わたしだって


時刻は19時前。

一時間前と打って変わって。



「かくごー!」

「ガゴゴ……(激キモ陰キャサイボーグ)」


「やー!!」

「ギガギガフンフン(耐久全振り)」



そこには元気に俺を攻撃するかのんちゃんが(悪化)。



「こうげきできないのかー!」

「ァ……(困惑)」



そして、もはやただのやられ役じゃ満足出来ないらしい。

考えてみよう。五才児に攻撃を与えるなんて出来る訳がない。


……詰んだ? いや――



「――ひ、必殺ムーンウォーク(意味不明)」


「わーー!!」


「え」


「きゃっきゃっ」



ちょっとした威嚇のつもりでステップ踏んだんだけど。


めっちゃ喜んでんだけど。

まさかここまで受けるとは。



「そういえば――」



元来、ダンスというものは人間だけのものじゃない。

例えば小鳥は、さえずりと共に身体を上下に揺らし異性にアピールする。


そう――我々生物には、脈打つダンスの血が流れている。踊るという事は生きるという事なのだ(俺のバイブル:『ダンスの心得』より│抜擢ばっすい)。

いやちょっと待て。それじゃ俺が彼女にアピールしてるみたいじゃ(犯罪)。


おまわりさーん!!



「もっとやって!」

「承知いたしました……(敬服)」



まあ、ともかく。

かのんちゃんが楽しそうで何よりです。


彼女に文字通り踊らされている気がするけどね(爆笑)。



「……いちにー、なにかおもしろい?」

「あっすいません」



ダンスタイムだ!(ヤケクソ)。








「――こんばんは~!」


「いらっしゃい。遅かったわね」

「うん~。ちょっとお母さんと話してて」



20時。

家族とご飯を食べて、あやのんの家へ。

ちょっと遅くなってしまった。

いっちまだ居るかな――あ、彼の靴発見。まだいる。



「ご飯は食べちゃったけれど……」

「大丈夫大丈夫! 家で食べてきたから〜」

「そう。なら良いのだけど」

「うん! 宿題はやってないけどね〜!」

「ふふ、それは知ってるわよ」

「え〜? あとで一緒にやろうね〜」



二人で玄関からリビングに歩きながら、慣れ親しんだ如月家の香りで落ち着く。

中学の時から、ずっと来てるもん。


その間、あやのんの友達でわたし以外来たことあったっけ? 

そう考えると、いっちって凄い——


「——って!」

「な、なによ急に」

「いっちは!」

「ああ、東町君は寝室にいるわよ」

「え」


リビングにもその影は無い。

だからどこに行ったのかと思えば、二階だった。


「二人だけで?」

「当たり前よ。ママはもっと遅いわ」

「……だ、大丈夫?」


そりゃ、いっちはロリコンじゃないと思うけれど。

あの可愛さの暴力を前に、理性を保っていられるんだろうか。

わたしは無理だった。


「もう、ドタドタ言わさないの」

「だっ、だって〜」


ちょっと急な階段を急いで上り、その部屋へ。


「え!?」


畳が広がる和室、ひとつだけ布団が並ぶそこに、二人が居た。

静かに寝息を立てながら。


「かのんちゃんと……いっち?」

「一緒に寝てるわよ。時間も時間だし……彼、大分疲れてたみたいだから」

「ね、寝てるって。いやいや……でもあの体勢は」


いっちは普通に寝てるけれど。

かのんちゃん、彼の頭を手でがっしり抱きかかえて寝てる。

その虹色が相まって、まるで宝石を身体全体で包む様。


「オ……ア……」


対する彼の寝息? は苦しそうだけど……。

それでも。



「だめでしょあれ!」

「え?」

「お、お腹が。いっちの顔がかのんちゃんの柔らかいお腹に当たってる!」

「ふふ、彼が“そういう”人じゃないのは分かってるから大丈夫よ」

「……だけど」

「仲いいのね、二人とも」

「……うん」



嫌だな、わたし。

目の前のかのんちゃんを見ていると、少しもやもやしてしまう。


五歳の女の子に……何を思ってるんだろう。


……わたしだって。

いっちを、そんな風に出来るのなら——



「ちょ、ちょっと桃?」



これは、別にやましい気持ちなんかじゃない。

いっちを、こんな状況に居る彼を起こすだけだから。


それに触れたいだなんて、思ってない。



「……」



音を立てずに、ゆっくり彼の元に近付きしゃがむ。

慣れた家とは異なる香り。

寝息を立てる、彼の顔。



「お、起きて〜……」



出来るだけ優しく、そっと。

“起きないで”——そう願いながら。



「……っ」



少しごつっとした背中、肩を掴む。

暖かいそれに触れるだけで、ばくばく心臓がうるさくなる。


「お、おきろ〜……」


それを分かっていても止められない。

もっと近くで彼を見たい。自分の吐息で、起こしてしまうかもしれないのに。


出来るだけ小さい声を発しながら、彼の顔、耳の近くに口を持っていく。



「っ」



虹色の髪。

耳だけじゃなく、閉じた目も、鼻も、唇も――今、彼のそれが近くにある。


それが、どうしようもなく恥ずかしくて。



「……にじ、いろ……!」

「オフッ」


「!」



その時。

眠っているかのんちゃんが、さらに強くいっちを抱き寄せる。


離れていく彼の頭。

こんなに近くに居るのに、どこか遠くへ行ってしまう様な感覚。



「……っ」

「ちょっと桃?」


「な、なんでもない。しばらく起きなさそうだし宿題やろ~」

「? ええ。ずっと二人で遊んでたし疲れてるのよ」


「……そっか」



湧き上がる何かを抑えながら階段を下る。

ああ、もうやだ。


相手は――あのかのんちゃんなのに。

なんで、こんなにむかむかするの。

大人げないなんてものじゃない。


そもそもの話……いっちは友達でしょ。

こんな気持ち、おかしいのに――



「あ~! わたしちょっとスマホさっきの部屋に落としたかも」

「え?」

「先リビング戻ってて!」

「もう、何やってるのよ……」

「あ、あはは~」



そのまま踵を返し――先ほどの寝室へ向かう。

平静を保とうとするけれど、手足は震えている。


「っ」


思わず嘘を付いてしまった。

最低だ、わたし。

でも、止められない。



「わたしだって……」



かのんちゃんが、彼をそうするのなら。

自分も。この腕でいっちを抱き締める事も……きっと、許されるはずだから。


……これは、友達同士の軽いハグだ。友情表現だ。だから、きっと――




「――っ!?」


「……もも? きてた」

「え、あ。うん……」


「おはよう!」

「お、おはよ……」



こっそり向かった寝室。

到着、その部屋。掛かる彼女の声。

思考が、一気に冷静になるけれど。



「いちにー、おやすみしてるから。しー、だよ!」


「う、うん。ごめん……」



そこに入った時。

座るかのんちゃんのふとももに、虹色の頭を載せる彼の姿。


「あっ……ポロ……っていうのは……過去とは違って……今は上流階級の……」


さっきとは違う。

心地良さそうに、寝言まで言っちゃって。


「にじいろ……いちにー♪」


更に、目の前。

それを撫でるかのんちゃんを見てられなくて。



「……いっちのばか……」



眠る彼には聞こえぬ様に。

溢れる嫌な感情を、そっと吐き出した。

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