最悪の未来
「……」
黒い液体をカップに入れ、口に運ぶ。
その強い苦味に顔を│
今日のコーヒーは失敗だ。
思えば、昨日も珍しくカレー作りに失敗した。
気分転換にいつもと違う方法で作ったからだろう。
その代わり、創作関係はいつもより進んだ。
音楽にイラスト、小説。
まだまだ初心者だけど、この3つは本当に楽しい。
特に音楽。最初は辛かったけれど、一か月も立てば多少はモノになった。
自分の好みの音を作れる様になったら凄く楽しくなった。
しかしながら曲を作る……なんてのはまだ雲の先。
現実逃避といえば、それだけだけど。
後は勉強。これはずっとやってるからか。
「……そろそろ行かなきゃな」
だからこそ、この狭い創作部屋から抜けたくなかった。
携帯の運行情報を眺めながらそう呟く。
いつもは余裕を持って出発しているけれど。
今日は――ギリギリを狙う。
HL開始5分前に到着する、そんなダイヤで。
……久しぶりだ。
学校に行くのが、苦痛に思えるのは。
今日は体育もある。目を瞑ったら、来週の月曜になっていないだろうか——
☆
「えー、この公式は——」
「……」
案外、一時限目の授業は集中して受けられた。
勉強が現実逃避になっているのかもしれない。
キーンコーン——
「はい、んじゃ今日はここまで——」
「っ」
そして、授業が終われば席を立つ。
時計の音が、聞こえる前に。
体操服を鞄に入れて。
☆
男子は教室で。
女子は専用の更衣室で。
体操服の着替えは、それぞれの場所で行われる。
ダンスの場合はそこから、男子は第一体育館。
女子は第二体育館。
第一の方がここから遠いんだよね。
「……」
一限が終わり、廊下を歩き1分ぐらい待って教室に入れば――大半の生徒は慌ただしく着替えていく。
第一体育館は第二よりも遠く、余裕を持って到着する者が多いのだ。
この時間が、一番視線を感じなくて良い。
女子は居らず男子は慌ただしいから。
我ながら、本当に陰キャだと思う。
最近は普通に着替えてたんだけど。一年の時はずっとこうだったっけ。
☆
「はーい、いよいよ次の金曜日にはダンス発表でーす!」
――「はやすぎでーす!」「無茶ぶりだってー」「全然完成してないよ俺達」――
「泣き声言いません! まあでも結構大変なのは分かるので、先生が順次アドバイスしていきまーす!」
二週間といえど、本当にあっという間。
俺の周りの生徒は不満を口にする。
「あと、優秀な人には授業の真ん中の方に“お手本”として踊ってもらうので! 分かったねダンス部?」
――「……知ってた」「参考にさせてもらお」「頼んだぞー」――
ガヤガヤする体育館内。
この悪い予感が、当たってくれないと良いんだけど。
☆
やることは変わらない。
部分部分ごと、それぞれ完璧に出来る様に反復練習。
音楽は流さなくても耳に染み付いた。
ひたすら精度を上げて、ひたすらミスを潰していく。
ダンスは楽しい。
だから、気にならなかった。
時折感じる――敵意の様なその視線が。
「はーい、それじゃ皆集合!」
そのまま時間は経つ。
このまま終わってくれればよかったけれど。
「とりあえず三グループ、先生のお眼鏡に叶った方々に踊ってもらいます!」
「それじゃまず――〇×君! はい壇上上がって上がって!」
――「やっぱダンス部かー」「来た来た」「ダンス部、パクらせてもらお」――
「……ふぅ」
その先生の声に一息付く。
このまま呼ばれないで欲しい思いと、もう一つの思い。
それに気付かないフリをして、壇上に上がる生徒を見た。
☆
「はーい! ありがとうございました!」
――「やっぱダンス部スゲーわ」「ここまで完成度高いんだな~」――
そのまま、一人のダンスを終えて。
次の二人目もダンス部だった。俺はその人を知らないけれど、周りの反応で分かった。
……二人とも、その顔は自信に溢れている。
もちろん恥ずかしさもあるだろうけれど……俺とは違う。
動きも俺とは違う。
