柊莉緒は知っている。


柊莉緒は知っている。

二年の中では、もはや彼を知らない者はほとんど居ない。

虹色の髪に、学年一の美女と対等に話す。

バスケ部のエースとも、沈黙の生徒会図書委員と仲良さげなのも。


学年一位の成績に、流れる怪しげな“噂”。

また如何せん学校の態度が“良すぎる”せいで、踏み込むに踏み込めない。


問題行動はゼロ。むしろ模範的生徒だ。

なのに虹色。

生徒会風紀委員を悩ませて、職員室では彼に関わる意見の対立がよく起こっている。


題材は『髪色』。『授業態度』。『不審な行動』。『成績』。『異様な交友関係』。

『怪しげな私生活』。


数え出したらキリがない。

話題に尽きない男。



(それで、今のダンスも追加だ)



今この体育館は、異様な雰囲気に包まれていた。



《――♪――》



流れる音楽と踊る彼。


それ以外のものが存在しないと思えるほど、皆が固唾かたずを飲んで目の前のショーを眺めている。



(苺なんて、泣いちゃってるし……)



男泣きならぬ女泣き——壇上を見上げたまま、声を出さず涙を流す夢咲を見て柊は笑った。

自分の渡した曲をここまで愛してくれて、完璧に踊られたらこんなにもなるのだろうか、と。

柊ですらあまり見たことのなかった、彼女の表情だった。



《♪——》



楽しそうに、今を噛み締める様に彼は踊る。

そして初めて、彼は大きな音を立て——地面を蹴った。



“黙って全員俺を見ろ”——そんな意思を感じる、彼のイメージとは真逆のオーラが。



「!!」



溢れて、瞬間。

ピタッと——逆さまになった彼がポーズを決めてその場で止まった。



(す、すご……)



柊ですら、鳥肌が立った。



《――――》



その静寂に、タイミング。

完璧な静止。

時間が止まったようにすら錯覚したのだ。



「はっ、はっ……――」



壇上。

音楽は止んで、彼の吐息だけが生徒達に聞こえる場内。


こんなにも遠いのに。

すぐそこに居るかの様に響く事が――ココがどれ程に静かなのだと分かる。



「……」「……」「……」



先生すら、声を上げる事が出来ていない。

どれほど練習したのか分からない。

彼の才能か、彼の努力か。その両方か。



「……いっ、以上です……」



静まり返ったステージで、彼は過呼吸を抑えながら壇上を降りようとする。


思わず立ち上がっている女子生徒の存在に、彼は全く気付いていない。


横で号泣する夢咲にも。

静寂が解かれようとする、この雰囲気にも。

まるで世界が変わるような――



——「す、すげー!!」「ヤバイって」「どうなってんだよ今の!」――



そして今。



「えっ」



湧き上がるこの会場に、彼はただただ驚いていた。



(見事にひっくり返ったなぁ……)



彼を巡っての“対立”。

敵は居るが、味方が居てこそのそれだ。


彼の友達はもちろん。

全ての男子が彼の事を嫌っている訳ではない。

図書室で必死に勉強する彼を、そこにいる生徒は知っていた。その努力でつかんだ一位だと。


根も葉もない噂に——疑問視する生徒達は少なからず居たのだ。

初音以外のバスケ部メンバーにも。生徒会の中にも。

今騒ぎたい生徒がほとんどではあるが。

きっと、もう“敵”でないのは確か。



(リオ、何もしなくて良かったじゃん!)



広まった怪しい噂。

クラブ通いの女遊び常習犯。

根も葉もない噂を、おもしろ半分で信じていた生徒達を。


この場の生徒達を——“ひっくり返す”には十分過ぎるモノだった。



(本当に、面白い)



柊莉緒は知っている。

彼を取り巻く環境を。


……しかしながら。



(この後とーまちに何て話しかけよう……って、あれ?)



湧き上がる観客の中。

珍しくも彼女は、悩んでいた。


その違和感に遅れて気付く。

会話に迷った事など、ほとんどないというのに。



(……リオ、なんか変だ)



柊莉緒は知りえない。

彼女の中――変わる彼への感情を。



そしてまた、一の今の状態を。



「とーまち……?」



柊莉緒は知りえない。


その歓声が、彼にとって予想外過ぎた事。

静止技の集中から、息すら忘れていた事。

これまでの噂による心労と睡眠不足。

今日に関しては朝3時から一睡もせず、布団の中で悩み続けていた事。


そして、この6月中旬の体育館内――上がり続けた温度の事も。



「——とーまち!!」



よって、それら全てを踏まえて。

たった今——壇上で彼が倒れるのは、彼女の予想外だったのだ。

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