意地悪



「それじゃ、○×君のグループから!」



緊張した面持ちで6人の生徒達が壇上に上がる。


《♪》


やがて流れる音楽に、ぎこちなく身体を動かし始めた。


この創作ダンス発表は、男女合同で行われる。

持ち時間は2分まで。


二年のイベントの一つというのもあって、何だかんだ盛り上がる事が多いこのイベント。


普段の体育とは異なり、金曜日の五限六限の合計2時間を使って男子から女子の順番に踊っていく。

二年生が昼休みに練習する光景は、もはや恒例こうれい行事である。



「良いぞー」「ずれてるずれてる!」「がんばれー!」



ある者は恥ずかしがったり、本領を発揮出来なかったり。

笑って壇上から降りる者、悔しそうに降りる者。


そしてその中の五人だけは、先ほどの返信でマシになったとはいえ――まだまだ浮かない表情だった。


体育館で、ただ一人居ないクラスメイト。

一体彼は、今どんな表情をしているのかと。






「はぁ、やっぱり緊張するね〜」

「大丈夫よ、堂々としてたらいいわ」

「あやのんってこういう時全然動じないよね……」

「練習した事をするだけじゃない」

「えぇ……」



さすが学年一の美人。

ずっと見られているから慣れてるのかな。


「は〜……」


男子達が踊るのを見ながら嘆く。

女子の前に踊ってくれるのはありがたいよね。


一人居ないけれど。

……本当に、大丈夫なのかな。


タイミングがタイミングだから。

昨日の噂で……体調崩してたりなんかしたら。


「東町くんはきっと平気よ。さっき返事来たんでしょ?」

「そうだけど……」

「しゃんとしなさい。彼の事、信じられないの?」

「……ううん」


彼女の声に首を横に振る。

ああもう、駄目だよね。こんなのじゃ。



「私も心配よ。でもそれで失敗したら彼が悲しむでしょ?」

「! う、うん」



あやのんの言葉にハッとする。

気を引き締めよう。


男子が終わればわたし達の番だ。

あやのんにも迷惑掛けるし、今は自分の事に集中しなきゃ。


……でも、いっちのダンスは見てみたかったな。去年の体育祭の時はお手本みたいな動きだったし、きっと得意なんだろう。



「本番は足引っ掛けちゃ駄目よ」

「が、がんばる」



……わたしのダンスは見なくていい。

恥ずかしいから。






東町君が居ないまま、ダンスの発表は続いていった。

男の子のグループは無事終了。


僕達はなんと……女子の中で最後らしい。



——「き、綺麗だ……」「ほんと美人だよね」「同じ人間と思えないよぉ……」



音楽に合わせて、壇上で初音さんと如月さんが踊っている。

如月さんに関しては、男女ともに歓声と……羨ましがる様な声も。


——「桃ー!」「桃かっこいー!」


初音さんは、男の子よりも女の子の歓声が多い。

両者とも人気のある生徒だ。

そして東町君と仲の良い二人でもある。



「……凄いなぁ」



終始黄色い声を上げられながら、踊りきった二人。

思わず声が漏れた。


自分ならきっと萎縮いしゅくして、あんな風に踊れないや……。



「えっと、次は柊さんのグループだね!」



そして次。

壇上に上がっていったのは、またも東町君と仲の良い二人だった。


如月さん達の後だったけれど……全く臆する事無くそこに立っていて。



《——♪》



——「えっすご」「めっちゃ格好いい」「動画で上げたら絶対バズる」



ポップ調かつ、重低音の聞いた曲。

それに合わせたキレの良いダンス。


見てすぐ……“かっこいい”と思った。

美人な二人というのもあるけれど……なんというか、凄く堂々としているのだ。


ダンス部よりも動きは劣るかもしれないけれど——それでもこのオーラは真似できない。



「……私達、あの二人の後かー……」

「辛いですね……」



神様は意地悪だ。

東町君も居ないし、順番も辛い。


でも——頑張らないと。





「えっと、これが最後だね。立花さんのグループ! 頑張って!」


「……っし。行こ詩織ちゃん」

「……はい」



最後ということで、かなりの視線を感じる。

それも彼女達の後だし……。


ああもうだめだ僕、覚悟を決めないと。



「あっ」

「ちょっ詩織ちゃん!?」



緊張し過ぎかもしれない。

靴が滑って、転んでしまった。



――「大丈夫かあれ」「あの二人の後はかわいそー」



うぅ……。辛い。

幸先悪すぎて嫌になる。



「それじゃ、行きますよー!」



《♪》




音楽が流れる。

基本的なパターン5つを、繰り返して踊るだけ。



「っ!」



二週間。

長いようで短い期間で、僕達はかなり練習した……と思う。

立花さんは運動神経の悪い僕に、ため息一つつかず付き合ってくれた。



《♪》



手と足を、ぎこちなくも動かしていく。

練習通り、練習通り。


それでも——



——「あちゃー」「ずれてね?」



どうしよう、どうしよう。


どこか違和感があった。

そしてそれは、僕ではなく他の生徒も気付いたみたいだ。


覚えた通りに踊る事を意識し過ぎて——音楽に合わせる事がおろそかになった。



「……っ!」



聞こえてくる声を受け止めながら、何とか横の立花さんに合わせる様に修正しようとするけれど……うまくいかない。


早くしないと終わってしまう。

リズムからズレたそれは、きっと酷く滑稽だ。



——「発表会の醍醐味だね」「最後の最後でやっちゃったなー」「あーあ」



せっかく練習したのに。

やっぱりダンスなんて苦手だ。もう、止めてしまいたい。


そう思ってしまうけれど。

ここで諦めてしまったら、きっと昔の自分のままだ。


もし今、東町君が見ていたなら——



「っ!」



止めるな、止まらないで。

音楽に耳を傾けながら、なんとか軌道修正。


またズレて、修正。ズレて修正。

みっともないけれど、ひたすらそれを繰り返して。


なんとか立花さんと揃ったのは、ほんの最後の十数秒で。



《——♪……》



曲が終わろうとするその瞬間、僕は嘲笑を覚悟した。


——でも。


曲が終わった瞬間、場内入口。


“遥か遠く”のその場所で。

パチパチ、パチパチと。

一つの、手のひらを叩く音が聞こえた。


小さい。けれどそれは、確かにこの体育館に響いていて。



「!!」



やがてそれは、連鎖して大きな拍手となった。

僕はその光景に、呆然と立ち尽くしてしまったまま。

この現実を受け入れるのに、時間が掛かってしまった。



「っ——」



……ああ。

神様は、本当に意地悪だ。



「——東町君!」



彼が来ていたのなら、教えてくれたら良かったのに!



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