IF《もしも》②
しとしとと雨が降る。
窓に当たって、パチパチと音が鳴る。
そんな中――キータイプが止んだ。
「バカって何だよ……!」
そのレスで、腹の中が熱くなった。
こんなに悩んでいたのに――別の感情が己を覆う。
これが……顔真っ赤って奴か。そう思って、ほんの少しそれが冷えたけれど。
25:名前:1
どういう意味だよ
26:名前:恋する名無しさん
お前童貞だろ
27:名前:1
え
28:名前:1
そうだけど
29:名前:恋する名無しさん
クラブ通いの女遊びしてる呼ばわれの奴が童貞だっての 最高に笑えるよな
30:名前:1
そうだけど、何が言いたいんだよ……
□
馬鹿と言われて、次は童貞だ。
ネット掲示板といえど――腹がたった。
31:名前:恋する名無しさん
事実を言ってやるよ お前は変人だ
32:名前:恋する名無しさん
髪色が虹色って時点で普通からはかけ離れてる
加えて公園でアリを探して横断歩道を白だけ渡る変質者
趣味はポロ クソ映画を真面目に見て評価して カレーだけは負けられない精神
加えてクラブ通ってる癖に未だ女性への免疫ゼロ(童貞)
もう滅茶苦茶だ ネットの悪乗りの安価で決めた事とはいえど
それを自分のものにしたのは1だ
もはや違和感がない
とんでもない変人だよお前は
33:名前:1
何が言いたいんだよさっきから
34:名前:恋する名無しさん
じゃあ そんな奴と友達だったのは誰だ?
□
「……!」
□
35:名前:恋する名無しさん
オレが知ってるだけでもこんだけ変な要素があるお前だ
多分リアルじゃもっと色々やらかしてんだろ?
それがクラブ通いとかいう要素だけで避ける様になるか?
ちょっとしたダンスの発表程度で、離れて行くか?
そんなわけねーだろバカ
『そういう目的』で近付いてきてると思われたなら もうとっくの昔にその友達は居なくなってる
36:名前:恋する名無しさん
エスパーでもないのに、ガキが分かった様なフリをするんじゃねえよ
そいつらに聞いて回ったわけでもないんだろ?
お前は勝手に周りの有象無象の声に影響されて 自分から離れていってるだけだ
大事な人の声を無視してまで 他人以下のクソ野郎共の声を真面目に受け止めるのか?
37:名前:1
それは、でも
38:名前:恋する名無しさん
変わりたいって言ってたよな?
お前はしっかり変わってんだよ 変化という意味でも奇抜という意味でも
39:名前:恋する名無しさん
そんな変わった1だからこそ、その友達が出来たんじゃないのか?
そんな細い信頼関係だったのか?
この一か月 友達との思い出はそんな薄いもんだったのか?
噂ってのは否定しなきゃ広がって浸透する たとえそれが真っ赤な嘘でも
このまま逃げ続けてたらいつか友達全員居なくなっちまうぞ
それで構わないってなら何も言わないが
お前は 本当にそれで良いのか?
□
「――っ!」
その、画面に流れるレスが。
俺のまぶたの裏で――走馬灯の様に景色が流れていく。
□
42:名前:恋する名無しさん
あとはお前が判断しろ
こんな便所の落書きか 憶測だらけの周囲の声か好きな方を選べ
安価なんかに頼るんじゃねーぞ
□
「……そん、なの――」
震える手でマウスを動かす。
【>>5で俺は変わろうと思う】――そのスレタイトルが、拭った視界の後に見えた。
ああ。色々あったよな。
どうしてそれが、見えなくなっていたんだろう。
初めて飛ばした安価でこの髪色になって。
如月さんに話しかけて。趣味を23個見つけて。
テストも一位になって。合コンも山も、初音さんを連れ出した時も――俺は、ずっとここの力を借りていた。
“変わりたい”――そう思って、住民と一緒にこれまでやってきた。
“変わりたい”——もがく俺に、彼女達は優しく接してくれた。
彼らが、彼女達が居なければ今の俺は居ない。
なのに俺は、何故か周囲ばかりを気にして——勝手に絶望して、勝手に落ち込んで。
向き合っていなかった。
逃げ続けて、本当の事を知ろうともしなかった。
見えなくなっていたんだ。
掲示板の住人も。
五人の友達も。
大事な、その者達の事を!
「――まだ、間に合うはずだ」
もしこのスレを立て上げていなかったなら。
もし俺が変わっていないというのなら。
今……こうして立てていないはずだから。
「っ」
間違えない様に。
今度こそ――道を踏み外さない様に。
顔も知らない匿名の彼に。
感謝を込めて。
決意を込めて。
俺は、エンターキーを押し込んだ。
□
43:名前:1
行ってきます
□
☆
☆
「……ったく」
その返事を確認して、思わず笑った。
まさか、ここまで熱くなってしまうとは思わなかった。
諦めてほしくない。
周りのつまらない声にやられてほしくない。
顔も知らない高校生に、ここまで感情を入れ込むのもおかしいのかもしれないが。
「オレが、後十年若かったらなぁ……」
立ち上がり、呟く。
同じ学校。同じ学年。同じクラス。隣で歩く友達の“彼”の姿を。
……そんな、ありえない風景に思いを馳せた。
絶対に不可能だけれど、やけに想像出来た——そんな“IF《もしも》”のストーリーを。
タイピングを止めれば、どうやら周りの音がなくなっている事に気付く。
ハッとして窓を見れば……雨はすでに止んでいて。
「おいおいマジかよ」
ここで虹が掛かるのは――流石に出来過ぎてはいないか? と。
思わず笑ってしまった、昼の1時半。
きっと今彼は必死に走っている事だろう。
空なんて見ず。ただひたすらに真っ直ぐに。
「頑張れよ、1」
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