IF《もしも》①



「あー。変な時間に起きちまった……」



時計は1を刺している。

夜勤終わり、帰宅後寝て今起きた。

昼からは少し過ぎたこの時間。


当然二度寝はするが……腹が減った。

鍋に残っているカレーを温め直しながら、空を見る。

天気予報にはなかった、大雨だった。



「もう梅雨かね……」



この時期はムシムシして嫌いだ。

学生の頃は、髪が爆発するから特に嫌いだった。


……学生、学生か。


思えば、周囲の人間の言う様なキラキラした思い出なんて無い。

彼女も居なかったし。


今でいう“陽キャ”みたいな奴らの影に隠れて、ただひたすら日々を過ごして居た。

誰だよ最初にこんなワード作った奴。天才か?

ま、古傷を抉るのはさておき。


……だからかな。

あのスレッドを見るのは、やけに楽しいんだ。

当時の自分と重ねる事が出来るから。


アイツみたいにしていれば――そう思えるからか。



「……っぱカレーは一晩置くのが良い」



食い終わった皿をシンクに持っていき……水に付け、満足感に浸る。



333:名前:1

良いか? カレーは寝かせる事によって肉や野菜の成分が絡み合って、独自の“コク”が生まれるんだ 

スパイスもゆっくり熱が冷めることで熟成されて深みが出る

一晩置くだけでコレだ もはや偶然には出来過ぎている 


つまり、カレーは神が作った食べ物だったんだよ!!!!!!!!


334:名前:恋する名無しさん

ΩΩΩ「……」


335:名前:恋する名無しさん

イッチ、安価のせいでカレー狂になっちゃった……



そんなレスで、無駄に知識が増えた。

アイツはカレー博士かよって。



500:名前:恋する名無しさん

1、あんまりコーヒー飲み過ぎんなよ

若いうちからカフェイン中毒になると辛いぞ(100敗)


501:名前:1

ありがとう

最近はカフェインレスの豆買ったんだ

だから大丈夫


502:名前:恋する名無しさん

不味い印象あるけどどうなの?


503:名前:1

俺は『超臨界二酸化炭素抽出』のやつ飲んでるから、普通のと同じぐらい美味しいと思う(ドヤ顔)


504:名前:恋する名無しさん

か、かっけぇ……


505:名前:1

でも高いんだよ!!

おかげで財布の中も寂しい事に

これが本当のキャッシュレスってね(爆笑)


506:名前:恋する名無しさん

は?


507:名前:恋する名無しさん

カフェイン取ったほうが良いんじゃないすかwWwwww?????



カフェインレスのコーヒー粉を、フィルターに入れながら思い出す。

寝る前にはこれに限る。



「“の”を描く様に……」



湯を注ぎ終わり、マグカップを手に取った。

良い香りだ。

今日は中々上手くいったんじゃないか?



「……ふー」



コーヒーを口にしながら、パソコンを立ち上げる。


二度寝前に映画でも見るか。

ああでも、その前にちょっと――





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10:【>>5で俺は変わろうと思う】 (1)

11:元カノが可愛すぎるんだけど…… (5)




「ん?」




恋愛スレッド一覧、目に映ったそれ。

この時間にそれが立つ事なんて、ほぼなかった。

なんならパート番号つけてねぇし。確かPert22なんだが。しかも一レスしかついてねぇ。偽物?



「まあ偽物じゃねーだろ……」



ほとんど反射的に――オレはそのスレッドを立ち上げる。




【>>5で俺は変わろうと思う】


1:名前:1

だれか、いるかな




普通に考えて――今の時間は昼休みを終えて授業中だ。

休日か? それにしても、この時間は珍しい。


だからか誰もレスをしていなかった。

元々コソコソやってた、そんなに勢いのあるスレッドじゃないし。

この時間じゃ大体住民も仕事か学校だろう。



2:名前:恋する名無しさん

居るけど 1学校は?


3:名前:1

その、休んだ


4:名前:恋する名無しさん

え なんで? 体調崩したのか?


5:名前:1

ズル休み、みたいな


6:名前:恋する名無しさん

は?


7:名前:恋する名無しさん

お前本当にいつもの1か?



一対一のスレッドが進んでいく。


オレの知ってる1は、“ズル休み”なんて絶対にしない人間だ。

二年はほとんど無遅刻無欠席――それをアレだけ誇ってたのに。

そもそも真面目な奴だ。真面目過ぎて心配になるぐらい。



何かが。

きっと、何かがあったのだ。




8:名前:恋する名無しさん

なにがあった? 1


9:名前:恋する名無しさん

今すぐ話せ




そして。


その予感は――我ながら見事に的中する。





10:名前:1

怖いんだ、学校に行くのが





微かにあった眠気は吹き飛ぶ。


オレは――そのスレッドに打ち込んだ。





その後つらつらと、レスが続けられて。


オレと1だけのスレッド。

画面の向こうの彼の表情が、その文面だけで想像出来た。




12:名前:1

俺の友達、全員女の子なんだ

ただ当然、俺なんかがそういう対象にならないとも分かってる なろうとも思ってない


でも、周りの目は違ってた



最近、友達と話す機会がなくなってきていること。避けられている気がすること。

異性の友達しか居ない自分を見つめる、周りの視線のこと。



15:名前:1

自分で言うのもアレだけど、結構うまくできてると思ってた

素人に毛が生えた程度だってのは分かってる


それでも、これで男子から声を掛けられるんじゃないかってほんの少し期待してた


でも、結果は逆だったよ

お前らの言うとおりだった

ダンス部じゃないのにとか、モテるため必死とか。誰もダンスなんか見ちゃいない



ダンスの授業で悪目立ちして――男子から悪口を言われたこと。

そんな気はないのに、“そういう目的”で見ていると思われていること。



22:名前:1

それで昨日、クラブに通ってたのが誰かにバレてさ

噂に余計信ぴょう性が付いた


学校中から白い目で見られて、友達にもどう思われてるか分からない

考えただけで怖い


メッセージの返信も、怖くて

もう何も分からないんだ




そして昨日。

クラブに行っているところを見られて、より一層悪評が立ったこと。



「……」



珍しい、1の言葉だった。

これまでの様な、真っ直ぐで明るいモノではなかった。


暗くて、ひたすらに愚痴を吐く彼は――そうとう参っているんだろうと分かる。




23:名前:恋する名無しさん

なあ1 




――だからこそ。

オレはエンターキーを押し込んだ。


顔も知らない少年へ。

きっと死んだ表情のソイツに向けて。


ほんの僅かにでも、それを変えられる様に。




24:名前:恋する名無しさん

お前はバカか?


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