最悪の未来


「……」


黒い液体をカップに入れ、口に運ぶ。

その強い苦味に顔を│しかめた。


今日のコーヒーは失敗だ。

思えば、昨日も珍しくカレー作りに失敗した。

気分転換にいつもと違う方法で作ったからだろう。


その代わり、創作関係はいつもより進んだ。

音楽にイラスト、小説。

まだまだ初心者だけど、この3つは本当に楽しい。

特に音楽。最初は辛かったけれど、一か月も立てば多少はモノになった。

自分の好みの音を作れる様になったら凄く楽しくなった。

しかしながら曲を作る……なんてのはまだ雲の先。


現実逃避といえば、それだけだけど。

後は勉強。これはずっとやってるからか。



「……そろそろ行かなきゃな」



だからこそ、この狭い創作部屋から抜けたくなかった。

携帯の運行情報を眺めながらそう呟く。


いつもは余裕を持って出発しているけれど。

今日は――ギリギリを狙う。

HL開始5分前に到着する、そんなダイヤで。


……久しぶりだ。

学校に行くのが、苦痛に思えるのは。

今日は体育もある。目を瞑ったら、来週の月曜になっていないだろうか——





「えー、この公式は——」


「……」



案外、一時限目の授業は集中して受けられた。

勉強が現実逃避になっているのかもしれない。



キーンコーン——



「はい、んじゃ今日はここまで——」


「っ」



そして、授業が終われば席を立つ。

時計の音が、聞こえる前に。

体操服を鞄に入れて。





男子は教室で。

女子は専用の更衣室で。


体操服の着替えは、それぞれの場所で行われる。


ダンスの場合はそこから、男子は第一体育館。

女子は第二体育館。

第一の方がここから遠いんだよね。



「……」



一限が終わり、廊下を歩き1分ぐらい待って教室に入れば――大半の生徒は慌ただしく着替えていく。

第一体育館は第二よりも遠く、余裕を持って到着する者が多いのだ。


この時間が、一番視線を感じなくて良い。

女子は居らず男子は慌ただしいから。


我ながら、本当に陰キャだと思う。

最近は普通に着替えてたんだけど。一年の時はずっとこうだったっけ。





「はーい、いよいよ次の金曜日にはダンス発表でーす!」



――「はやすぎでーす!」「無茶ぶりだってー」「全然完成してないよ俺達」――



「泣き声言いません! まあでも結構大変なのは分かるので、先生が順次アドバイスしていきまーす!」



二週間といえど、本当にあっという間。

俺の周りの生徒は不満を口にする。



「あと、優秀な人には授業の真ん中の方に“お手本”として踊ってもらうので! 分かったねダンス部?」



――「……知ってた」「参考にさせてもらお」「頼んだぞー」――



ガヤガヤする体育館内。

この悪い予感が、当たってくれないと良いんだけど。





やることは変わらない。

部分部分ごと、それぞれ完璧に出来る様に反復練習。


音楽は流さなくても耳に染み付いた。

ひたすら精度を上げて、ひたすらミスを潰していく。


ダンスは楽しい。

だから、気にならなかった。

時折感じる――敵意の様なその視線が。



「はーい、それじゃ皆集合!」



そのまま時間は経つ。

このまま終わってくれればよかったけれど。



「とりあえず三グループ、先生のお眼鏡に叶った方々に踊ってもらいます!」


「それじゃまず――〇×君! はい壇上上がって上がって!」



――「やっぱダンス部かー」「来た来た」「ダンス部、パクらせてもらお」――



「……ふぅ」



その先生の声に一息付く。

このまま呼ばれないで欲しい思いと、もう一つの思い。


それに気付かないフリをして、壇上に上がる生徒を見た。





「はーい! ありがとうございました!」



――「やっぱダンス部スゲーわ」「ここまで完成度高いんだな~」――



そのまま、一人のダンスを終えて。

次の二人目もダンス部だった。俺はその人を知らないけれど、周りの反応で分かった。


……二人とも、その顔は自信に溢れている。

もちろん恥ずかしさもあるだろうけれど……俺とは違う。


動きも俺とは違う。

