魔法は溶けて



「凄く可愛いよ、初音さんは」



ダンスの魔法は凄いものだ。

言うのをはばかられる様な、そんな台詞を平気で言わせてくれる。


ずっと思っていたことだけど。

ずっと心の中で終わるものだと思っていた。


不思議と、恥ずかしさなんて感じない。



「うぅ……!」



顔をうつむかせ、腕を振って手を振り解こうとする彼女。


それがやけに子供っぽくて。

いつもの初音さんじゃない、貴重な瞬間で。



「はは」

「笑わないでっ」



踊る前、沈んだ彼女とは大違いだ。

また腕をぶんぶんとする初音さんの手を、俺は離さない。


バスケコートの中。

力強くドリブルする彼女とは思えないぐらいに、それは弱いモノだったから。



「可愛いね」

「〜〜っ!!」



もう止まらない。

ずっと留めていたソレは、機会を逃さまいと口から出ていく。


彼女はもう腕を振らず、ひたすらに下を向いて――俺の手を、ぎゅっと握っている。



「初音さん?」

「っ……」



声をかければ、より深く顔を俯いてしまった。

……これまでずっと、彼女は事あるごとに顔を隠している。



《――「来ないでっ」――》


テスト前、彼女に本心を伝えた時も。


《――「今日はありがとう……っ」――》


OGから連れ出した時も。


《――「……っ」――》


遠くに見えた、あの恋愛映画の時の彼女も。



そして一方の俺は――



《――「酷い“クマ”。ずっと心配だったんだね」――》



あの日、テストが終わった後。

彼女に隠していた顔を見られた。泣き顔も全部見られた。

全部、全部。喜怒哀楽きどあいらく全て――彼女には隠せていない。



「っ」



だから俺だって、それを見る権利があると思うんだ。



《――「だ、だめっ」――》



今日16時過ぎ。

保健室、隠された彼女の表情を。


俺は――その答えが知りたくて。



「こっち、見てよ」



ダンスの魔法は未だ掛かって。

その勢いのまま。


俺は、うつむき隠すその顔を覗いた。



「み、見るなぁ……っ」



――瞬間、目に映る。



頬はこれまでにないぐらい紅くて。

瞳は涙が出そうなぐらい潤んで。

口元は、それと反する様に薄く笑んでいて。


可愛いとか魅力的だとか――そんな言葉じゃ表せない。

そんな、彼女の表情に。



「——っ」



抑えるべき、理性のタガが外れた気がした。



「へ……ぇ?」



繋いだ手を外して、彼女の肩へ。

そのまま俺は、至近距離。


もっと見たい。

もっと近くで。

止められない。止めたくない。



もっと。

もっと、もっと——


















——ピリリリリ!!!



「「っ!?」」



それは、まるで夢から覚ます様に。



「あああああああごめんなさいごめんなさい(高速で距離を取る)」



ポケット。携帯、バイブレーション。


馬鹿みたいにうるさい着信音が、魔法なんて一瞬でかき消してしまった。



「で、電話。鳴ってるよ……?」

「アッハイ(勢い良く携帯を取り出したせいで地面に投げ出される)」



おいおいおい、俺今なにやってた?

というか何喋ってた!?


雰囲気に酔うにしてもやり過ぎだ。

大事な友達なのに。

俺は本当に、何を考えて——



「でんわ……」


「(Bダッシュ)」



地面に落ちたそれを回収。


でも、この電話には感謝だ。

とにかく出ないと——



『はい東町一です(早口)』

『――あー。やっと出たわぁ! 元気してる?』



その声は、小さい頃から慣れ親しんだ女性の声。


しかしながら、最後に話したのは2ヶ月以上前。


……東町はな。俺の母親である。



『なんか息荒いわねぇ』

『(動揺)』


『あっ』

『?』

『もしかして、ダンスの練習?』

『えっ』

『もうすぐ体育祭だもんねぇ。一はいっつも一人で——』



……練習じゃなくて、ある意味今日は本番だったんだけども。

あと一人じゃないし。



『あのー。用がないなら切りたいんですけど……』

『え? なんで? 久しぶりなのにー』

『その、今友達が……』

『えっ』



あれ電話切れた?

声全く聞こえないんだけど……。



「……」



あと、さっきから近くに居る初音さんがじーっと見てくる。


……切るか。

うん、後で適当にかけ直します。

ごめん母さん。


――プツン。

はい通話終了!



「この度は大変、大変申し訳ございませんでした(緊急謝罪会見開始)」

「……あははっ。やっぱり、いっちはいっちだよね」

「え」

「さっきまでのいっちは、やっぱり別人か~」

「か、かもね……」

「グイグイ来過ぎてびっくりしちゃった」

「それは……ごめんなさい(土下座)」

「あはは」



激キモ陰キャ虹色不審者(いうまでもなく自分)が、その肩に触れた事も。

隠していた顔を見たことも。


それを踏まえて……ぶん殴られるかと思ったけど(失礼)。

逆に、彼女はどこか嬉しそうで。

目の前で、優しく笑ってくれている。



「でも……誰にでも、ああいう事いっちゃダメだよ~」

「言わないよ」

「!」

「俺に、言えると思う?」



魅力的だとか、可愛いとか。

女の子慣れとは正反対の自分が、軽々しく言えるわけがない。



「っ。それも、そっか……?」

「うん。そう見えるなら嬉しいけど」

「見えない! というか~想像出来ない!」

「ははっ、そうでしょ(陰)」



あの魔法は、親フラ(電話だけど)で覚めた。

スイッチが切れた様に――さっきまでの自分が恥ずかしくなってしまう。



「じゃあ。なんで、わたしには言ってくれたの?」

「……それは」

「教えてよ~」



詰め寄る彼女の目から思わず逸らしてしまう。

……ああもう、これだから俺は。



「“特別”だからだよ、初音さんは」

「……へ?」

「特別な――友達だから。言わなきゃ駄目だ、って思って」

「そう、なんだ」



魔法に頼ったのは事実だけれど。

彼女を元気付けるには――きっと、ああ言うしかないと思った。

恥ずかしがって心の内に隠していたままでは、きっとそれは届かないから。



「初音さんがいなかったら、俺は警察にお世話になってたかもしれないし」

「あははっ。なつかし~!」

「うん。今は良い思い出? だけど」

「いろんな事、あったよね」

「……うん」



高校最初の友達。

何度も俺を助けてくれて、変人の俺にずっと一緒に居てくれて、笑ってくれて。

彼女が居なければ、俺は未だに“一人っきり”だったかもしれない。


そんな大事な人が、特別じゃない訳がない。

助けたい。

笑ってほしい。

そう思うのは、きっと自然な事だと思うんだ。


まぁ……さっきは思わず、暴走してしまったけれども。それは触れないで頂きたい!



「じゃあ……いっちは、わたしの“親友”!」

「えっ」

「なに? 嫌なの~?」

「い、いや。言葉の意味が一瞬分からなくて……」

「あはは、なにそれ~!」

「はは」



二人で笑う。


さっきまでのダンスフロアはどこへやら。

いつもの公園が。いつもの日常が。



「よろしくねっ。いっち!」



その、向日葵ひまわりの様な笑顔で戻ってきた気がするんだ――









——ピリリリリ!!!




「「っ!?」」



と思ったら、また鳴る電話。

携帯――その名前を見れば。


二奈にな』。

さっきとは違う連絡先。

紛れもない、俺の妹からだった。

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