“集団”で踊る事を意識した、分かりやすいモノ。もちろんクオリティも高い。
一年の時、体育祭でも踊ったのはそういったダンスだ。
「……」
そうか。
それなら、呼ばれないか。
俺は“一人”だから――
「――それじゃーラスト! 東町君!」
「えっ」
なんて。
そう、勝手に安心していた時。聞こえてきた先生の声。
「はい! こっちこっち!」
「……ぁ。はい……」
――「ダンス部じゃねーの?」「なんで?」「……」――
先生に手招きされ、前に出る。
周囲からの声。
ちらほらと感じる、敵意の視線はより強くなった。
……でもどこか、心は浮足だっていた。
“もしかしたら”。
奥底で俺は――この状況を、望んでいたのかもしれない。
「音源はこれで良いんだよね?」
「だ、大丈夫です」
「それじゃ上がって上がって!」
先生に言われるまま、壇上に上がる。
パターン3の内――選んだのはパターン1。
一番ミスが少ないであろう、一番難易度が低いもの。
この精神状態だと多分他2つじゃミスるから。
「っ……」
男子40名近く。
それが見える景色は、緊張し過ぎて頭がおかしくなりそうだけど。
明後日には――もっと増えるから。
その中には、五人の友達も居るから。
失敗なんてしてはならない。
「それじゃースタート!」
ここでミスするぐらいなら、きっと明後日は目も当てられない。
だから――
流れる音楽に。
いつもの様に。
俺は、身を任せていった。
《――♪》
聞きなれたイントロが、俺の足を自然と動かしていく。
ステップ、ステップ。
刻む様に――その音に乗る様に。
「っ!?」
でも。
見えたのは、“理想”の風景では無かった。
足が、鉛の様に重く感じた。
普段の様には踊れなかった。
久しぶりに、踊るのが楽しくなかった。
☆
「――はーい! 東町君ありがとう、凄い良かったよ。皆も負けないよう頑張れ!」
「……どうも」
壇上、踊り終えて下る。
目下、その視線を出来るだけ浴びないよう先生に目を向けながら。
「それじゃ皆練習に戻ってー! それぞれアドバイスしていくからねー」
その声を皮切りに散り散りになる生徒達。
俺も、それに
歩く度――背中にジトっとした視線がくっつく。
“もしかしたら、この踊りを見た彼らが話しかけてくれるかも”。
そんなダンス前の期待が、そうとう馬鹿な考えだったんだと分かる。
どこまでも受動的な。どこまでも他人任せな。
――「見た?」「どんだけ練習したんだよ」「アレ明後日やんの?」――
本人達は、聞こえてないと思っている声。
その中で、聞こえてないフリをする俺。
酷く惨めに思えた。
無視すればいい――そんな理想を、俺の聴覚は許してくれない。
鋭く、事細かに拾い上げる。
音楽よりも。その声を。
――「どんだけモテたいんだよ」「見てるこっちが恥ずいって」「ダンス部でもないのにな」――
……違う。
そんな理由で、俺は踊ったんじゃない。
ダンスが好きだから。
“安価”で決まった趣味だけど――この思いは確かだ。
なのに。
――「如月さんへのアピールか?」「明後日は女子も見るからなー」「狙ってるぞアレ」――
本人はさぞ楽しいと思っている、そんな雑談に。
――「急になんか目立ち始めたよな」「テストもアレだし」「遅すぎた高校デビューか?」
「勉強の次は運動か」「一年の時のアイツ知ってる?」「調子乗ってるよな」
「学園の姫じゃ足りねーんだろ」「流石にキモいわ」「あの髪色で優等生気取りかよ」――
研ぎ澄まされた聴覚が。
聞こえてくる、陰口に。
――「あの“五人”も引くだろアレ」「マジで笑うわアイツ」「あそこまでやる?」――
……その声に。
あるはずもない時計の音が――また一段と大きくなった。
止まらない。止まらない。
最悪の未来が、頭の中に広がっていく。
▲作者あとがき
夕方頃もう一話投稿します。
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