二人っきりのダンスフロア



「……へ?」

「そこの公園で……だ、駄目かな」



いっちは変人だ。

でも、流石に今回は驚いた。


急すぎだよ。

というか、人が居ないとはいえ……誰か通るかも分からないのに?



「……別にいいけど」

「良かった」



その提案に、頷くわたしも変人なのかな。

いっちと一緒に居過ぎて……うつっちゃったかもしれない。





「三年になったら、社交ダンス踊るからね」

「だからって今やる〜?」

「ははっ……まあその、予行演習みたいな」

「早すぎ〜」

「それは言えてるね」

「あはは」



誰も居ない、薄暗い公園。

そこでわたし達は話し合う。


なんだが、楽しくなってきちゃった。



「踊り方、分かる?」

「……なんとなく。一応体育で軽くはやったもんね」

「そっか。良かった」

「でも全然上手じゃない」

「自分もだよ。そもそも、俺は二人で踊った事なんて無いし」

「……それは知ってる」

「はは、敵わないね」



いつものように、二人で笑って。



「それじゃ……よろしくお願いします」



彼は手を差し出す。

まるで映画。舞踏会のワンシーン。



「っ」



……また、わたしは嘘を付いた。

星丘高校を受ける前、中学の頃。


学校見学、体育祭。目を奪われたのは、優雅に踊る三年生の姿だった。

男女ペアになって——少女マンガとか、映画とかでしか見たことのないその踊り。


もちろんそれだけが入学理由じゃないけれど……確かに、あの時のわたしはそれに憧れた。



《——「何やってるの桃?」——》



受験で合格した後。

こっそり、それを一人で練習したりとか。

その未来を想像して、思わずニヤけてしまったりとか。



「大丈夫?」



手を差し出す彼には——決して言えない秘密。

まさか、一年早くこれをするとは思わなかったけれど。



「……うん」



わたしは、彼の手を取った。

高鳴る鼓動を抑えながら——『これは来年の為の練習』と、無理やりそれを落ち着かせる。



「カウントに合わせて踊ってみようか」

「う、うん」


「じゃ——行くよ」



彼の声に導かれる様に。

わたしは、彼とステップを合わせる。



「1,2,3,4——えっ、上手だね」

「……そんなことない」

「カウントも要らないね、これだったら」



案外、身体は覚えているものだ。


自分でも驚くぐらい踊れた。

カウントに合わせながら、左足を出して、右足を戻して。

それでも必死だ。


それからは彼と手を合わせながらステップ、ステップ。

なんとか、わたしは踊っていく。



「?」

「な、なんでもない」



対して彼は、まるで鼻歌を歌うように軽快に。

ダンスでリードしてもらう、なんて経験をするとは思わなかった。


上手とか言うけど、いっちの方が何倍も上手だ。



「次、くるっと回って」

「う、うん——」



楽しそうに、彼は踊る。

壇上で見たアレは決して偶然じゃない。



「……いっち、ダンスうますぎ」

「ありがとう。まだまだ素人だって」

「わっ」

「はは、気がそれてるよ」



脚が絡まりかけたところを、いっちが手を引いて修正してくれる。

……なんか悔しい。





「良い感じだね」

「……ありがと」



つま先あげて、戻して。滑る様にいっちと移動。

手を上にあげて、またステップ。


ゆっくりと、彼と踊る。

体育館の壇上と違ってここは広い。

落ちる心配がなくて良い。


でも、彼との距離は至近距離。

身体がくっつくかくっつかないか……それぐらいの間隔。

この胸の鼓動が、もしかしたら聞こえてしまうんじゃないと思えてしまう。



「楽しい?」

「……うん」

「そっか。良かった」



でも、そんな心配も薄れていった。

月の光に照らされ踊る。

まるで夢のようなこの時間に、気づけば夢中になっていた。



――けれど。

目の前、踊る彼の顔を見ているとまた不安が蘇る。



《――「い、いやー。実は結構カッコいいんじゃない? みたいな」――》



思い出す声。

もう、いっちは女子生徒からの人気も出て……きっと、ほんのちょっとだけ出てきた。


だからこそ。

それで自信を持った彼は、もう一度あやのんに――みたいな。



「いっちは」

「うん?」

「いっちは……アレから、本当に……っ」



『あやのんの事、好きじゃないままなの?』――そう聞こうとして、口を閉じる。


何度も彼はそれを否定したから、きっとそれを聞くのは失礼だ。

そして、その答えを聞くのが怖かった。


もし。

もし——その答えが。



「ステップ乱れてる」

「!」

「はい、1,2,3,4」

「……うう」

「このままだと終わっちゃうから、しばらくループさせようか」

「な、なにそれ」


「俺にあわせてくれたら大丈夫」

「うん……」

「良い感じ!」



またリードされちゃった。


なんか、いっちの手のひらの上で転がされてるみたい。

悔しいけど……悪い気分じゃなかった。


今だけは、彼をわたしが占領してる。

こんなので機嫌が良くなる自分が変だ。



《――♪》



次第に……頭の中には、中学の頃に見た社交ダンスの音楽が流れて。

まるで映画の中のヒロインみたいな感覚で。


……なんちゃって。

わたし、どんどんおかしくなっちゃってる。情緒不安定だ、人の事言えないよ。


これは来年の予行演習。

もう、黙って踊ろう……。



「さっきの話の続きだけど」

「へ?」

「初音さんのことは、まだ話してなかったよね」

「そ、そんなの別に——」

「踊りながらで良いから聞いてよ。それなら俺も恥ずかしくないから」



あの四人で――“尋問”は当然終わるつもりだった。

こっちは踊りながら話すのがムリと分かっていながら、彼はそのまま続ける。



「……えっとね。初音さんとは趣味も驚くぐらい合うし、話してて楽しいし」


「バスケしてる時は、生き生きしててカッコいいし」



そんな風に。



「俺みたいなのに優しいし、あとこっちも釣られるぐらいに笑顔が良いし」


「雰囲気も柔らかくて、臆さず話せる。一緒にいると元気になるんだ」


「……例えるなら、向日葵ひまわりみたいな」



そんな台詞すら彼は平気で話してしまう。

わたしはもう、踊ることすら出来なくなった。



「っと――初音さん?」

「も、もういい……」

「初音さんが言い出した事でしょ、あの質問は」

「うぅ」

「最後まで聞いてもらわないと」

「じゃあ、早く言って……!」

「分かった。まあ、何が言いたいかって言えば——」



ステップは刻まれない。

ダンスは終わった。


されど手を繋がれたまま、彼は踊ること無く口を開いて。



「初音さんは、如月さんに負けないぐらい魅力的だよ」



そんな言葉を。

夜の公園は、一言一句反響させて。



「ち、違——」

「——違わないから」



目を合わせながらいっちがそう言う。

逃げられない。

もう、感情がぐちゃぐちゃで。



「友達として。一人の男として、ハッキリ言うけど」



恥ずかしくて。

恥ずかしくて。

どうにかなってしまいそうで。




「凄く可愛いよ、初音さんは」




わたしは、もう――

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