隠し技
教室。
いつものように、彼女達と席に着いた。
そして話す。かくかくしかじか新登場……で。
「とーまちの家族が帰って来る、かぁ……」
「東町、妹居たんだな」
「まあ一応……海外に居るんだけどね」
「別に普通に会えば良くない? なんか問題ある?」
「確かにな。ちょっと……じゃないぐらい髪色は変わってるけどよ」
ちょっとではないらしい。
いや、そりゃそうなんだけど。
そうだ。普通に会えば良いだけ。
考えてみれば単純な話。
でも、もし二奈が今の俺を見たらどう思うだろうか。
それを考えると――
「怖いんだ」
「「え」」
「あ、ごめん……その。俺がグレたみたいに勘違いされるかもなって」
「まあ見た目完全に“パリピ”だもんね☆」
「アタシが言うのもアレだが、よく染めたもんだぜ」
「家族に見せる事は考えてなくて……」
「んま〜帰ってきたら家族が“こんなの”なってたら大騒ぎだよね」
「一人暮らしの条件が真面目に学業に取り組むってのもあって……心配でさ」
「真面目じゃねーか。学業は」
「外では遊びまくってるけど☆ クラブとか合コンとか☆」
「はは……(脂汗)」
……いや、まずい。
衝動的に安価で決めた髪色も、趣味も。
何も知らない視点から見れば完全に“グれた”奴だ。
どうなるんだ、ありえないけれど……もし俺の全てがバレたら。
妹と一緒に海外へ連れて行かれる?
流石にそれはない? いや、ありえないなんて事はない。
それは、嫌だ。
「俺、まだココに居たいです……」
「リオも、とーまち居ないのはヤだ」
「え」
「当たり前だろ」
「えっ」
俯いた顔を上げる。
その言葉の意味は、分かっているが固まってしまった。
「うん。当たり前じゃん。バカとーまち」
「そ、そうかな」
「リオがこんなんなるぐらいだしな」
「ちょっ!」
「(泣きそう)」
嬉しすぎて。
でも、それでも。
「こほん! んでんでんでその虹色は、そのままが良いんだよね、とーまちは☆」
「……うん」
簡単な話だ。
この髪を黒く染め直せば——それで終わる。
趣味は隠せばなんとでもなる。クラブの会員証なんてバレるわけがない。
簡単なんだ。
そんな事は分かっている。
でも、嫌なんだ。
家族が来ると分かっていても、なお。
この髪色だけは、譲れない自分が居る。
《――「次もその色で……と言われても、私には再現出来ないぐらい、その九色は奇跡の代物です。本当に素晴らしい……国宝にしても良い……」――》
思い出す――ヤバい顔の美容師さん(マジ)のセリフ。
大事なんだ。この髪が。
分からないけれど、これをどうしても手放したくない。
「ごめん」
「とーまちってさ、真面目だよね☆」
「だな」
「……ありがとう。だからもう、家族にはなんとか納得してもらおうかなって。めちゃくちゃ怖いけど」
「うーん……もっと上手く立ち回ってもバチ当たらないと思うけどな☆」
「え?」
「リオの今日の髪これ使ったんだ☆ 洗ったらすぐに落ちるんだよこれ!」
「スゲーよな最近のは。髪の毛も全然痛まねーしな」
そう言って、彼女は黒髪を揺らす。
どう見たってそうは見えない。
「マ? (ギャル並感)」
「ま!」
「マジ」
……そう言う二人の顔は、嘘を付いてる様に見えない。
まずそんな下らない嘘は付かないか、彼女達なら。
「触っても取れないよ☆ 触っても良いよ☆」
「あっえっあっ(童貞)」
「ほらほら女の子の髪の毛だぞー☆」
「おいリオ……」
目の前、柊さんが近付いて耳にかかった髪の毛を手で揺らす。
甘い香り。
目を奪う黒。
右、左、右、左……。
「ア(催眠状態)」
「とーまち壊れちゃった」
「どうすんだよ」
「……コーヒーってインスタントもドリップしたやつもぶっちゃけ全部同じだよね」
「――ちょっと待って。ドリップは入れ方次第で大分香りも味も変わるから、もしかしたらドリップの仕方が悪いんじゃないかな?
しっかり入れたらインスタントとは“質”が全然違うモノになるよ。人生半分損してるとまでは行かないまでも、柊さんの人生の“質”を上昇させるために、今度俺が君に最高の一杯を淹れてあげようか(早口)」
「……きもっ☆」
「(精神崩壊)」
「リオの髪の方が良い香りだし☆ ほらほら」
「ここが……天国か……(死)」
「まだHR前だぞお前ら」
くらくらする頭を抑えながら、考えた。
以前、高一の時に両親がこっちに来た時のこと。
たしか忙しいから一日、二日しか滞在していなかったから有用だ。
一日限定の黒染め……手段の一つとして考えておこう。
使うことは、まだ考えていない。
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