わたしだって
時刻は19時前。
一時間前と打って変わって。
「かくごー!」
「ガゴゴ……(激キモ陰キャサイボーグ)」
「やー!!」
「ギガギガフンフン(耐久全振り)」
そこには元気に俺を攻撃するかのんちゃんが(悪化)。
「こうげきできないのかー!」
「ァ……(困惑)」
そして、もはやただのやられ役じゃ満足出来ないらしい。
考えてみよう。五才児に攻撃を与えるなんて出来る訳がない。
……詰んだ? いや――
「――ひ、必殺ムーンウォーク(意味不明)」
「わーー!!」
「え」
「きゃっきゃっ」
ちょっとした威嚇のつもりでステップ踏んだんだけど。
めっちゃ喜んでんだけど。
まさかここまで受けるとは。
「そういえば――」
元来、ダンスというものは人間だけのものじゃない。
例えば小鳥は、さえずりと共に身体を上下に揺らし異性にアピールする。
そう――我々生物には、脈打つダンスの血が流れている。踊るという事は生きるという事なのだ(俺のバイブル:『ダンスの心得』より│
いやちょっと待て。それじゃ俺が彼女にアピールしてるみたいじゃ(犯罪)。
おまわりさーん!!
「もっとやって!」
「承知いたしました……(敬服)」
まあ、ともかく。
かのんちゃんが楽しそうで何よりです。
彼女に文字通り踊らされている気がするけどね(爆笑)。
「……いちにー、なにかおもしろい?」
「あっすいません」
ダンスタイムだ!(ヤケクソ)。
☆
☆
「――こんばんは~!」
「いらっしゃい。遅かったわね」
「うん~。ちょっとお母さんと話してて」
20時。
家族とご飯を食べて、あやのんの家へ。
ちょっと遅くなってしまった。
いっちまだ居るかな――あ、彼の靴発見。まだいる。
「ご飯は食べちゃったけれど……」
「大丈夫大丈夫! 家で食べてきたから〜」
「そう。なら良いのだけど」
「うん! 宿題はやってないけどね〜!」
「ふふ、それは知ってるわよ」
「え〜? あとで一緒にやろうね〜」
二人で玄関からリビングに歩きながら、慣れ親しんだ如月家の香りで落ち着く。
中学の時から、ずっと来てるもん。
その間、あやのんの友達でわたし以外来たことあったっけ?
そう考えると、いっちって凄い——
「——って!」
「な、なによ急に」
「いっちは!」
「ああ、東町君は寝室にいるわよ」
「え」
リビングにもその影は無い。
だからどこに行ったのかと思えば、二階だった。
「二人だけで?」
「当たり前よ。ママはもっと遅いわ」
「……だ、大丈夫?」
そりゃ、いっちはロリコンじゃないと思うけれど。
あの可愛さの暴力を前に、理性を保っていられるんだろうか。
わたしは無理だった。
「もう、ドタドタ言わさないの」
「だっ、だって〜」
ちょっと急な階段を急いで上り、その部屋へ。
「え!?」
畳が広がる和室、ひとつだけ布団が並ぶそこに、二人が居た。
静かに寝息を立てながら。
「かのんちゃんと……いっち?」
「一緒に寝てるわよ。時間も時間だし……彼、大分疲れてたみたいだから」
「ね、寝てるって。いやいや……でもあの体勢は」
いっちは普通に寝てるけれど。
かのんちゃん、彼の頭を手でがっしり抱きかかえて寝てる。
その虹色が相まって、まるで宝石を身体全体で包む様。
「オ……ア……」
対する彼の寝息? は苦しそうだけど……。
それでも。
「だめでしょあれ!」
「え?」
「お、お腹が。いっちの顔がかのんちゃんの柔らかいお腹に当たってる!」
「ふふ、彼が“そういう”人じゃないのは分かってるから大丈夫よ」
「……だけど」
「仲いいのね、二人とも」
「……うん」
嫌だな、わたし。
目の前のかのんちゃんを見ていると、少しもやもやしてしまう。
五歳の女の子に……何を思ってるんだろう。
……わたしだって。
いっちを、そんな風に出来るのなら——
「ちょ、ちょっと桃?」
これは、別にやましい気持ちなんかじゃない。
いっちを、こんな状況に居る彼を起こすだけだから。
それに触れたいだなんて、思ってない。
「……」
音を立てずに、ゆっくり彼の元に近付きしゃがむ。
慣れた家とは異なる香り。
寝息を立てる、彼の顔。
「お、起きて〜……」
出来るだけ優しく、そっと。
“起きないで”——そう願いながら。
「……っ」
少しごつっとした背中、肩を掴む。
暖かいそれに触れるだけで、ばくばく心臓がうるさくなる。
「お、おきろ〜……」
それを分かっていても止められない。
もっと近くで彼を見たい。自分の吐息で、起こしてしまうかもしれないのに。
出来るだけ小さい声を発しながら、彼の顔、耳の近くに口を持っていく。
「っ」
虹色の髪。
耳だけじゃなく、閉じた目も、鼻も、唇も――今、彼のそれが近くにある。
それが、どうしようもなく恥ずかしくて。
「……にじ、いろ……!」
「オフッ」
「!」
その時。
眠っているかのんちゃんが、さらに強くいっちを抱き寄せる。
離れていく彼の頭。
こんなに近くに居るのに、どこか遠くへ行ってしまう様な感覚。
「……っ」
「ちょっと桃?」
「な、なんでもない。しばらく起きなさそうだし宿題やろ~」
「? ええ。ずっと二人で遊んでたし疲れてるのよ」
「……そっか」
湧き上がる何かを抑えながら階段を下る。
ああ、もうやだ。
相手は――あのかのんちゃんなのに。
なんで、こんなにむかむかするの。
大人げないなんてものじゃない。
そもそもの話……いっちは友達でしょ。
こんな気持ち、おかしいのに――
「あ~! わたしちょっとスマホさっきの部屋に落としたかも」
「え?」
「先リビング戻ってて!」
「もう、何やってるのよ……」
「あ、あはは~」
そのまま踵を返し――先ほどの寝室へ向かう。
平静を保とうとするけれど、手足は震えている。
「っ」
思わず嘘を付いてしまった。
最低だ、わたし。
でも、止められない。
「わたしだって……」
かのんちゃんが、彼をそうするのなら。
自分も。この腕でいっちを抱き締める事も……きっと、許されるはずだから。
……これは、友達同士の軽いハグだ。友情表現だ。だから、きっと――
「――っ!?」
「……もも? きてた」
「え、あ。うん……」
「おはよう!」
「お、おはよ……」
こっそり向かった寝室。
到着、その部屋。掛かる彼女の声。
思考が、一気に冷静になるけれど。
「いちにー、おやすみしてるから。しー、だよ!」
「う、うん。ごめん……」
そこに入った時。
座るかのんちゃんのふとももに、虹色の頭を載せる彼の姿。
「あっ……ポロ……っていうのは……過去とは違って……今は上流階級の……」
さっきとは違う。
心地良さそうに、寝言まで言っちゃって。
「にじいろ……いちにー♪」
更に、目の前。
それを撫でるかのんちゃんを見てられなくて。
「……いっちのばか……」
眠る彼には聞こえぬ様に。
溢れる嫌な感情を、そっと吐き出した。
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