ありがとう、紀元前300年の古代の民よ。

君達のおかげで切り抜けられた!


ありがとう、安価スレの住民たちよ。

ありがとう、中学時代にソレを開いた俺自身へも!




ありがとう。この世界に乾杯だ!!





adieu アデュー(フランスの別れの挨拶)!」




ミッション・コンプリート……(感動)。






























「一兄、片方ピアス付け忘れてるよ」


「――あっこれはピアスじゃなくてイヤーカフっていって、穴開けなくても大丈夫なやつ(早口)……で……?」



え?



「来なさい、一」



え……?
















▲作者あとがき


(いらないことしてなかったらバレなかった)


というわけで、ようやく遭遇。

ある意味キリが良いのでここでおさらばです。

続きは誠意作成中(進歩50%)!!!

申し訳ございません(土下座)


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