“集団”で踊る事を意識した、分かりやすいモノ。もちろんクオリティも高い。

一年の時、体育祭でも踊ったのはそういったダンスだ。



「……」



そうか。

それなら、呼ばれないか。


俺は“一人”だから――



「――それじゃーラスト! 東町君!」


「えっ」



なんて。

そう、勝手に安心していた時。聞こえてきた先生の声。



「はい! こっちこっち!」

「……ぁ。はい……」



――「ダンス部じゃねーの?」「なんで?」「……」――



先生に手招きされ、前に出る。


周囲からの声。

ちらほらと感じる、敵意の視線はより強くなった。


……でもどこか、心は浮足だっていた。

“もしかしたら”。

奥底で俺は――この状況を、望んでいたのかもしれない。



「音源はこれで良いんだよね?」

「だ、大丈夫です」

「それじゃ上がって上がって!」



先生に言われるまま、壇上に上がる。


パターン3の内――選んだのはパターン1。

一番ミスが少ないであろう、一番難易度が低いもの。

この精神状態だと多分他2つじゃミスるから。



「っ……」



男子40名近く。

それが見える景色は、緊張し過ぎて頭がおかしくなりそうだけど。


明後日には――もっと増えるから。

その中には、五人の友達も居るから。

失敗なんてしてはならない。



「それじゃースタート!」



ここでミスするぐらいなら、きっと明後日は目も当てられない。

だから――


流れる音楽に。

いつもの様に。


俺は、身を任せていった。



《――♪》



聞きなれたイントロが、俺の足を自然と動かしていく。

ステップ、ステップ。

刻む様に――その音に乗る様に。



「っ!?」



でも。

見えたのは、“理想”の風景では無かった。


足が、鉛の様に重く感じた。

普段の様には踊れなかった。

久しぶりに、踊るのが楽しくなかった。





「――はーい! 東町君ありがとう、凄い良かったよ。皆も負けないよう頑張れ!」


「……どうも」



壇上、踊り終えて下る。

目下、その視線を出来るだけ浴びないよう先生に目を向けながら。



「それじゃ皆練習に戻ってー! それぞれアドバイスしていくからねー」



その声を皮切りに散り散りになる生徒達。


俺も、それにすがる様に立ち去った。

歩く度――背中にジトっとした視線がくっつく。


“もしかしたら、この踊りを見た彼らが話しかけてくれるかも”。

そんなダンス前の期待が、そうとう馬鹿な考えだったんだと分かる。

どこまでも受動的な。どこまでも他人任せな。



――「見た?」「どんだけ練習したんだよ」「アレ明後日やんの?」――



本人達は、聞こえてないと思っている声。

その中で、聞こえてないフリをする俺。


酷く惨めに思えた。

無視すればいい――そんな理想を、俺の聴覚は許してくれない。


鋭く、事細かに拾い上げる。

音楽よりも。その声を。



――「どんだけモテたいんだよ」「見てるこっちが恥ずいって」「ダンス部でもないのにな」――



……違う。

そんな理由で、俺は踊ったんじゃない。


ダンスが好きだから。

“安価”で決まった趣味だけど――この思いは確かだ。


なのに。



――「如月さんへのアピールか?」「明後日は女子も見るからなー」「狙ってるぞアレ」――



本人はさぞ楽しいと思っている、そんな雑談に。



――「急になんか目立ち始めたよな」「テストもアレだし」「遅すぎた高校デビューか?」


「勉強の次は運動か」「一年の時のアイツ知ってる?」「調子乗ってるよな」


「学園の姫じゃ足りねーんだろ」「流石にキモいわ」「あの髪色で優等生気取りかよ」――



研ぎ澄まされた聴覚が。


聞こえてくる、陰口に。



――「あの“五人”も引くだろアレ」「マジで笑うわアイツ」「あそこまでやる?」――



……その声に。


あるはずもない時計の音が――また一段と大きくなった。


止まらない。止まらない。

最悪の未来が、頭の中に広がっていく。









▲作者あとがき


夕方頃もう一話投稿します。

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