年下力


外に出ると、既に日は傾いていて。

帰り、駅へと進む道。


僕の好きな夕焼けが辺りを照らしていました。



「立花さんの教えてくれたミステリー本、凄く面白かったよ」

「ん、良かった。私も久しぶりにホームズの最初見たけど。やっぱ良いね」



レストランで食事を取った後は、またひたすらに読書。

お互い読んだ本を教えあって、面白かった本を読み合って。


時間の流れは早いです。

もう帰る時間になっちゃいました。



「詩織さんのも良かったよ。まさか犯人が双子だったとはね」

「はい! 読み返すと伏線だらけで凄いんです」

「確かに」

「この作者、ミステリー以外も面白いから読んでみなよ」

「そうしようかな。ありがとう」



立夏さんも、大分一君とは仲良くなったみたいで良かったです。

同じ読書好きとして、やっぱり通じるものがあるんでしょう。


ちょっともやっとしますけど。



「……ま、また行きましょうね!」


「二人さえ良ければ全然行くよ」

「そうだねー。ただ体育祭終わってからだから、夏休みになるかもね。私部活あるからあんまり行けないけど」


「夏休み、か……」

「もしかして多忙?」

「多忙じゃないんだけど、ちょっとポロ遠征の為に北海道行くから。あんまり日程が合わないかも」

「ははははは! そんな理由で北海道行く人初めて見た」

「“そんな”理由?」

「怖っ」



楽しそうに話す立夏さんと一君。

気付けば、その交わされる視線の先に僕は居なくて。



「もちろんそれだけじゃないよ。北海道の露天風呂で半身浴したり、北海道のクラブしかない踊りとかもあるかもしれないし」

「夏休みで足りる?」

「ポロ成分が8割だと思ってるから、後は出来たら良いな程度」

「8割って! もったいないなー」

「“なにが”もったいないって?」

「ははは! ほんと変わってんね君。さっきから横断歩道変な歩き方してるし。あれマジだったんだ」

「癖になってんだよね。白を歩くの……俺の師匠は“黒”だけど」

「師匠って誰」

「五歳の女の子だよ」

「えぇ……」



前を歩く二人の影に、隠れる様に。

邪魔にならないように。


沸いてきたこの感情を、何とか鎮めるように——



「詩織さん」

「!? は、はい」



気付いたら、振り向いた彼がこちらを見ていた。

まるで僕の心の中を見透かす様に。


そんな視線で。



「大丈夫? さっきまでエアコン効いてたとこ居たから、しんどくなっちゃった?」

「だ……大丈夫です!」


「そっか。もう暑いからね」

「山で、慣れてるので。大丈夫だと思います」

「そう? 一応3人分の水持ってきたけど」

「えっ、買ってくれたの君」

「実は集めてた天然水コレクションが部屋を圧迫し始めてさ。ご馳走出来ればなあって」

「……これも本当なんだ……」

「もちろん、利き天然水の為には多種多様な水を摂取しないといけないからね」



そう言って、カバンからペットボトルを取り出す一君。



「えぇ……まあでも貰おうかな。気になるし」

「これ、数量限定の〇〇山の天然水。もう多分どこにも売ってない」

「飲みにくいって!」

「あと5本ぐらい家にあるから大丈夫だよ」

「じゃあ良いか……ありがとね。って冷えてる!?」

「一応いつでも冷えたの飲める様にしてるよ。保冷材で」

「徹底してんね……」



蓋を開けて、それを口にする立夏さん。



「詩織さんには、これ」

「これ。い、色付いてませんか……?」

「うん。実はコレ天然水で淹れたお茶らしいんだよね、結構界隈じゃ人気みたいだよ」

「!」

「お茶好きだと思って、詩織さん」

「な、なんで知って——」

「この前喫茶店前寄った時、珈琲じゃなく抹茶飲んでたから。合ってた?」

「……はい」



よく冷えた、そのお茶を手にする。

夕焼けの光が、キラキラとそれに当たって輝いている。



「とっても、嬉しいです」

「そ、そう?」


「はい!」



曇っていた何かが、嘘みたいに消えて晴れ渡っている。


彼のようになりたい。

そう思って、もう1ヶ月ほど。


もちろんそれは変わらない。

でも、今は。



《——「妹が居て、長男です……」——》



羨ましい。

その、“彼女”が。



「……一君の妹さんは、幸せ者ですね」

「えっ」



ひとりっ子の僕は、そんな存在なんて居なかった。


だから羨ましい。

僕も、欲しい。



一君みたいなお兄ちゃんが居る“彼女”が、羨ましくて仕方ない。



「そんな事ないよ。こんな兄だと——」

「——違いません!」

「!?」



もしも。

もし彼が兄で、僕が妹だったら。



「まー、でも並んでたら兄弟みたい」


「えっ」

「……!」


「満更でもないね、詩織」



そんな立夏さんの言葉で。

僕の中で、何かが。



「一、お兄ちゃん……」



口にして、我に返る。

気が付けば、そう零れてしまった。



「…………」

「し、死んでる……」

「え゛っ!?」

「冗談だよー詩織」

「…………」



まるで氷漬けになったかのように固まる彼。



「は、一君! ごめんなさい、つい」

「――大丈夫だよ。ちょっと意識が飛んだだけ」

「それ大丈夫じゃないでしょ……」


「くくっ、そんなに驚いちゃいました?」

「うん。凄い破壊力だったよ」


「は、破壊……?」

「自覚ないタイプか、詩織は」

「そうみたい」



苦笑いする二人。



「詩織の武器だね、その年下力? は」

「俺もそう思います」



でも、皆さんがそう言うのなら良い事なんでしょう。

……そうなんですよね?



「じゃあ、帰りましょうか!」

「うん」

「さっきから帰ってるけどね」


「うー……」


「ははは」

「可愛いな~詩織は」



一君と立夏さんに挟まれて。

嬉しいけれど、ほんのちょっと恥ずかしいです。



「やめてください……一お兄ちゃん」

「」

「あっまた死んだ」



でもやっぱり、彼の妹さんが羨ましいです!

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