二人っきりのダンスフロア
「……へ?」
「そこの公園で……だ、駄目かな」
いっちは変人だ。
でも、流石に今回は驚いた。
急すぎだよ。
というか、人が居ないとはいえ……誰か通るかも分からないのに?
「……別にいいけど」
「良かった」
その提案に、頷くわたしも変人なのかな。
いっちと一緒に居過ぎて……うつっちゃったかもしれない。
☆
「三年になったら、社交ダンス踊るからね」
「だからって今やる〜?」
「ははっ……まあその、予行演習みたいな」
「早すぎ〜」
「それは言えてるね」
「あはは」
誰も居ない、薄暗い公園。
そこでわたし達は話し合う。
なんだが、楽しくなってきちゃった。
「踊り方、分かる?」
「……なんとなく。一応体育で軽くはやったもんね」
「そっか。良かった」
「でも全然上手じゃない」
「自分もだよ。そもそも、俺は二人で踊った事なんて無いし」
「……それは知ってる」
「はは、敵わないね」
いつものように、二人で笑って。
「それじゃ……よろしくお願いします」
彼は手を差し出す。
まるで映画。舞踏会のワンシーン。
「っ」
……また、わたしは嘘を付いた。
星丘高校を受ける前、中学の頃。
学校見学、体育祭。目を奪われたのは、優雅に踊る三年生の姿だった。
男女ペアになって——少女マンガとか、映画とかでしか見たことのないその踊り。
もちろんそれだけが入学理由じゃないけれど……確かに、あの時のわたしはそれに憧れた。
《——「何やってるの桃?」——》
受験で合格した後。
こっそり、それを一人で練習したりとか。
その未来を想像して、思わずニヤけてしまったりとか。
「大丈夫?」
手を差し出す彼には——決して言えない秘密。
まさか、一年早くこれをするとは思わなかったけれど。
「……うん」
わたしは、彼の手を取った。
高鳴る鼓動を抑えながら——『これは来年の為の練習』と、無理やりそれを落ち着かせる。
「カウントに合わせて踊ってみようか」
「う、うん」
「じゃ——行くよ」
彼の声に導かれる様に。
わたしは、彼とステップを合わせる。
「1,2,3,4——えっ、上手だね」
「……そんなことない」
「カウントも要らないね、これだったら」
案外、身体は覚えているものだ。
自分でも驚くぐらい踊れた。
カウントに合わせながら、左足を出して、右足を戻して。
それでも必死だ。
それからは彼と手を合わせながらステップ、ステップ。
なんとか、わたしは踊っていく。
「?」
「な、なんでもない」
対して彼は、まるで鼻歌を歌うように軽快に。
ダンスでリードしてもらう、なんて経験をするとは思わなかった。
上手とか言うけど、いっちの方が何倍も上手だ。
「次、くるっと回って」
「う、うん——」
楽しそうに、彼は踊る。
壇上で見たアレは決して偶然じゃない。
「……いっち、ダンスうますぎ」
「ありがとう。まだまだ素人だって」
「わっ」
「はは、気がそれてるよ」
脚が絡まりかけたところを、いっちが手を引いて修正してくれる。
……なんか悔しい。
☆
「良い感じだね」
「……ありがと」
つま先あげて、戻して。滑る様にいっちと移動。
手を上にあげて、またステップ。
ゆっくりと、彼と踊る。
体育館の壇上と違ってここは広い。
落ちる心配がなくて良い。
でも、彼との距離は至近距離。
身体がくっつくかくっつかないか……それぐらいの間隔。
この胸の鼓動が、もしかしたら聞こえてしまうんじゃないと思えてしまう。
「楽しい?」
「……うん」
「そっか。良かった」
でも、そんな心配も薄れていった。
月の光に照らされ踊る。
まるで夢のようなこの時間に、気づけば夢中になっていた。
――けれど。
目の前、踊る彼の顔を見ているとまた不安が蘇る。
《――「い、いやー。実は結構カッコいいんじゃない? みたいな」――》
思い出す声。
もう、いっちは女子生徒からの人気も出て……きっと、ほんのちょっとだけ出てきた。
だからこそ。
それで自信を持った彼は、もう一度あやのんに――みたいな。
「いっちは」
「うん?」
「いっちは……アレから、本当に……っ」
『あやのんの事、好きじゃないままなの?』――そう聞こうとして、口を閉じる。
何度も彼はそれを否定したから、きっとそれを聞くのは失礼だ。
そして、その答えを聞くのが怖かった。
もし。
もし——その答えが。
「ステップ乱れてる」
「!」
「はい、1,2,3,4」
「……うう」
「このままだと終わっちゃうから、しばらくループさせようか」
「な、なにそれ」
「俺にあわせてくれたら大丈夫」
「うん……」
「良い感じ!」
またリードされちゃった。
なんか、いっちの手のひらの上で転がされてるみたい。
悔しいけど……悪い気分じゃなかった。
今だけは、彼をわたしが占領してる。
こんなので機嫌が良くなる自分が変だ。
《――♪》
次第に……頭の中には、中学の頃に見た社交ダンスの音楽が流れて。
まるで映画の中のヒロインみたいな感覚で。
……なんちゃって。
わたし、どんどんおかしくなっちゃってる。情緒不安定だ、人の事言えないよ。
これは来年の予行演習。
もう、黙って踊ろう……。
「さっきの話の続きだけど」
「へ?」
「初音さんのことは、まだ話してなかったよね」
「そ、そんなの別に——」
「踊りながらで良いから聞いてよ。それなら俺も恥ずかしくないから」
あの四人で――“尋問”は当然終わるつもりだった。
こっちは踊りながら話すのがムリと分かっていながら、彼はそのまま続ける。
「……えっとね。初音さんとは趣味も驚くぐらい合うし、話してて楽しいし」
「バスケしてる時は、生き生きしててカッコいいし」
そんな風に。
「俺みたいなのに優しいし、あとこっちも釣られるぐらいに笑顔が良いし」
「雰囲気も柔らかくて、臆さず話せる。一緒にいると元気になるんだ」
「……例えるなら、
そんな台詞すら彼は平気で話してしまう。
わたしはもう、踊ることすら出来なくなった。
「っと――初音さん?」
「も、もういい……」
「初音さんが言い出した事でしょ、あの質問は」
「うぅ」
「最後まで聞いてもらわないと」
「じゃあ、早く言って……!」
「分かった。まあ、何が言いたいかって言えば——」
ステップは刻まれない。
ダンスは終わった。
されど手を繋がれたまま、彼は踊ること無く口を開いて。
「初音さんは、如月さんに負けないぐらい魅力的だよ」
そんな言葉を。
夜の公園は、一言一句反響させて。
「ち、違——」
「——違わないから」
目を合わせながらいっちがそう言う。
逃げられない。
もう、感情がぐちゃぐちゃで。
「友達として。一人の男として、ハッキリ言うけど」
恥ずかしくて。
恥ずかしくて。
どうにかなってしまいそうで。
「凄く可愛いよ、初音さんは」
わたしは、もう――
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