ワンナイト・ステージ


 もろもろ遅刻の手続きを職員室でしてから、体育館へと走った。

入口前――流れる音楽が、未だダンス発表が続いている事を教えてくれる。


大きな扉を開けて、靴を履き替えて。

今の発表者を邪魔しない様に、音を立てずそろっと館内に入った。



「……椛さん」



パッと開けたその空間、一番前。

壇上で踊る彼女が目に入った。

そして、動きが横の友達であろうペアと違うのも見えた。


“ズレている”。一瞬で分かった。

焦燥しているであろう彼女の表情で、ズレている事に彼女自身が気付いている事も分かった。

視線の雨に打たれながら。

時折聞こえる声を浴びながら。


しかし椛さんは、何とか最後には動きを合わせて踊りきった。

あの状況で——きっと必死に。諦めずにやりきったのだ。


「……っ」


だから、俺は真っ先に拍手した。

凄いと思ったから。


そして俺は走った。その拍手が鳴りやむ前に。



「うんうん、最後まで頑張ったね。さて、それじゃこれで——」


「すいません」

「!? 東町君じゃないの! 担任からは休みって聞いていたけど……」


「なんとか治ったので。まだ間に合いますか?」



前に出ようとする先生を呼び止める。

そんな俺にギョッとした視線が集まる。そしてその中には、五人の彼女も居た。


この生徒達は、合わせれば80名近い。

なのに——すぐに見分けられた。

きっと俺を見る目が違ったからか。



「ええ、まだ時間は余裕あるし平気よ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」



未だざわつく場内の中、俺は壇上に上がった。

男子と女子……両方が自分に注目している。



「10秒経ったら流すよー!」



深呼吸はしなかった。

不思議と、この状況で落ち着いていたから。






——「休みじゃなかったの」「終わると思ったのに」「ダンス部が言ってたのって彼の事だよね」――


——「なんでアイツ居るんだよ……」「遅れた主人公気取りか?」――



彼が壇上に経った後、生徒達の心無い声。

それでもいっちは凛とした表情のまま。

ひたすらに、音楽が流れるのを待っていた。


まるで別人みたい。

いや——わたしは、こんな彼を見た事が数度ある。

あの時。OG二人から助けようと——カラオケルームに向かった時も。



《――「助けに来たよ」――》



きっと、こんな彼だった。

そして。

先生の声から10秒が経とうとした、その瞬間に。



《——♪》



流れる音楽、踊りだす彼。

溶け込む様に、足でステップを刻んでいる。

輝く虹色と対照的に、夜と踊っているかと思える程に大人っぽくて。


雰囲気が変わったと感じたのはわたしだけじゃない。

静まり返ったこの場内が、その答えを教えてくれた。


彼のダンスは、生徒達の目を一瞬で奪ったのだ――









今までの人生で何回も踊る機会はあった。

小学生、中学生、高校に入ってからも。

運動会はもちろん。体育の授業のプログラムで、今ではダンスは必須科目だ。


そしてダンスは、一人でやるものじゃない。

集団の中で一人が下手くそであれば、思いっきり目立つ。

それが嫌で、俺は踊る機会がある度に家でもずっと練習していた。


身体の動かし方とか、リズムに乗るコツとか。

義務感のまま、ひたすらに覚えていく。

上手くなっていたとしても別に楽しくもなんともなかった。


目立ちたくないから。笑われたくないから。

そんな動機が全てだったから。



――でも。




636:名前:恋する名無しさん


>>540 クラブ行ってみようぜ あっ当然陽キャの巣の方ね



人の趣向は変わるものなのだ。

そう、ふっとした瞬間に。

一か月前、その安価で。



《……♪》



曲が流れ出す。

最初のステップは『パウワウ』。

リズムに合わせ、左足を蹴って右足を引く。

次は右足を蹴って左足を引く。


もはや条件反射だ。

普段通り。クラブで踊っている時と、全く同じ。


思い出さずとも自然に身体が動く。

楽しい。

ずっと気にしていた視線が、嘘みたいに感じない。



「っ」



作曲の勉強をしていて、音楽の奥深さは少しずつ分かって来たつもりだ。

たった二分間の中に、どれだけの情報や意図が込められているかなんて。

夢咲さんがくれたこの曲も同様。

歌詞はないけれど、聴いていると風景が浮かんでくる。



深夜、月より明るいネオンライト。

ステップを刻む男の姿。

『一人っきりのダンスフロア』。



《――♪――》



だから、俺はそれを邪魔しちゃいけない。

寄り添う。浮かんでくる彼に自分を重ねる。


そうして気付けば。

あっちから俺の方に合わせてくれるんだ。


ただひたすらに。

“その音楽と、一体化する様に”。



「っ――」



気付けば曲は中盤で。

『チャールストン』――足を上げ、前に後ろに交互にステップ。

『ドラムンベース』――かかとを床に打ち落とす。


二つをシャッフル。

上がり続けるテンションに身を任せて、脚を、腕を、体全体を動かしていく。

派手さは要らない。

ただ、音楽に身を任せて。


初めてクラブで踊ったステップよりは、少しは上手くなったと思いたいね。



《♪――》



ああ、楽しい。

スレを立ち上げていなかったら、この楽しみも知りえなかった。

頭の中で鳴り響く音楽と共に、過去の情景が浮かんでくる。



《――「えっウソでしょ? マジでとーまち?」――》


《――「見た目によらず家庭的なのね、貴方」――》


《――『僕とも友達になってくれませんか』――》


《――「よろしくな。東町」――》


《――「ね! !」――》



『変わりたい』、そう思って一か月……気付いたんだ。

大事な友達が奇跡的に五人出来て。

俺はずっと、そのままで居たいと思ってしまった。


永遠に。

まるで時間を止める様に。

そんな事、絶対にあり得ないっていうのに。



《――♪》



結局、俺は覚悟が出来ていなかった。


変わっていくこの世界に、己が直面するのを。

大事な友達の視線が、関係が変わるのを。

真正面から受け止める覚悟が出来ていなくて。


“変わりたい”と思っていた俺は、“変わる”事を恐れて。


進んでいくその世界に、背を向けて逃げ続けた。



「っ――」



あっというま、曲は終盤。

そして今、ようやく振り向く。

クラブ通いだろうが……ダンスで目立とうが。これが俺なんだと覚悟が出来た。


この技で――さっきまでの自分とは決別だ。



《♪》



ラスト3秒6カウント

過去の俺は永遠を望んだ。

だからきっと、この振り付けを選んだのだろう。


MAXマックス』。

片手で逆立ちして、ポーズを決めるここ一番の静止技。

当然ミスは許されない。


ダンッと、壇上を蹴って足を振り出し空中へ。

左手だけで体を支えて。腕は地面を押すよう真っ直ぐに。

目線を上へ。右脚は伸ばし、左脚は曲げてカチッと静止!



「——っ」



残り、1秒2カウント


回る秒針を壊す様に。

有象無象、響く音を消し去る様に。



—―止まれ。

そして、俺を見ろ!!



《————》



カウント、ゼロ。

曲の終了と共に静止を解く。



「——はっ、はっ……」



壇上。

地面に両方の足を付ければ、止めた時間は動き出した。

夢の様なそれは終わった。


場内。

聞こえるは、己の吐息と鼓動のみ。

見えるのは、俺を見つめる視線のみ。


静かだ。

けれど。

時計の音は、聞こえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る